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第4章 たいせつな人を守りたい
123 威圧
しおりを挟むとても控えめに話す、きっと……このチャールズって人は自分の力を誇示するような、競争の場は苦手なんじゃないかな……という気がする。
立ち話も何だから座らないか? と誘っても、遠慮して首を横に振る。
「ルーファス殿下にもお認め頂けるなんて……凄いです」
さっきの出来事は、ヴァンが目の前にいたから、お世辞も含んでいたんじゃないかな。
王子がお世辞というのも違和感があるけど。けれどこれから大仕事をする、ヴァンの気分を損ねるようなことはしないだろう。
もちろん褒めて頂いた言葉はとても嬉しかった。
ずっとヴァンの隣に立つのにふさわしい人間になれるように、力のコントロールを学んで来たんだ。
上手くいかなくて悔しくて、何度も泣いたことがある。だから……多少自信がついても、少し褒められたぐらいで有頂天にならないようにしなければ……とも思う。
このままだと褒め倒しになりそうな気がして、俺は話題を変えた。
「その、チャールズ様……も、何か得意な力があるんだろ?」
「僕のことは様などつけず、チャールズと」
「だったら俺も、リクでいいから」
「僕は最初から呼び捨てだったね」
「そうだっけ?」
横から口を挟むクリフォードに俺はとぼけた感じで答える。
最初の印象が喧嘩腰だったから、なんだかクリフォードに様をつけて呼ぶタイミングを失っていた。
まぁ……もう、今更だし。クリフォードも気にしていないのか、話の続きを促す。
「で、チャールズ君の得意は何だい?」
「あ、その……僕のは大したこと無くて」
「言えないようなこと?」
「いえっ! そんなわけではなく……その、魔法師たちの魔力を増強させる……補助魔法が……」
「すごいじゃないか」
それってさっき俺が魔法石にやったのと同じような力なんじゃないのかな。そう思って言った俺に、チャールズはとんでもないというように首を横に振った。
「全然! 僕の力は大したことじゃなくて……その、リク様のように魔法石まで力を増強することなんてできないですし、相性のいい術者の底上げをする程度ですから……だから……」
だから、全然役に立てるような者ではないんです……と続けるチャールズに、俺は心の中で息をついた。
俺もだよ。
俺も力が無いと、人に迷惑をかけてばかりだと感じていた。
ヴァンに寄り添いたかったのにそんな資格は無いと、自分で自分を責め立ていた。そんな俺を見て、きっと……ヴァンは悲しい思いをしていたんじゃないかと、今なら思う。
チャールズにしかできないこともきっとある。
だからと言って今、何も知らない俺が、「頑張って訓練すれば望みは叶う」なんて無責任に言うことはできない。
「……だから、リク様のこと……憧れます。僕もあの方のお側に立つことがきるような人間だったら、どれほど良かったか……」
頬を染めて寂しそうに笑う。
チャールズにも慕う人がいるんだ。だから自分の不甲斐なさが余計に辛いのだと。
「チャールズの力になりたい人って――」
「よぉ、チャッキー」
言いかけたそのタイミングで、数人の貴族たちが近づいてきた。
歳は十二、三から二十歳ぐらいだろうか。襟や袖に魔法石を縫い込んだ礼服で、それなりの身分と財力があることを見せている。更に口の端を軽く上げた、人を見下すような視線は心当たりがあった。
気弱な……いいなりになりそうな人間を見つけてはちょっかいを出す。人をいじめて憂さ晴らしをするようなタイプの人間。
元の世界のクラスにもいたなぁ……と、懐かしさすら感じる。
「今度はどこのお方に取り入ろうとしてるんだ?」
「え、僕は別に……」
「お前程度の身分じゃ誰も相手してくれないだろうに、それとも何かすごい力でも披露してくれるのかなぁ」
「下僕にして下さいってお願いすれば相手してやるよ」
ニヤニヤ笑いながらチャールズの肩を小突く。
チャールズは言い返せないのかますます肩を小さくして、取り囲む数人を怯えたように見つめ返した。俺の隣に座るクリフォードは、冷ややかな視線で笑うだけで何も言わない。
なんか……こんな場所でこういうことって、日常茶飯事なのか?
部屋の向こうではヴァンたちが、打ち合わせをしている最中だっていうのに。
これだけ離れていれば俺たちの声は聞こえないだろう。
けれど神聖な場を穢されているような感覚は、すごく、嫌だ。
「リク?」
すっと立ち上がった俺に、クリフォードが意外そうな声を漏らした。
たぶん余計な口を挟むなって言うんだろうと思う。けど、俺は嫌だと思う相手を前にして見てみぬふりしているとか、そばに居たままにさせるのは嫌だ。
「――邪魔をしないで貰おうか」
今まで目に入っていなかったのか、こちらを見た者たちが俺の姿に息を飲む。
この国では珍しいという黒髪に黒い瞳。アーヴァイン・ヘンリー・ホールの元で暮らす異世界人という噂は、きっと多くの人たちが知っている。もし知らなかったとしても、俺には魅了の力がある。
首につけた守りの魔法石は俺の力を抑える働きがあっても、魔法石を起動するに十分なだけの力を出すことが出来た。
目の前の者たちを追い払う威圧ぐらいは出せる。
「ここは大結界再構築の為に働く人たちがいる場所だ。憂さ晴らしなら他でやってくれ」
――立ち去れ。
そう、心の中で念じながら数人の貴族たちを見つめる。
呪文を唱えるでもなく、ただ見つめるだけだ。
けれどそんな俺を前にして悪寒が走ったのか、息を止めた者たちは顔色を変えると「行こうぜ」と囁き逃げて行った。
周囲を行き交う召使いや使用人、魔法院の人たちが何事かとこちらを見てから、慌てて離れていく。うん……ちょっと強かった、かな?
チャールズはぽかんとした顔で見つめていた。
微妙な空気をほぐしたのは、クリフォードの笑い声だ。
「ははは、すごいね、見事だよ」
「クリフォード」
「抑えた力でそれだけの威圧が使えるなら、アーヴァイン叔父様にまとわりつく虫も追い払えそうだ。それこそ護衛なんかいらないんじゃないのか?」
ソファの後ろで控えるザックとマークを見上げる。
二人とも苦笑いを浮かべながら返答はしない。そしてクリフォードはチャールズにも一言言い放った。
「君も……自分に力が無いと言って人に憧れている暇があったら、鍛錬を重ねて出直して来たらどうだ? そんなことでは好きな人の目に止まることも、この場で生き残ることなどできないよ」
ホール侯爵家の跡取りとなるクリフォードの眼光もまた、俺の魅了に負けないほど強いものだった。
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