【本編完結】異世界の結界術師はたいせつな人を守りたい

鳴海カイリ

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第4章 たいせつな人を守りたい

135 誰の代わりにもならない

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 無事に二夜目が終わった。
 一夜目より、襲って来た魔物の数は少なかったんじゃないだろうか。

 明け方、無事に術を終えたヴァンが祭壇から下りる。さすがに疲労の色は濃くなってきていたけれど、手を伸ばすとしっかり握り返す指の強さが嬉しくて、俺は支えるように部屋へ戻った。

 昨日と同じように湯あみをして軽く食事を取る。
 ジャスパーが話していたくれた子供時代のヴァンを思うと、こうして少量でも何か口にできるのは、本当にタフになった証拠なんだな……と思う。一度本当に酷い魔法酔いで寝込んだ姿を見ているだけに、何だか大きくなってくれてありがとう、というか。
 俺……もしかして今、保護者のような気持ちになっている?

「どうしたの? じっと見て」
「いいや、想像していたよりヴァンの状態が落ち着いているのが嬉しくて」

 ルーファス王子を始め、戻ったクリフォードや周囲の魔法師たちと次の三夜目の流れを打ち合わせしつつ、俺の視線に気がついたヴァンが優しい笑顔を向ける。

「しっかりジャスパーがメンテしてくれているし、何よりリクがそばに居てくれているおかげかな」
「俺が? 何もしていないよ」

 いや、結界の隙をくぐって襲って来る魔物を、混乱させたりはしているけどさ。それでも守りを固める城の騎士や兵士のお手伝い程度だ。
 苦笑する俺にヴァンは手を伸ばし、テーブルの上の俺の手を握る。

「そばに、居てくれるだけでいいんだ」

 ふ……と心が温かくなる。
 居てくれるだけでいい。
 そんなふうに俺の存在を認めてくれて、必要としてくれる。何度となく口にしてきた言葉でも、言われるたびに胸の底からあたたかいものがこみ上げてくる。

「うん……俺、ヴァンのそばにいるよ。そばにいたい」

 へへへ、と笑い返す。
 そこに同席していたルーファス王子が口を挟んだ。

「アーヴァインよ、そのことなのだがリクを少し貸してほしい」
「貸す?」
「うむ、都市の基礎機関部分に入り込んでいる魔物が悪さをしていてな、守りの機能が不完全になっている。リクの魅了で混乱や威圧をかけてもらえれば、排除も効率が上がる」

 ヴァンの眉がしかめられた。
 結界術を再構築している間、俺に何かあってもヴァンは動けない。けれど目が届く同じ場にいることで安心している様子があった。

「殿下、リクを危険な場所には……」
「この城より外には出さない。内部ならば安全だろう? それに俺やお前の甥のクリフォードも側にいる。もちろんそこの護衛……ザックとマークと言ったな、彼らも共にだ。他にも近衛の騎士らが多数いる。そこまで慎重に警護を固めれば、リクには魔物の指一本触れることはできないだろう」

 そう説得する王子殿下の言葉とあっては、身分上ヴァンは嫌だといいにくい。
 俺は王子に向き直った。

「ルーファス殿下……それってヴァンが結界術を行っている間ですか? 俺、ヴァンが休憩している時は、そばに居たい」

 確認するように俺が聞くと、王子は少し考えてから頷いた。

「そうだな。そうしよう。アーヴァインが術を行っている日没から夜明けの間だけ。術を一旦終える明け方には、お前の元にリクを帰そう」

 だったら、休む間はそばにいられる。
 ヴァンが眠るその間「添い寝」で抱きしめていることができる。ジャスパーの調整はとてもよく効いていて、今のところ魔法酔いで苦しむ様子はないけれど、それでもいつもよりずっと体温は高い。
 手のひらを少しだけ冷やして額や首すじにあてたヴァンの、気持ちよさそうな顔を見る度に、俺もすごく安心するんだ。
 反面、ヴァンが術を行っている間は遠くから見つめることしかできない。

 それでもヴァンは渋い顔をしていたが、俺の言葉や王子の説得で、ヴァンが術を行っている間だけ、ということになった。

「アーヴァインよ、これは借りにする。大結界再構築を無事終えたあかつきには、お前たちを王都に招待して褒美ほうびを与えよう。俺が自ら都を案内してもいいぞ」
「殿下、どうしたんです? 褒美なんて今更……」
「限られた時間とはいえ、大魔術師の愛し子を借りるのだ。そのぐらいのことをして当然だと思うが」

 王子とは思えない気さくさで、殿下が笑う。
 この人柄があってか、ヴァンをはじめとした近衛の騎士や兵士、国民も、ルーファスへの信頼が厚いのだとわかる。王族ってもっと、いばり散らしているようなイメージがあったのにな。
 ここまで言われては、さすがのヴァンも承諾しないわけにはいかなかった。

「リクは、姉上のように優しいな」

 そう言って部屋を後にした王子。続いて退室するクリフォードやジャスパーたちを見送り、二人きりになった俺はヴァンにたずねた。

「俺が姉上のように……って?」
「ああ……リクには言っていなかったね」

 時間を惜しむようにベッドに入りキスを交わすと、ヴァンはしばし考える風に間を置いてから、静かに答えた。

「僕には、次兄――ハロルドとの間に二人の姉がいたんだ。どちらも僕が子供の頃に亡くなった。一人は流行りの病で。もう一人は……魔物に……」

 そう答える緑の瞳が伏せられる。

「長女のリディアは僕を守ってね……喰われた瞬間は忘れられない」
「ヴァン……」
「いや、その話はよそう」

 哀し気に瞼を伏せてから、ヴァンは俺を見つめた。

「姉はとても、優しくて美しい方だったよ。僕がまだ幼い頃、よくこうして添い寝をしてくれていた」

 照れくさそうに笑う。
 そんな顔のヴァンを見たのは初めてかもしれない。

「俺が……その、お姉さんに似ているの?」
「顔かたちというのではなく、僕を思ってくれる優しさや気遣いがね。特にリクが成人してから、思い出すようになった。リクに姉上に話はしたことが無かったというのに」

 俺はヴァンの頭を抱きよせた。
 ここまで辛い思いをしながら国を護ることを辞めない理由の一つに、ヴァンのお姉さんのこともあったのだろうな……と思う。
 ヴァンは長兄や次兄と、十歳以上歳が離れている。それを不思議に感じたことが無くはないが、気にしてはいなかった。

「リディアが亡くなったのは、僕が十歳になる前の頃の話だ。今はもう、あの頃のように、何もできない子供ではない。それにリクは、姉ができなかったこともできる」

 そう言って身体を起こし、俺に深いキスをする。
 俺はその肩や首に腕を回してヴァンの思いを受け止めていく。身体を開く。

「リクを姉の代わりだなんて思ったことは一度もないよ。リクは……誰の代わりにもならない」
「うん……ん……」

 頷いて、俺の身体を愛おしそうに撫でるヴァンの、手のひらのやさしさに意識を向ける。こうしてヴァンと身体を重ねることは、きっと俺にしかできない。

「ヴァン、大好きだよ……」

 ヴァンの全部を受け止めたい。
 そんな自分であり続けたいと――思っていた。






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