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第4章 たいせつな人を守りたい
127 ひとつ仕事を頼もうか
しおりを挟むリクが僕の腕の中にすっぽりと収まる。
この二年で驚くほど背が伸びた。とはいえ、まだまだ僕よりは小さくて細い。以前は小さ過ぎたから強く抱きしめると壊れてしまいそうな気がした。今はちょうどいい抱き心地になったな……と思う。
僕の口元のすぐ側に、形のいい耳や首筋がさらされて、僕はキスを落とす。
ようやく呼吸が落ち着いてきたリクは、困ったような顔で僕を見上げた。
「食事……しよって、言ったのに」
「こちらの方を先に食べたかったからね」
微笑み言うと、リクは赤い顔のままで「もう……」と嬉しさを滲ませた声で呟いた。
お腹を空かせているのに、あまりからかうようなことをしては可哀想だ。僕は「早くリクに触れたくして仕方がなかった」と耳元で囁いてから、食事の席に着いた。
心が満たされると途端に、空腹を感じ始めた。
夜も遅い時間ということと明日からの過酷な術に合わせ、並べられた料理はあまり胃に負担のかからないような物ばかりだった。リクには少し足りないだろうかと思ったが、本人は「やっぱり豪華だね!」と喜んでいる。
鶏と野菜のスープに、蒸した魚。サッパリしたソースを絡め、柔らかなパンが添えられている。色の濃い野菜の炒めものと、果物や一口大のデザートはリクのためにと用意した物だ。
リクは「美味しいね」と微笑みながら、僕の皿を見て顔を上げた。
「ヴァン、何も飲み食いしないで打ち合わせしていただろ? 足りる?」
「大丈夫だよ。明日から術の間は、一切食べ物を口にできない。だから前日や当日は、量も控えめにしてあるんだよ」
「そうなんだ……ほんと、過酷だね」
疲労や空腹を抑える術を施しながらとはいえ、日没から夜明けまで休みなしに詠唱を続ける。体内の魔力を最大限に高めた状態でた。それが七日続くのだから、当然、身体的な負担は大きい。
リクはスプーンやフォークをテーブルに置くと、姿勢を正して僕を見つめた。
「ヴァン……俺、ヴァンの力になりたい」
真っ直ぐに見つめる黒い瞳は、真剣な色合いを帯びている。
僕はその一途な視線を見つめ返しながら答えた。
「リクは十分、僕の力になっているよ」
「これからもヴァンの隣に立ち続けたいんだ」
「リク……」
「一度褒めらただけで、満足しないで……」
そう答えて視線を落とす。
「辛いこと、肩代わりできないの分かっている。けど……もっといろんなこと、できるようになりたい……。ヴァンのこと……尊敬していて、大好きだから……少しでも追いつきたい。守られてばかりじゃなくて、守りたい」
そう呟いて「力になりたい」と繰り返す。
「力の有る無しにかかわらず、僕の想いは変わらないよ」
「俺も、ヴァンが凄い魔法使いだから好きなわけじゃない。そうじゃなくて……ただ、ヴァンの力になれることが嬉しいんだ。ずっと人の迷惑にならない自分になるために頑張って来たけど、今は……そうじゃなくて……」
上手く言葉にできないのか、リクの視線が泳ぐ。
僕の喜びがリクにとって何よりも嬉しいのだと……純粋な愛情が切ないほどに伝わってくる。そんなリクが可愛くて仕方がない。
「リクが、そう思ってくれるだけで嬉しいよ」
「ヴァン……」
「リクはリクのやりたいようにやっていい」
この世界にリクが迷い込んでから、ずっと側で見守って来た。
私利私欲で力を使う子ではない。周囲の人たちのことを考えて、時に考えすぎるほどに配慮をするリクなら何も縛る必要もない。
同時に、やりたいように……と僕は言うが、リクが望んでいるのはそういうことではないのだろうとも思う。
「そうだね……ならば、ひとつ仕事を頼もうか」
「えっ、何? 何でも言って!」
前のめりになったリクは、頬を赤らめながら言う。
ここでは日々の細々なことは全て召使いたちがやってしまうから、リクは余計に何もやることがないのだろう。世話をされることが当然の暮らしをしている貴族なら気に留めることではないが、リクはそういう子ではない。
僕としてはただ、この場の動きを見て学んでくれるだけで十分だったのだけれど、リクには役割を与えた方がいいのだろう。
「ここで休む時は、僕の添い寝をしてくれるかな?」
「添い寝?」
そんなこと? という顔で首を傾げる。
僕はゆっくりと頷いた。
「そう……添い寝。僕は術を使った後、心身ともに疲れ切ってしまう。たぶん食事もろくに口を通らないだろう。ジャスパーに魔力の調整はしてもらうが、僕は自分の精神力を維持するだけで精一杯になってしまう。……だからリクの腕の中で甘えるように眠ることができたなら、嬉しいな」
ぱちぱちと瞼を瞬かせたリクは、ぐっと拳を握った。
「……わかった。ヴァンが俺にしてれたみたいに、すればいいんだね!」
「そうだね」
「まかせて! 今夜からでも、俺、添い寝するよ」
嬉しそうに返す。
リクがこの世界に来てから、不安そうな時もそうでない時も、夜はたいてい添い寝をしても見守ってきた。
ただ心から安心させたかったのと、少しでも触れていたかっただけなのだが、リクは僕の想い以上に安らぎを得ていのはその表情を見れば分かる。
「たくさん甘えて!」
「嬉しいな」
答えながら僕は食事を終え、軽く湯あみをしてから早々にベッドに向かった。
風もない静かな夜だ。
ベッドの周囲には眩しくない程度に光の魔法石を置き、周囲を柔らかな明かりで照らしている。その中で、リクはクッションや枕を良い感じに並べて、期待の眼差しで座りながら待っていた。
僕はそんなリクのそばに横たわる。
「枕、高くない?」
「大丈夫だよ」
「ベッドふかふかだね」
寄り添いながら、きゅっ、と僕の頭を抱きしめる。
大切な宝物というように。
思えば母にも乳母にも、こんなふうに抱きしめられたことはなかった。唯一、亡くなった姉が眠る僕のそばにいた記憶が、うっすらと残るだけで。
優しい匂いのする胸に顔を寄せると、心音がコトリコトリと動いているのを感じる。
愛しくてたまらなくなる。
「明日は、どのぐらいに起こせばいい?」
「昼まで。大丈夫、使いの者が起こしに来るからそれまでゆっくりしよう」
「うん……わかった」
頷いたリクが、僕の額にキスをする。
そして心から安堵するように、大きく深呼吸をした。柔らかく抱きしめながら、耳元で囁く。
「好きだよ……」
一日の疲れが出たのか、リクの声は眠りかけのように力がない。
「ヴァン……好き……ずっとそばに、いたい……」
「僕もだよ」
「……ん……」
抱きしめる腕から力が抜ける。
僕はその腕に口づけをして、瞼を閉じる。
リクとリクが暮らしていくこの国をまもるためなら、僕はどんなことでもしよう。――そう、心に強く願いながら眠りに落ちていった。
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