【本編完結】異世界の結界術師はたいせつな人を守りたい

鳴海カイリ

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第3章 成人の儀

番外編 それは大切な宝物だから 3

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 アーヴァイン様が大結界再構築のお勤めから戻り、それでもまだ、体調が万全では無い頃のことだった。
 俺たち兄弟が様子を見に行った時、ちょうど日用品の買い出しに出るというリク様とかち合った。アーヴァイン様のお世話で、まだギルドでの訓練を再開するほどの余裕は無くても、久々に見たリク様の表情には明るさが戻っていた。

 大好きな人が帰って来た。
 嬉しい。そばに居られることが、嬉しい。

 言葉にはしなくても、リク様の表情や仕草はそう訴えていた。
 俺は切ないほどの想いで見つめながら、やはりリク様を心から癒せる方は、アーヴァイン様より他に居ないのだと知った時だった。
 そんな静かで穏やかなひと時の街角で、奴らと遭遇した。

「へぇ……小汚いネズミのご主人様は、異国の子供か?」

 鼻で笑う貴族崩れの子息は、リク様のお姿をいやらしい視線で舐め回した。
 俺はすぐにリク様の前に出てマークも警戒するように後ろにつく。貴族崩れとその取り巻きは薄ら笑いを浮かべながら、ぐるりと俺たちを囲んだ。

 最近この街に来た奴らは、リク様がアーヴァイン様の大切な寵児ちょうじで異世界人なのだと知らないようだった。

「そこをどれてくれ」

 俺の低い声に嘲笑ちょうしょうが返る。
 行き交う人たちは騒ぎと知ってか、遠巻きに離れ見守っていた。

「どけろ、だと? 聞いたか? 尊い貴族の御方々に対して、ずいぶん不敬ふけいじゃないか? おい」

 リク様は怯えているだろうか。
 背に庇う俺の位置からは表情をうかがい知ることはできない。だが、悲鳴を上げている様子は感じられなかった。

主様あるじさまは可愛い顔してるなぁ」
「黙れ……」
「それとも主じゃねぇのかな? 二人でいい所に連れ込もうとしてるとか」
「いいなぁ、俺たちも混ぜてくれよ」
「兄弟で喰い合うなんざ、さすが卑しい奴らはやることがえげつない」

 従者共々、のそり、と近づき顔を寄せる。
 臭い匂いがした。
 魂の腐れた匂いだ。

「それ以上近づいたなら、排除する」
「ほぅ……力づくか? できるならやってみろよ」

 剣の柄に手を伸ばす、その時「ザック」と声をかけられ、後ろから肩に手を乗せられた。

「リク様」
「下がって」

 怯えるどころか怒りをにじませたリク様が、毅然きぜんと一歩前に出る。
 その気迫に、貴族崩れは息を飲んで一歩下がった。

「俺の護衛を侮辱するような言動は止めてもらおう」
「ははっ……なんだこの可愛い子は。俺たちは魔物も一撃で倒す冒険者にして、王都西のテルマ区の子爵――」
「お前らがどこの誰かなんて、どうでもいい」

 ぴしり、と言い切った声に貴族崩れの顔が歪む。

「そこを退けろ。用は無い」

 相手は剣を持った荒くれだ。
 拳一つでも喰らったなら、ただでは済まないだろう。だが、リク様は一歩も引かないどころか、更に一歩、貴族崩れたちを追い詰める。
 一人がギリ、と歯を噛みしめ、鼻息を荒くした。

「てめぇみたいなガキが、命令すんなよぉ!」

 シャン、と鞘走りが響く。
 瞬間、俺の身体は動いていた。一歩踏み込んでくる足より先に飛び込み、剣を抜こうとする腕を抑えて、手首の上、手根部を相手の喉の下あたりに叩きつける。
 そのまま、ゴホ、と息が詰まりよろめく身体の襟を掴み、石畳の道に思いっきり引きずり落とした。男は受け身も取れず、肩と側頭をしたたかに打ち付ける。

