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第4章 たいせつな人を守りたい
134 運命って感じだな
しおりを挟む祭壇の周りにも多くの人が行き来していたけど、今日はヴァンが一番乗りだったみたいだ。他の二人、近衛騎士のナジームさんと、魔法院のストルアンの姿はまだない。
補助の魔法師と、手順の最終的な打ち合わせをするヴァンを離れた場所で眺めながら、俺は側にいるジャスパーにたずねた。
「この結界術に携わる人の、魔法酔いに対処する治癒魔法師って……ジャスパー一人じゃないよね?」
「んん? ああ……」
夜通し術を終えた今朝も、迎えに来た昼過ぎも、従者のように付き従う魔法師がジャスパーの側にいた。ヴァンに直接治癒を施すのはジャスパーだけど、その担当が一人、というはずがない。
「ヴァンに対しては、俺の他にも五名の治癒術師がいる。あと、今はルーファス殿下のそばに控えているが、親父もいざとなれば担当する」
二年前に、「自分の手に余る」と言ってわざわざ呼びに行ったジャスパーのお父さん、レイクさんもいるのか。
高熱を出したヴァンを、夜通し氷魔法で冷やしていたせいで軽い魔法酔いになっていたのもすぐに気づいた。指先がしもやけになっていたのも治してもらって……なつかしい。
「そう言えば二年前は、修行が足りない、って言われていたよね」
「俺だって日々成長してんだよ。今なら親父の手を借りずに対処できる自信があるな」
自慢げに笑う顔に俺も笑顔を向けた。
それは俺も感じている。
ヴァンの魔力の流れを診るついでに俺のも診てもらうことがあるけど、本当にすごいスッキリというか、身体が軽くなる。
治癒を含めたいての魔法は難なくこなすヴァンが、この魔力の調整に関してはジャスパーを頼りにする辺り、頼りにしているんだな……と実感する。
「あいつも、年々タフになってきているけどな」
「ヴァンって……十四の時からこの結界術の仕事、していたんだよね?」
「そ、本当はもっと前から、魔力や技術的には可能だったんだけどな」
「けど?」
「さすがにあいつの身体がさ、耐えられなかったからさ」
今、祭壇で周囲の人たちと言葉を交わすヴァンは、普段と何も変わらないように見える。今までにないぐらい調子も良いと言っていた。でも……。
「ジャスパー、最初の頃のヴァンはどんな状態だったの?」
「十四、五の頃のことか?」
「うん……大変、だったんだろ?」
聞いたからといって俺に何ができるわけじゃない。
それでもヴァンは自分の苦しみをあまり口にしない人だから、少しでも、どんな思いをしてきていたのか知っていたい。
ジャスパーがは少し考えるようにして口を閉じてから、ぽつりぽつりと話し始めた。
「最初の二、三年は毎日のように吐いてたよ。何も食べられなくて、水すらまともに受け付けなくてさ。それでも日没の、術を始める時間になったら平然とした顔で祭壇に立つ。正直、化け物かよ……とか思ったな」
すっと伸ばした背筋。
涼し気な表情と優しい声。
けれどその下では、熱い思いが隠されている。
「あまりにひどいから、誰か代わってやれよって言ったこともあったけど、代わりがいなければどうにもならない。やっとまともに耐えられるようになったのは成人してからだな……」
「十八の?」
「あぁ……だからヴァンは、リクが成人するまで待つ、というところを絶対に譲らなかったのだろうな。子供の内は無理させたくないって」
本当にヴァンは俺のこと、大切にしていたのだと改めて実感する。
「最初はさ……ヴァンがリクのどこに惚れたのか、俺には分からなかったんだ。魅了の魔力があることは知っていたけど、奴ならそれをガードすることだって簡単だ。身よりの無い子を保護するのは大人の役目と言っても、ヴァンが自分で世話をする必要もない」
俺は黙って、ジャスパーの呟きを聞いている。
「あいつは自分がやらなくてもいいことは、徹底して放置する。人を気遣って手を貸す、なんてまずしない。そういう意味では冷徹な奴だったんだけどな……なぜか、リクに関しては最初から全部自分でやりたがっていたから」
ちらりと俺に視線を流した。
俺を世話していたのは同情だけじゃない、以前ジャスパーに言われた事がある言葉だ。
「リクの魂に惚れたんだろう……と、思って今は確信している。あついにとっても、リクは初恋だったんじゃないか、って。ヴァンがどんな名誉や才能より欲しかったもの。……なんだか運命って感じだな」
そう言って、ジャスパーは笑った。
俺の初恋がヴァンだったように、多くの人の好意と尊敬を集めていたヴァンもまた、俺に対して初めての恋だったとしたら……なんだか、もう、嬉しくて。恥ずかしくて。
日が暮れ始める。
今日はまだ、魔物の影は見えない。
近衛騎士のナジームさんと、魔法院のストルアンが到着して、厳かに結界術の呪文が響き渡る。
七夜続けて一晩中、フルで魔法を使い続ける魔法。
一夜だけでも心身にかかる負担や苦しさは想像を越えていて、聞いただけじゃ理解なんて及ばないだろう……と思う。けれどこの国に暮らす人たちを守るために、ヴァンは「好きにはなれない」と言った勤めを続けている。
辞めることはできないのか、と聞いたこともあった。それでもヴァンは答えたんだ。
『大丈夫だよ、リク。国の人々を護っているという誇りはある』
そう言って腕を伸ばし、俺の髪をやさしく撫でた記憶が胸を締め付ける。
「俺も、この国を護る一人になりたい」
「ヴァンが聞いたら、喜ぶよ」
俺の隣で、ジャスパーの嬉しそうに呟いた。
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