【本編完結】異世界の結界術師はたいせつな人を守りたい

鳴海カイリ

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第4章 たいせつな人を守りたい

118 そばにいるよ

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 あの後……けっきょくバスルームでもいい雰囲気になって、互いに触れあっている内に何度となく達してしまった。最後はもう気持ちいいのと眠いのとで、うつらうつらしているところをベッドに運ばれてしまった……みたいだ。

 明け方。
 短い眠りから覚めると、ヴァンはまだ湿りを帯びていた俺の髪に指を絡めながら、少し困ったような表情を浮かべ俺を見つめていた。「どうしたの?」と聞くと、珍しく返事を濁す。

 俺の心配事に心を砕いてくれたように、ヴァンにも心配事があるのなら手助けしたい。もし……俺程度ではどうしようもないことだとしても、何で悩んで苦しんでいるか知っておきたい。
 心の重荷を分け合うことはできないだろうか。

 そんなふうに囁くと、ヴァンはたとえようもないほど優しい笑みを浮かべてから、俺の瞼にキスをした。そして他の人には決して見せないだろうな……という迷いを告白する。

「まだ、少し悩んでいるんだ……」
「何を?」
「リクを大結界再構築の勤めの場に、連れて行くかどうか……を」

 俺は何も答えずヴァンを見つめ返す。

「リクを連れて行くために様々な準備をしてきた。周囲の人たちにも協力させて……それでも、やっぱり危険な場所だから、心配なんだ……」
「うん……」

 ヴァンのうれいはいつも一つだ。
 俺の身を案じること……。
 危険が無いか、怖がらせたり不安な思いをさせないか。

 とても……大切にされている。

 嬉しい反面、ヴァンの足枷あしかせになっているのでは……と思いもする。

「……誰かに取られてしまわないかと。そう思うと、安全な場所にしまっておきたくなる。しまっておいても、目を離した隙に手を出されやしないかと……」

 これほど心配性になるとは思わなかったな、と苦笑する。

 髪を梳き、耳元を撫で、唇を俺の額や鼻先に落とす。まるで壊れ物を扱うみたいに優しく触れる指が切なくて、俺もヴァンの頬を両手で包みキスを返す。

 大魔法使いと人々からの賞賛を受けても、普通の人と同じような心配を抱えている。そんなヴァンの頭に腕を伸ばし、胸に抱いた。
 柔らかくも何もない胸だけれど、せめて俺の体温と鼓動だけでも伝わって、安心させることができたらいいな……と、思う。

 一度も訪れたことの無い場所の危険を、俺は知ることができない。
 だから気楽に「大丈夫だよ」とは言えない。

 ――ヴァンと一緒に行きたい。
 俺の気持ちは、今まで何度となく伝えて来た。
 危険なら尚更、そばで何かできることは無いかと思う。できることは何も無かったとしても、知らないところで苦しんでいるのかも知れない……と思うとたまらなくなる。

「ヴァン……」

 好きなんだ。
 本当にヴァンのことが、大好きなんだ。
 何度、言ったか分からない。それでもまだ言葉は足りない気がしてしまう。

「俺の心はヴァンのそばを離れない。何があっても……だよ」
「リク」
「そばにいたいんだ」

 二年半前のあの日、俺はそう言ってこの世界に残るのだと言った。


「俺のすべてを引き換えにしてでも、ヴァンのそばにいるよ」


 頷く顔に唇を合わせる。
 熱と柔らかさと優しさと、一つになってしまいたい心地の中で抱きしめ合う。
 このまま時が止まればいい……とすら思うような感覚。

「俺を連れて行くも行かないも、どちらでも俺の気持ちは変わらない。離れていても、こうしてそばにいても。……ヴァンが、一番不安に感じない方法がいい」

 頷いて、ヴァンはじっと考え巡らせるようにしてから一度瞼を閉じ、やがて覚悟を決めたのか、「連れて行くよ」と呟いた。
 何だろう。
 ここまでヴァンが慎重になる。絶対に大丈夫と言えない、最大限の警戒をして、それでも付きまとう不安は何だろう。

「そばにいるよ……」

 心の隅に微かな不安を抱えながらも、翌日、俺たちは大結界再構築の聖地となる地へ向かった。


     ◇◇◇


 同じ頃――とある古城の薄暗い部屋で、一つのテーブルを囲う男たちの影があった。
 テーブルの上にはあやしい輝きを放つ魔法石が置かれ、光を放つ。
 放たれた光は霧のように漂いながら、テーブルの上に蜃気楼しんきろうのような象を浮かび上がらせていた。

「やっと、アーヴァインは動き出したようですね」

 青白い肌と、灰色に近いブラウンの髪。濁った色に見える、くらい緑の瞳の男が呟く。骨ばった指はピンセットみたいに、せわしなく胸元で動いていた。

「あの異世界人をベネルクに置いて行くかとも思いましたが、やはり、そばに置いておくことを選んだようです」
「ならば……」
「ええ、いよいよ仕掛けを動かす時がきました」

 顔を上げ、神経質そうな顔の男は口の端を上げた。

「この日の為にどれだけの日々を費やしたことか……ですから、決して失敗はいたしませんよ。必ずや手に入れてご覧に見せましょう」
「うむ、綺麗な子だと聞いているからな」
「それはもう……先のお披露目会でも、貴族のみならず第二王子殿下のお目にも止まったほどです。黒曜石オブシディアンを思わせる瞳は、貴方あなた様もお気に召すかと」
「楽しみだ」

 でっぷりとした身体を豪華なイスに押し込めた者が、くっくっ、と喉の奥で笑いを漏らした。神経質そうな顔の男は、そばに控える者に合図を送る。

「餌の用意は、いいですね?」
「はい……あれは決して気づかないかと」
「この働きを以て、貴方の処遇を決めます。失敗は許しませんよ」
「も、もちろんでございます」

 顔を引きつらせ笑う男は一礼して、昏い部屋を後にした。

「さて……楽しくなってきました。この歴史あるアールネスト王国が、ついに滅ぶのですから……」

 薄暗い部屋の中にあっても、破滅を呼ぶ魔の者のような残忍な瞳が光っていた。





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