143 / 202
第4章 たいせつな人を守りたい
135 誰の代わりにもならない
しおりを挟む無事に二夜目が終わった。
一夜目より、襲って来た魔物の数は少なかったんじゃないだろうか。
明け方、無事に術を終えたヴァンが祭壇から下りる。さすがに疲労の色は濃くなってきていたけれど、手を伸ばすとしっかり握り返す指の強さが嬉しくて、俺は支えるように部屋へ戻った。
昨日と同じように湯あみをして軽く食事を取る。
ジャスパーが話していたくれた子供時代のヴァンを思うと、こうして少量でも何か口にできるのは、本当にタフになった証拠なんだな……と思う。一度本当に酷い魔法酔いで寝込んだ姿を見ているだけに、何だか大きくなってくれてありがとう、というか。
俺……もしかして今、保護者のような気持ちになっている?
「どうしたの? じっと見て」
「いいや、想像していたよりヴァンの状態が落ち着いているのが嬉しくて」
ルーファス王子を始め、戻ったクリフォードや周囲の魔法師たちと次の三夜目の流れを打ち合わせしつつ、俺の視線に気がついたヴァンが優しい笑顔を向ける。
「しっかりジャスパーがメンテしてくれているし、何よりリクがそばに居てくれているおかげかな」
「俺が? 何もしていないよ」
いや、結界の隙をくぐって襲って来る魔物を、混乱させたりはしているけどさ。それでも守りを固める城の騎士や兵士のお手伝い程度だ。
苦笑する俺にヴァンは手を伸ばし、テーブルの上の俺の手を握る。
「そばに、居てくれるだけでいいんだ」
ふ……と心が温かくなる。
居てくれるだけでいい。
そんなふうに俺の存在を認めてくれて、必要としてくれる。何度となく口にしてきた言葉でも、言われるたびに胸の底からあたたかいものがこみ上げてくる。
「うん……俺、ヴァンのそばにいるよ。そばにいたい」
へへへ、と笑い返す。
そこに同席していたルーファス王子が口を挟んだ。
「アーヴァインよ、そのことなのだがリクを少し貸してほしい」
「貸す?」
「うむ、都市の基礎機関部分に入り込んでいる魔物が悪さをしていてな、守りの機能が不完全になっている。リクの魅了で混乱や威圧をかけてもらえれば、排除も効率が上がる」
ヴァンの眉が顰められた。
結界術を再構築している間、俺に何かあってもヴァンは動けない。けれど目が届く同じ場にいることで安心している様子があった。
「殿下、リクを危険な場所には……」
「この城より外には出さない。内部ならば安全だろう? それに俺やお前の甥のクリフォードも側にいる。もちろんそこの護衛……ザックとマークと言ったな、彼らも共にだ。他にも近衛の騎士らが多数いる。そこまで慎重に警護を固めれば、リクには魔物の指一本触れることはできないだろう」
そう説得する王子殿下の言葉とあっては、身分上ヴァンは嫌だといいにくい。
俺は王子に向き直った。
「ルーファス殿下……それってヴァンが結界術を行っている間ですか? 俺、ヴァンが休憩している時は、そばに居たい」
確認するように俺が聞くと、王子は少し考えてから頷いた。
「そうだな。そうしよう。アーヴァインが術を行っている日没から夜明けの間だけ。術を一旦終える明け方には、お前の元にリクを帰そう」
だったら、休む間はそばにいられる。
ヴァンが眠るその間「添い寝」で抱きしめていることができる。ジャスパーの調整はとてもよく効いていて、今のところ魔法酔いで苦しむ様子はないけれど、それでもいつもよりずっと体温は高い。
手のひらを少しだけ冷やして額や首すじにあてたヴァンの、気持ちよさそうな顔を見る度に、俺もすごく安心するんだ。
反面、ヴァンが術を行っている間は遠くから見つめることしかできない。
それでもヴァンは渋い顔をしていたが、俺の言葉や王子の説得で、ヴァンが術を行っている間だけ、ということになった。
「アーヴァインよ、これは借りにする。大結界再構築を無事終えたあかつきには、お前たちを王都に招待して褒美を与えよう。俺が自ら都を案内してもいいぞ」
