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第4章 たいせつな人を守りたい
124 リクの様子と術の気配
しおりを挟むおおよその打ち合わせを終えると、魔法院のストルアンは「お先に失礼しますね」と口元に薄ら笑いを浮かべながらテーブルを後にした。ルーファス王子も既に退席されている。
後に残ったのは近衛騎士団長にして三大魔法使いの一人ナジームと僕。他、数名の魔法師たちも慣れた手つきで、テーブルの上の魔法石をまとめていく。
ナジームはちらり、と僕の方を見て呟いた。
「アーヴァイン、聞こえているか?」
「もちろん」
大きな部屋の反対側に置かれたソファで会話をするリクたちの様子は、僕の元まで届いていた。
常人なら聞き取れないような会話も、魔法の力を使えば容易い。
十四歳の頃から十年以上、毎年続けて来たことだ。目の前ではこれから行う大結界再構築の打ち合わせをしつつ、リクと甥っ子のクリフォード、そして彼らに近付く者たちの会話を拾いながら話を進めるなど、僕には造作も無いことだった。
それは僕の目の前にいるナジームも同じらしい。
「面白いことになっているみたいだな。あの異世界人は、なかなか気のしっかりした子だ」
「彼は理不尽なことには毅然と立ち向かう、意志の強さがある子ですよ」
僕は口の端を笑みの形にして、ナジームに答える。
この世界に来た頃のリクは自己肯定感が低く自信もなく、笑顔は見せていても、どこか不安の中で怯えていた。人に迷惑をかけたくないと壁をつくる、必要以上の遠慮と不器用さもあった。
愛されることを知らすに育ったせいだろう。
そんな彼の魂を濁らせたくない一心で見守って来た。
今思えば、僕に出来ることなど限りがあった。ここまでやってきたことが正しかったのかもわからない。もともと人に関心の薄い僕が初めて手放したくないと思った子だから、ひどく甘やかしても来た。
この世界に迷い込んだ小さな子に、安心と自由を与えたかったのだと。
リクは自分の境遇にただ泣いて暮らすのではない、悔しさをバネにして自力で生きる道を掴もうとする強さを持った子だ。
さすがに自分が「人々の心を惑わす魅了の魔力を持っている」と知った時の戸惑いと不安は彼一人では抱えきれなかったが、それでも、僕がコントロールを教えると力強く伝えた言葉にリクは応えた。
魔法など無い異世界から来て、この二年の鍛錬は辛いことの方が多かっただろうに。
「魅了持ちというだけではなく、あの健気な姿は俺でも惚れるな」
「やめてくれよ。国を二分する争いはしたくない」
僕は冗談っぽく答える。
剣の腕のみならず魔法にも長けるナジームと本気の取り合いをしたならば、都市の一つや二つ、簡単に壊滅させることができるだろう。それはナジームも思ったのか、おどけたように笑って見せた。
「本気のアーヴァインには、さすがの俺も勝てない」
「ご謙遜を……だが、リクに関しては絶対に負けはしない」
「大した自信だ」
「ただの覚悟だよ……本当に、大切な子だから」
本来なら魅了を持っているということすら、人に隠すのが常だ。
だがリクを鍛えようと決めた時から、彼の能力を隠すのもやめた。リクの力は適当な言葉でごまかし隠せるレベルではないと知ったからだ。
「お前がそこまで執着を隠さないのも、珍しいな」
「隠したとしても僕が気に留めている以上、周囲の者たちは何かと暴きに来る。ならばこちらからある程度見せてしまった方がずっと守りやすい。周囲に示したうえで、手を出すなよ……と」
「それもそうだ」
がははは、と豪快に笑うこの人物を僕は嫌いにはなれない。
昔はふざけてか本気か分からない口調でよく口説かれもしたが、今は気の置けない仲間の一人となった。立場は別としても、この国を守ろうとする気持ちに偽りはないと知ったからだ。
そう言う意味では国の中枢で働く貴族にしては、裏表のない人柄だ。
ふと、召使いに伴われたリクがこちらに来て、僕たちに声をかけて来た。
「ヴァン、夕食の準備が出来たって。まだ話が長くなるようなら、ここに運ぶこともできるそうだけれど、どうする?」
「もうそんな時間か……」
いつものように柔らかな髪を撫で、ひたいに口づけを落として迎える。
二人きりだったなら唇で迎えただろうが、このような場所で、ひどく恥ずかしがりやなリクを困らせてはいけない。
それでも常に触れていたいと思う僕の胸の内を察したのが、見つめ返す黒い瞳の目元が、嬉しさと気恥ずかしさに赤く染まった。可愛い。本当に、場所など関係なく抱きしめていたくなる。
「食事は部屋の方にしよう。もうそれほど長くはかからないから、先に行って休んでいなさい。今日は飛竜にも乗って疲れただろう。湯あみでもしているといいよ」
僕が答えると、更にリクの頬が赤くなった。
……これは、僕の言葉を深読みしたかな? 風にあたって埃っぽいだろうからと思ってのことだけれど、わずかな期待にリクの瞳が潤む。可愛い。
大構築がある程度片付くまで手を出すのは控えようと思っていた気持ちが、揺らいでしまう。
「分かった。準備……しとく」
そう短く答え、甥っ子のクリフォードや護衛達を伴いリクはこの場を後にした。
横で見ていたナジームが、くっくっと笑いを堪えている。
「なんだ、あの可愛い生き物は」
「僕の恋人なのだから、絶対に手を出すなよ」
「わかったわかった。それにしても……いや、可愛い」
「ナジーム」
「睨むなって、眺めるぐらいは許せよ」
そう言いながら顔を近づけ、耳元で囁いた。
「ヴァン、奇妙な術の気配は感じているか?」
僕は表情を変えずに返す。
「ああ……この都市に着いた時から気づいていた。誰かが、何かをやろうとしている」
「再構築の邪魔をするスパイはいつものことだし、陛下や殿下に危害を加えようとするものではなさそうだが油断できない。周囲に気取られぬように調べてはいるが……アーヴァイン、お前の方でも気を付けておけよ」
「あなたも。今回はたちが悪そうだ」
さすが三大魔法使いと名を馳せる者だ。他の者たちならば気づかないような些細な違和感にも、感じ取っていたか。彼のこの態度が演技でなければいいのだが……。
僕は手元の魔法石を眺めるふりをしながら、周囲の様子を伺う。
味方のふりをしている者は誰かと。僕の大切なものに手を出そうとするのなら、僕は、絶対に容赦しない。
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