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第4章 たいせつな人を守りたい

125 あからさまな異変

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 一通りの準備を終えたのは、更に一つほどの時が過ぎた後だった。別室で術師の補佐に関する打ち合わせを進めていたジャスパーが迎えに来て、僕とナジーム騎士団長をはじめとした術者たちは、やっと解散になった。

「今回はずいぶんとやる気だな、ヴァン」
「僕はいつもと同じだよ」
「またまたぁ、今回はリクを連れて来ているから、良い所を見せたいんだろう?」

 僕の専属治癒術であり幼馴染みでもあるジャスパーが、にやにやしながら顔を覗きこむ。当たり前じゃないか。

「あぁ……そうだよ。リクの前で恰好の悪い所は見せたくない」
「ヴァンも変ったな。他人が自分をどう思おうと関係ない、って感じだったのに」
「それは今も変わらないが」
「なるほど、尊敬されていたいよな」

 何が面白いのかからかうように言うジャスパーを伴い、これから半月以上過ごすことになるだろう部屋へと向かった。

 結界術の中心を担う僕やナジーム、魔法院のストルアンには、それぞれに城の一区画を専用の住まいとして用意されている。城は王家の所有ながら、この時期に関しては、これら区画のあるじとなるには理由がある。

 多くの者たちが結界術師の補佐としてじゅうするが、誰もが心から付き従っているわけではない。中には嫉妬から、もしくは敵対する貴族や国の命令で動く妨害者が紛れ込んでいることもある。
 それらから身を守り結界術を完成させるのも術者の仕事だ。
 むしろ、その程度のことができずに国を護る結界など構築できまい……という暗黙のルールがあるのだから、面倒なことだ。

「リクの様子はどうだ? 初めて飛竜ワイバーンに乗ったんだろう?」
「とても驚いていたが楽しんでいたようだよ」
「それは良かった。飼いならした魔獣とはいえ、見ただけで卒倒する貴族の坊ちゃまも多いからな」

 笑いながらリクが戻っている部屋のドアを開ける。
 実家の私室より広い間取りで寝室は別になっている。リクがいう「高級ホテルの豪華なスィート」という造りらしい。そんな部屋のリビングにあたる大きなソファから、僕の姿を見つけたリクがぱっと立ち上がった。

「お疲れ、ヴァン!」

 嬉しそうに、パタパタと駆け寄ってくる。
 僕に言われた通り湯あみをしたらしい黒髪はしっとりと濡れて、頬はほんのりと赤らんでいた。用意してもらっていた部屋着もちょうどいい。何より、僕の顔を見たとたんに綻ぶ笑顔が眩しくて、僕は愛らしい頬をキスで迎える。

「ゆっくり休めたかい?」
「うん、食事……冷めないようにって、部屋付きの人たちが準備してくれているよ。お茶もね、クリフォードが魔法で温めておいてくれた」
「先に食べていなかったのかい?」

 脱いだ上着を召使いたちに渡しながら、テーブルの上の皿に顔を向ける。
 まだまだ成長期で、お茶や菓子程度では腹を空かせていただろうに。
 同じように立ち上がった甥っ子が苦笑いを向けていた。彼のことだから先に食べているように促しても、リクは食事に口をつけなかったのだろう。

「僕が戻るのを待っていたの?」
「そうだよ。ヴァンが働いているのに、俺だけなんて先に食べるなんて……それに、やっぱり一緒に……」

 いけなかったのだろうか、と見上げる真っ直ぐな瞳が愛らしい。
 幼い頃から一人孤独に暮らしてきたリクは、この世界で共に食事をとる楽しさを知った。留守をする時や僕の帰りが遅い時は先に食べることもあるが、今のようにもうすぐ部屋に戻るだろうという時は、いつまでも待っていてくれる。

「そうだね、僕もリクと一緒に食べたかった。待っていてくれてありがとう」

 そう言って頬を撫でると、嬉しそうに微笑み返す。
 リクは「直ぐに食事の準備をするね」と言って、既に仲良くなったのか部屋付きの召使いに声をかけた。その間に僕はクリフォードや護衛のザック、マークらに顔を向ける。 

「特に変わりはないかな」
「リクは見てのとおり元気だね」

 答えたのはクリフォード。護衛達も頷く。だが、その表情に微妙な影があった。
 横を見るとジャスパーも硬い表情で視線を返した。

「何か伝えたいことがあるのなら聞こう」

 ソファに腰を下ろし促すと、クリフォード先に口を開いた。

「父上の入城が遅れます」
「エイドリアン兄上の?」

 父、グラハム・ヘンリー・ホールの名代として、長兄エイドリアンがこの大構築に同席するのは、ホール家を継いでから毎年行われて来たことだ。だというのに、その初日にヘイストンに到着できないとはどういうことだ。

「魔物の活性化で領地を離れられないと」
「だが、領内には腕利きの騎士や術師がいるだろう。兄上だけでなく領内には父上もいる。お年を召したとはいえ、そこらの魔物に後れを取るような方ではない」
「もちろんお祖父様じいさまも術師として指揮をとられています。ですが……どうも動きが今までとは違うと」

 それはここに来る前にも感じていたことだった。
 ベネルクの街の地下にある迷宮の魔物を見て、街のギルドのメンバーだけでは対処が難しそうだと――リクを一人留守番させてまで対処に行ったのはつい先日の話だ。
 ううむ、と声を漏らす僕に、護衛のザックが続いた。

「恐れ入ります。ギャレット様も到着が遅れるとのことです」
「ゲイブが? 何故だ?」
「ベネルク近隣の森で妙な動きがあると、近隣の街のギルドに応援を要請されたとのことです。例年、大結界再構築の時は魔物が通常とは異なる動きをするとはいえ、今年は異常だと」

 その辺りの話は、さきほどの打ち合わせの際にも出ていた。
 国を覆う大結界を張り直す際、どうしても部分的に護りが甘くなる。その隙を突いて、魔物が動き出すのは毎年のことだ。当然対処も行っている。だというのに。
 僕の横でジャスパーも声を漏らした。

「……それらの影響だろうか治癒術師も人が足りない。まぁ……結界術師をフォローするのに影響は無いが、万が一、都市内でアクシデントが起きた場合は辛いかもしれない」

 滞りなく進めば乗り越えられるが、都市にまで魔物が入り込むようなことがあるば人が足りなくなる……ということだ。
 このあからさまな異変は、何を予兆しているのか。

「その辺りはナジームがフォローすると言っていた。国軍の騎士や兵で増強すると」
「陛下もまだ入城されていないのだろう?」
「今はルーファス王子が指揮をお取りになっている。陛下は予定通り、明日の午後には入城されるとの話だ」

 息をついたところで、リクから食事の準備が整ったと声がかかった。





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