「殿下、どうしたんです? 褒美なんて今更……」
「限られた時間とはいえ、大魔術師の愛し子を借りるのだ。そのぐらいのことをして当然だと思うが」
王子とは思えない気さくさで、殿下が笑う。
この人柄があってか、ヴァンをはじめとした近衛の騎士や兵士、国民も、ルーファスへの信頼が厚いのだとわかる。王族ってもっと、いばり散らしているようなイメージがあったのにな。
ここまで言われては、さすがのヴァンも承諾しないわけにはいかなかった。
「リクは、姉上のように優しいな」
そう言って部屋を後にした王子。続いて退室するクリフォードやジャスパーたちを見送り、二人きりになった俺はヴァンにたずねた。
「俺が姉上のように……って?」
「ああ……リクには言っていなかったね」
時間を惜しむようにベッドに入りキスを交わすと、ヴァンはしばし考える風に間を置いてから、静かに答えた。
「僕には、次兄――ハロルドとの間に二人の姉がいたんだ。どちらも僕が子供の頃に亡くなった。一人は流行りの病で。もう一人は……魔物に……」
そう答える緑の瞳が伏せられる。
「長女のリディアは僕を守ってね……喰われた瞬間は忘れられない」
「ヴァン……」
「いや、その話はよそう」
哀し気に瞼を伏せてから、ヴァンは俺を見つめた。
「姉はとても、優しくて美しい方だったよ。僕がまだ幼い頃、よくこうして添い寝をしてくれていた」
照れくさそうに笑う。
そんな顔のヴァンを見たのは初めてかもしれない。
「俺が……その、お姉さんに似ているの?」
「顔かたちというのではなく、僕を思ってくれる優しさや気遣いがね。特にリクが成人してから、思い出すようになった。リクに姉上に話はしたことが無かったというのに」
俺はヴァンの頭を抱きよせた。
ここまで辛い思いをしながら国を護ることを辞めない理由の一つに、ヴァンのお姉さんのこともあったのだろうな……と思う。
ヴァンは長兄や次兄と、十歳以上歳が離れている。それを不思議に感じたことが無くはないが、気にしてはいなかった。
「リディアが亡くなったのは、僕が十歳になる前の頃の話だ。今はもう、あの頃のように、何もできない子供ではない。それにリクは、姉ができなかったこともできる」
そう言って身体を起こし、俺に深いキスをする。
俺はその肩や首に腕を回してヴァンの思いを受け止めていく。身体を開く。
「リクを姉の代わりだなんて思ったことは一度もないよ。リクは……誰の代わりにもならない」
「うん……ん……」
頷いて、俺の身体を愛おしそうに撫でるヴァンの、手のひらのやさしさに意識を向ける。こうしてヴァンと身体を重ねることは、きっと俺にしかできない。
「ヴァン、大好きだよ……」
ヴァンの全部を受け止めたい。
そんな自分であり続けたいと――思っていた。
20
あなたにおすすめの小説
溺愛の加速が尋常じゃない!?~味方作りに全振りしたら執着兄上たちの愛が重すぎました~
液体猫(299)
BL
毎日AM2時10分投稿
【《血の繋がりは"絶対"ではない。》この言葉を胸に、末っ子クリスは過保護な兄たちに溺愛されながら、大好きな四男と幸せに暮らす】
アルバディア王国の第五皇子クリスが目を覚ましたとき、九年前へと戻っていた。
巻き戻す前の世界とは異なるけれど同じ場所で、クリスは生き残るために知恵を振り絞る。
かわいい末っ子が過剰なまでにかわいがられて溺愛されていく──
やり直しもほどほどに。罪を着せた者への復讐はついで。そんな軽い気持ちで始まった新たな人生はコミカル&シリアス。だけどほのぼのとしたハッピーエンド確定物語。
主人公は後に18歳へと成長します(*・ω・)*_ _)ペコリ
⚠️濡れ場のサブタイトルに*のマークがついてます。冒頭のみ重い展開あり。それ以降はコミカルでほのぼの✌
⚠️本格的な塗れ場シーンは三章(18歳になって)からとなります。
⚠️若干の謎解き要素を含んでいますが、オマケ程度です!
