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第3章 成人の儀
番外編 それは大切な宝物だから 4
しおりを挟むリク様が体調を崩したと聞いたのは、アーヴァイン様と模擬戦をした数日後のことだった。
模擬戦では、復活したアーヴァイン様が手合わせしたいという、その希望に俺は名乗りを上げた。結果的には全く歯が立たなかったが、「筋は悪くない」と言って頂けたのだ。「鍛錬を重ねれば十分強くなれる」「リクの護衛を続けられるぐらいに」と。
俺たちはこれからもリク様の護衛を続けていいと、お許し頂けたのだろうか。
もちろん鍛錬を怠るなどしない。アーヴァイン様の大切な御子は、俺たち兄弟でお護りしますと心に誓った後のことだった。
卿の甥御様、クリフォードが来たのは。
その時はたいした話は無かった。
貴族特有の上から見下す視線でリク様を蔑み、アーヴァイン様に実家へ戻られるよう口にしただけだった。卿自身が、クリフォードを追い払ったという雰囲気もあったせいもある。
けれど、「まぁ、出直すよ」と呟いて去った言葉が気になっていた。
「体調を崩したというのは……アーヴァイン様のお世話で疲れが出たのですか?」
報告に訪れた卿の御友人にして、体調管理係だというジャスパー様に俺はたずねた。同席のマークやギャレット様も心配そうに顔を向ける。
「張っていた気が緩んだ、というのもあるだろう。だが……どうもそれだけではない」
「というと?」
「魔力の多い子には、たまにあることなんだよ。自分の力を上手くコントロールできずに暴走する。精神状態が不安定になる思春期に多い。リクは……特に人と違う魔力の性質を持っているから、余計にバランスが難しいのだろう」
それでもアーヴァイン様という頼れる存在がそばにいるのだら、今は甘えて不安や心配事を打ち明ければいいのだが、どうもそれを押し止めている感情があるようだ。
「側にいるからこそ言えない、というのもあるのかな」
「心配かけまいとして?」
「おそらく、な……あいつの性格もあるのだろうが」
ジャスパー様は俺を見てニヤリ、と笑った。
「だからさ、こういう時こそ同年代の友達の出番だと思うんだよね。心の中に溜めてた愚痴やら何やらをきき出すという」
こうして俺とマークは、リク様を連れ出す役目を請け負った。
ジャスパー様と口裏を合わせ、俺たちは街の冒険者がよく集まる、飯屋兼宿屋にリク様を連れ出した。久しぶりに見た姿はやつれて、同時にひどく色香をまとわせるようになっていた。
魅了持ちだという。
その自分の特性に気づき、振り回されているのではないのだろうか。
そう予想した通り、リク様は自分に「人の心を操る危険な力」があることを知り、どうにか対処しようとしたまま泥沼にはまっていた。どうにもできないと自覚しながら……。
まったく……。
どうしてあなたは一人で抱え込むんですか。
一言相談してもらえたなら、ここまで苦しまずに済んだのに。俺たちはそんなに頼りなかったですか? 信用できなかったんですか?
そんな言葉が喉まで出かかった。
リク様は……別に俺たちを信用していないわけではなかった。自分は優しくされるような人間ではないと責め、周囲の人を狂わせてはいけないと、心配してのことだった。
腹立たしいほどリク様は優しくて、不器用すぎる。
不器用で、自分の価値を知らなさすぎる。
ここに居る者たちは皆、リク様の人柄に惹かれているんです。決して魅了で心を操られいるわけじゃない。そう、説得してやっと安心して――同時に、リク様はアーヴァイン様への気持ちにも気づいてしまった。
リク様が「好き」と一途に想い続けているそれが、ただの敬愛ではなく、恋愛感情なのだということに。
◇◇◇
リク様を幸せにしたいと、想う俺がいる。
けれどその立場にいる者は俺ではない。
俺よりも強く、社会的な地位と権力と金があり、何よりリク様全てを受け止める包容力のあるお方。俺には……どんなことがあろうと敵わない相手。
「リク様……」
それでも触れたいという気持ちは起きる。
いっそ、決して触れることもできないほど遠くに行ったなら、あきらめもつくだろうか……。そう思いはしても、あきらめられないだろうと自覚する。
夢の中ですらリク様の姿を求めている自分がいるのだから。
離れられない。
だったらいっそ、護衛という立場を利用してみようか。
リク様はアーヴァイン様への告白に躊躇している。自分のような者が気持ちを告げていいのか、今のこの関係が崩れてしまうのではないかと。
傍から見て、アーヴァイン様がリク様を拒絶するとは思えない。
卿の方から告白しないのは、まだリク様が御成人されていないからか……他に何か理由があるのだろう。お二人が本当の意味で結ばれるのも、遠い話ではない。
遠い未来ではないんだ。
秋の色に樹々が染まり始める頃、郊外の森を散策しながに寒さに震えるリク様を見て、静かに俺のタガが外れていく。
小さな頭、細い首。折れてしまうのではないかと思うほどに華奢な肩。
そんな身体を自分の腕で抱くようにして、震わせている。
今なら――胸に抱いて、俺があたためることもできる。
「アーヴァイン様のことで、お悩みですか?」
「んん……」
「俺でよければ聞きます」
切なげに微笑む。
頬を赤らめながら、「どんなふうに言葉にしていいか分からないんだ」とこぼすリク様に、俺は囁きかける。
「どんな言葉でもかまいません」
いっそのこと、言葉でなくてもかまわない。
ただ寄り添うだけでもいい。ちゃんと告白できるのか、上手く関係を続けられるのかと不安に思う、その全部を受け止めるから。
俺をアーヴァイン様の代わりにしてください。
いつか本当に結ばれるまでの間の繋ぎとして。俺は……俺にできる全てを教えることができる。同性同士の手解きを……上手くいくだろうかという不安を、少しでも消すことが出来るのなら。
だから――。
「もし、不安なようでしたら……」
リク様が立ち止まって俺を見る。
「もし不安なようでしたら、俺が練習台になります」
真っ直ぐ見つめる、星を湛えた夜空のように輝く瞳。その瞳を生涯、自分の物に出来ると思うほど、俺は自惚れていない。
心はアーヴァイン様だけを求めていることも知っている。
ただ、今だけ、あなたを慰めることができればいい……。
慰めたい。
俺に、すがって欲しい。
そう心で訴える俺にリク様の瞳が瞬いて、あぁ……と視線を逸らす。
「そんな……練習台だ、なんて……」
「リク様」
「ダメだよ……」
微笑みで返そうとしながら声を絞り、俺に告げた。
「ダメだよザック、それはザックの本当に好きな人のために取っておかないと」
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