「ぐあっ!」
「貴様らぁああ!」
「そこまでです」

 振り仰ぐと剣を抜いたマークが、男たちとリク様の間に立ちふさがっていた。

「街中でこれだけの騒動、ただでは済まなくなりますよ」
「は!」

 見れば遠巻きに様子を見ている街の人たちがいる。
 警備兵やギルドの耳に届けば、立場が悪くなるのは余所者の奴らだろう。唾を吐く貴族崩れは、従者たちに顎で合図した。

「覚えてろよ、てめぇら!」

 いっそ清々しいほどの捨て台詞を残して、奴らは走り去っていった。
 マークが剣を収める。そして「すみませんでした」と短く謝罪した。リク様を俺たちのいざこざに巻き込んでしまった。
 それなのに、リク様はパッと表情を明るく――いや、頬を赤らめるように笑い言った。

「すごいなぁ、やっぱりザックとマークは強いや」
「リク様……」
「あんな奴らなんか、秒で忘れちゃえよ」

 無邪気な笑顔に俺は緊張が解ける。
 俺は一つため息をついてから、リク様に向かった。

「リク様、無謀なことしないでください」
「無謀?」
「奴らは貴族であることをかさに着て、何をしでかすか分からない者たちです。多少の刃傷沙汰にんじょうざたなど、自分のたちの都合のいいように捻じ曲げる」

 明らかに奴らが仕掛けたトラブルだろうと、俺たちが手出ししたことにしてしまう。罰せられるのはいつも身分の低い方だ。もうこれは、相手にしないように避けるより他にない。
 だがリク様は、何故? というように首を傾げた。

「俺を守ってくれる人たちがけなされているの、黙って見ている主なんかいない」
「リク様……」
「あ、主というには……かなり、頼りないけど……」

 そう言って顔を赤らめ、視線を泳がす。
 さっきまでの威厳はどこにいったんですか。そこは主人なのだから堂々と、「俺のいうことを聞け」と威張っていいところなんですよ。
 と同時に思った。

 この人は……従者が貶されたなら、怒ることができる人だ。

 こんな小さく細い身体だというのに、俺たちを守ろうとしている。

 好きだ、と思った。

 たまらなくこの人のことを好きだと自覚した。

 剣を収めたマークも息をついてから、苦笑いで言う。

「リク様のそういうところ、カッコイイけど危ないですよ。バカな奴らにからまれたこと無いんですか?」
「ある……かも。楯突たてついて廃ビルにカバンを捨てられた」
「ハイビル?」
「あぁ……廃墟になった古い大きな建物のこと」
「もぉ、何やってんですか。今度から人に喧嘩売る時は、俺たちが一緒の時だけにしておいてくださいね」
「マークはやめろと言わないんだ」
「リク様の性格ならムリかなぁ……と、結構気が強い」
「あはは、自覚してる。敵対してくる奴には負けないから」

 仲のいい友人のように、リク様とマークが笑い合う。

「あ、でもヴァンには内緒にしてね。心配させるから」
「だったら大人しくしてください」

 マークに叱られてリク様は申し訳なさそうに頷いた。
 ちらり、と視線を流す弟に、俺は冷静さを取り戻す。どんな想いを抱こうと、それを決して表に出すわけにはいかない、手を出してはならない相手なのだから。

 リク様を巻き込んだ一件はギャレット様に報告した。
 俺の想いは隠しながら。護衛の任を解かれることだけは嫌だと思う、その気持ちを悟られないように、俺たちが有能であることを知らしめなければと思った。

 後日。

 ギャレット様が対応したのか貴族崩れたちはギルドからいなくなった。どこか別の街に流れて行ったのだろうと思っていたが、どうやら国を追放されたらしい。
 一連の出来事はアーヴァイン様の耳に入り、「リク様に手を出そうとした」という事実が不快にさせたのだという。高位貴族であり、国の宝でもあるアーヴァイン様を敵に回して、無事で済むわけが無かった。

 この国を護る大結界の外は、魔物の蔓延はびこる世界だ。
 奴らの実力を知る俺は、冒険者として三年生き残れば長生きな方だろうと思った。他国では貴族としての後ろ盾もなく、日々の糧を手に入れるのも難しいだろう。
 それも……もう、どうでもいいことではあるが。

 俺はアーヴァイン様に実力を認めてもらえるよう、日々、鍛錬たんれんするだけだった。リク様にあのようなことが起きるまでは。






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