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第3章 成人の儀
108 これは、ご褒美なのかな? ※
しおりを挟むヴァンと二人、残った広い部屋で、俺は妙に緊張していた。
ヴァンがいつもするみたいに俺のおでこ――というか、瞼辺りに、エイドリアンお兄さんが挨拶をしたタイミングで、当の本人が部屋に戻ってきた。その瞬間に凍り付いた空気。
すっと緑の瞳を眇め口元だけで笑みを作って、「リクも疲れただろから、ゆっくり休ませてもらうよ」と皆を追い出した。その冷ややかな声が、えぇっ……と、機嫌が悪い? ように聞こえる。
「ヴァン、もっと遅くなるかと思っていた」
「早く戻ってはいけなかったかな?」
にっこり笑う。
そんなことないのに。
「いや、早く……二人になりたかった」
「そう。本当に?」
「本当だよ」
そう言って、きゅっと抱きついた。
あぁ……ヴァンの匂いだ。
ヴァンの熱と、胸の音と、確かな厚みの身体が、すごく、安心する。
ヴァンにはヴァンの付き合いがあるのだから、少しぐらい離れるのは我慢しようと思っていたけれど……やっぱりそばがいい。熱を感じる距離がいい。
「リク……」
ふっ、と息を吐いてから、ヴァンは優しく抱きしめ返してくれた。
それだけでもう、とろけそうになる。
「頑張ったね」
「うん……」
ヴァンの胸に顔を埋める。
自分の為だけじゃなく、ヴァンや、今回のお披露目に関わった全ての人のために俺、すごい頑張った。上手くできたかどうかは分からないけれど、ちゃんと胸を張って過ごせたと思う。
「へへっ……俺、えらい?」
少し、甘えるように見上げてきき返した。
ヴァンはいつものように髪を梳いてから、おでこと、さっきお兄さんにされた瞼の辺りと、鼻と頬と耳元にキスを落とす。
「うん、偉い。ご褒美をあげないとね」
「ご褒美?」
何だろう。そう思う俺から腕を離して、テーブルの上に用意されていたグラスに、花や赤いリボンで飾り付けられていたボトルの飲み物を注ぐ。
そう言えば俺、喉が渇いていた。
次々と挨拶の人たちが来て食事どころか、飲み物一つ口に出来なかったのだから。というか、ヴァンが直接手渡した物以外、口をつけないようにと釘を刺された。
「飲みたい?」
「うん」
くん、とヴァンが匂いを確認する。
大丈夫と判断したのか、俺に手渡した。
「果実酒だね、一度に飲み切らない方が――」
「え?」
言われた時には飲み干していた。甘くてものすごく口当たりの柔らかい。仄かにアルコールが鼻に残るのを感じてから、今のがお酒だったと気づいた。
「一気に飲んでは酔ってしまうよ。それでなくてもリクは弱いのに」
「……う、でも、喉が渇いていて……」
「仕方がないな」
ふっ……と困ったように微笑んでから、水差しの水を別のグラスに入れて渡してくれた。柑橘系の香りがする。
今度こそゆっくり喉を潤していると、ヴァンは襟元をくつろげながら、大きなソファにゆったりと足を投げ出して座った。やっぱりヴァンも疲れたよね。
さっきの不機嫌な声はそのせいかな。
あまり、くっついたら、嫌……かな。
キスぐらいはしたい。
と、思いながら見つめると、ちらりと俺の方を向いて腕を広げた。
「おいで、リク……」
テーブルにグラスを置いてから、ヴァンの方へと足を運ぶ。
広げた足の間に膝をついて、そのままゆったりとクッションに背中を預けるヴァンの胸へ、寄りかかるように手をついた。
そのままどちらともなく、唇を合わせる。
あたたかい。
柔らかい。
触れて、離れて触れる。熱い息が、唇を撫でる。
唇を食む。舌先で味わう。
ヴァンの片腕が俺の腰に回ってきた。
俺は嬉しくて、唇の角度を変えながら深く重ね合わせる。やっと水を得たように、俺はヴァンを求めていく。
熱い舌が、俺を迎えてくれる。絡めとられて、絡め合う。
息が……続かなくなっていく。
「んっ……」
喉の奥から甘ったるい声が漏れた。
身体の芯が、じん……としてくる。まだ、そんなに激しいキスじゃないのに、それなのに、身体の熱が上がっていく。
これが、ご褒美……なのかな。
ちょっと物足りない気がしなくもないけど、嬉しい。
ヴァンのキス、嬉しい。
「……ん、ぅ……ん……」
気持ちいい。好きだ。
どうしよう……やっぱりたまらなく、ヴァンが好きだ。
好きすぎて、キス一つで身体の力が抜けてしまう。ヴァンに触れているところ全部が、溶けていくような気持ちになっていく。
「ヴァ……ん……」
「リク」
深いキスから、ちゅっ、ちゅ、と音をたてて啄ばむようなキスになる。
ヴァンのもう片方の手が俺のうなじから頭に添えられて、長い指が髪に射し込まれていった。
この、逃がさない……って言ってるみたいな指の動き、好きだ。
逃げる気なんかないけれど、それでも俺を欲しがって、離さないって言ってくれているみたいな……そんな仕草や態度が、嬉しくて仕方がない。
「……リク……お披露目は、楽しかった?」
「ん……どう、だろう……」
夢見る心地でキスを繰り返しながら、俺は答える。
貴重な経験だった。ものすごく贅沢で煌びやかな世界だったけれど、同じぐらい相手を嵌めようとか探ろうとするものもあって、簡単に「楽しかった」と言っていいのかな……なんて思ってしまう。
「いろんな人がいて……びっくり、した」
本物の王子様に会うなんて思わなかった。
ヴァンのご両親やお兄さんたちにも会えたし。こんなに高貴な人たちの中に入り込んで、入り口で追い返されなかっただけ良かったのかもしれない。
俺は、ほっ……と息をついて、やや仰向けになって座るヴァンの胸に頬をのせた。
瞼を閉じる。
華やかな会場の、着飾った人々が宝石のように瞼の裏に蘇る。あの中にヴァンと特別に親しくしていた人たちが、どのぐらいいたのだろう……。
「長兄とも、ゆっくり話していたね……」
「……うん」
さっきのアルコールが回って来たのか、キスでとろけたのか、身体が熱くなって頭がぼうっとしてくる。
ヴァンの低い声が……耳に、心地いい。
「リクと兄上が話をするのは、難しいと思っていたよ」
「そう? 優しいお兄さんだったよ」
ヴァンのこと、本当に大切にしているって分かった。大切過ぎて、余計な虫がつかないように……って警戒する気持ちが、ちょっと棘のある言葉になっていたんだと思う。
「リクは……兄上のような人は、好きかい?」
「……んん?」
ヴァンのことを大切にして、思ってくれる人は好きだ。
「……うん……」
顔も声も似てるところが見ていてドキドキする。十数年後のヴァンがあんな感じになるのかと思うと、どうしよう……想像するだけで顔が熱くなってくる。
ヴァンが俺の肩を持って、軽く起こす。
細めた緑の瞳が、俺の心を覗き込もうとするように輝いていた。
「リクは、年上が好きなのかな?」
んん……ヴァンとの歳の差って、幾つだっけ? たしか……八歳? 俺が小一の時は中三ぐらいの歳の差だよね。そう考えたら、やっぱりけっこう離れている。
「そうかも……」
えへへ、と照れくさく笑い返した。
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