【本編完結】異世界の結界術師はたいせつな人を守りたい

鳴海カイリ

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第3章 成人の儀

109 俺の好み ※

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 歳の差だけじゃない。優しさとか包容力とか周囲への影響力を考えると、ヴァンに追いつけることなんか来ないような気がしてくる。
 本当に……俺にとって「こうなりたい!」という、理想の大人なんだ。

 唇が触れるほど近くにいるのに、もっと近づきたいと思ってしまう。
 求められるのか嬉しくて。
 嬉しいだけで終わらずもっと求めて欲しくなるとか……どれだけ貪欲なんだろう。俺の心の中まで知ったら、きっと鬱陶うっとうしくなるんじゃないかと思う。

 ヴァンが……いなくなったら、俺はどうなってしまうのかな。
 これは、好き……というだけじゃなくて、依存もあるのかな……とか。
 ヴァンのようになりたいと思っても、俺の本質は母親あのひとと同じなんじゃないか……とか。不安になる。

 一人じゃ生きていけないくせに自分勝手なことばかりしていた。
 俺は、あの人みたいにだけは、なりたくない。

「リク……」

 ふと、考え込んでしまった俺を見透かしたように、ヴァンが名前を呼んだ。

「あ……うん」
「今、何を考えていたの?」
「えっ、と……」

 やっと二人の時間になったのだから、余計なこと考えないようにしないと。

「大したことじゃないよ」

 へへへ、と笑い返す。
 大人扱いしてほしいのなら、もっと心も強くならないと。もう戻らない世界のことを、ぐだぐだ考えたりするのは止めよう。

「誰のこと、考えていたの?」
「え……?」

 元の世界の人のこと……なんて言っても、楽しくもなんともない。

「別に……」
「言えない?」
「……そういう、わけじゃないけど」

 せっかくだから楽しい話をしたい。
 こんな時に俺の不安を愚痴ぐちったりしなくたっていい。

「ヴァンにきかせるようなことじゃないから」
「そう……」

 首を傾げて、俺の心を読もうとするように瞳を細める。ヴァンだったら本当に読めてしまうんじゃないか、という気がしてくるからこわいなぁ……。

「ヴァンの方こそ、昔の友達とかいろんな人が会いに来ていたんでしょう?」
「そうだね」
「たくさん、楽しく、話できた?」

 どんな人が挨拶に来ていたのか興味ある。
 俺の話より、そっちを知りたい。
 もしかして初恋の人とかも、来ていたり……とか。ヴァンはそういう話、全然しないから、何も知らないんだよね。

「他愛ない世間話だよ。元気にしていたとか、最近はこんなことをしている……とか。それよりも……」

 ぐっ、とヴァンが起き上がり、腰と頭に手を添えたままソファの反対側に押し倒した。たくさん置かれていたなめらかな肌触りのクッションに、俺の身体が沈む。

「リクの心を夢中にさせた人の話を聞きたいな」
「え?」

 そんなの、ヴァン以外にいない。

「どんなところが良かったの?」
「良かった? ……って、優しくて芯がしっかりしていて……声とかも、好き」
「ふぅん」

 んんん? なんか……変な感じだ。
 会話が噛み合っていない? ……ような。

 俺の両手首を捕まえて、両の耳の当たりでクッションに縫い付ける。何だろう、こういう体勢でって……あまりない気がする。

「それから、どんなところ?」
「それから……」

 数え上げたらきりが無いんだけれど、全部言って欲しいのかな?

「包容力とか魔法の強さとか、皆に信頼されているところとか……すごい、理想で。そうなりたいな……というか。あと……緑の瞳とかも綺麗だな……って思うし。カッコイイし。頼りがいとかも……」

 改めて言うと気恥ずかしい。
 でも本当に……俺、ヴァンの全部が好きだ。

「背中とか大きな手のひらで支えてくれたりとか、すごい安心する。キスも……」
「そう」
「ヴァン、どうしたの?」
「うん……リクの好みをね、再認識したというか」

 俺の、好み?

「俺の好みは――んぅ!」

 今、目の前にいるヴァン自身だよ? ……と、言いかけた言葉を、深いキスで塞がれた。そのまま、貪るように俺の咥内をヴァンの舌が撫でまわす。
 上顎を、歯列を、舌を絡めて、吸って、喉の奥まで差し込んでいく。

「うぅ……ん、んぅ……!」

 嬉しい、より、苦しいが先に来る。
 驚いて俺の舌は思わず逃げ惑う。
 唾液を飲み切れなくて、唇の端から流れ落ちそうになるのをヴァンの舌がすくい、舐めとった。
 息を継ぐ。
 俺は目を瞬いて、ソファのクッションに縫い付ける人を見上げた。

「な……?」
「そんなに、長兄あにを気に入るとは予想外、だったかな」
「あ、に?」

 冷ややかな……いや、獣じみた瞳が俺を見降ろしている。
 俺は一瞬何を言われたのか分からなくて、呆けたようにヴァンを見つめ返した。

「僕と、エイドリアン兄上と、どっちが好き?」
「え?」

 どっちって、比べるまでも無い。
 何故そんなことを……。

「ヴァンだよ」
「本当?」
「俺、一番好きなのヴァンだよ!」
「そう? 年上で包容力がある大人が、好きなんでしょう?」

 えぇぇ……っと、確かに今、そう言ったけど、それでどうして。

「好きだよ、というか、ヴァンが好きなんだよ!」
「そう?」
「なんで疑うの!?」
「だって――」

 そう言いながら、俺の瞼のあたりに舌を伸ばして舐める。
 その声と仕草があまりにいやらしくて……、ぞわり、と背筋があわだった。

「ここにキス、させたでしょう」

 ……あ。
 この部屋にヴァンが来たタイミングで目撃された、あの、キスのこと?

「だってあれは挨拶みたいなの、だよね?」
「挨拶にしても初対面で親密すぎ。リク、けっこう気に入っていたでしょう?」

 それはエイドリアンお兄さんがヴァンにすごく似ていたから。
 いろんな仕草や声がそっくりで、ヴァンみたいだな……と思ったら嬉しくなって……。

「腰も触らせた。肩とか……すこし、触らせ過ぎ、かな」
「ふぇ?」
「リクは分かっているのかな?」

 凄みを効かせて囁く。
 何、それ……も、もしかして。
 俺が他の人に触らせたってことで、焼きもちやいた? 嫉妬した……? 

「どうなの?」

 ぶわわわわぁ、と顔が熱くなる。
 ヴァンが、俺にまさか、嫉妬してくれたってこと?

「あ……ちがっ」
「何が違うのか、ゆっくり身体に聞きたいな」

 口の端を上げて笑う、ヴァンが俺のブラウスの襟を広げ始めた。





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