公爵家の末っ子に転生しました〜出来損ないなので潔く退場しようとしたらうっかり溺愛されてしまった件について〜
上総啓
BL
公爵家の末っ子に転生したシルビオ。
体が弱く生まれて早々ぶっ倒れ、家族は見事に過保護ルートへと突き進んでしまった。
両親はめちゃくちゃ溺愛してくるし、超強い兄様はブラコンに育ち弟絶対守るマンに……。
せっかくファンタジーの世界に転生したんだから魔法も使えたり?と思ったら、我が家に代々伝わる上位氷魔法が俺にだけ使えない?
しかも俺に使える魔法は氷魔法じゃなく『神聖魔法』?というか『神聖魔法』を操れるのは神に選ばれた愛し子だけ……?
どうせ余命幾ばくもない出来損ないなら仕方ない、お荷物の僕はさっさと今世からも退場しよう……と思ってたのに?
偶然騎士たちを神聖魔法で救って、何故か天使と呼ばれて崇められたり。終いには帝国最強の狂血皇子に溺愛されて囲われちゃったり……いやいやちょっと待て。魔王様、主神様、まさかアンタらも?
……ってあれ、なんかめちゃくちゃ囲われてない??
―――
病弱ならどうせすぐ死ぬかー。ならちょっとばかし遊んでもいいよね?と自由にやってたら無駄に最強な奴らに溺愛されちゃってた受けの話。
※別名義で連載していた作品になります。
(名義を統合しこちらに移動することになりました)
鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる
結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。
冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。
憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。
誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。
鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。
《本編 完結 続編 完結》29歳、異世界人になっていました。日本に帰りたいのに、年下の英雄公爵に溺愛されています。
かざみはら まなか
BL
24歳の英雄公爵✕29歳の日本に帰りたい異世界転移した青年
愛していた王に捨てられて愛人になった少年は騎士に娶られる
彩月野生
BL
湖に落ちた十六歳の少年文斗は異世界にやって来てしまった。
国王と愛し合うようになった筈なのに、王は突然妃を迎え、文斗は愛人として扱われるようになり、さらには騎士と結婚して子供を産めと強要されてしまう。
王を愛する気持ちを捨てられないまま、文斗は騎士との結婚生活を送るのだが、騎士への感情の変化に戸惑うようになる。
(誤字脱字報告は不要)
【完結】気が付いたらマッチョなblゲーの主人公になっていた件
白井のわ
BL
雄っぱいが大好きな俺は、気が付いたら大好きなblゲーの主人公になっていた。
最初から好感度MAXのマッチョな攻略対象達に迫られて正直心臓がもちそうもない。
いつも俺を第一に考えてくれる幼なじみ、優しいイケオジの先生、憧れの先輩、皆とのイチャイチャハーレムエンドを目指す俺の学園生活が今始まる。
あなたの隣で初めての恋を知る
彩矢
BL
5歳のときバス事故で両親を失った四季。足に大怪我を負い車椅子での生活を余儀なくされる。しらさぎが丘養護施設で育ち、高校卒業後、施設を出て一人暮らしをはじめる。
その日暮らしの苦しい生活でも決して明るさを失わない四季。
そんなある日、突然の雷雨に身の危険を感じ、雨宿りするためにあるマンションの駐車場に避難する四季。そこで、運命の出会いをすることに。
一回りも年上の彼に一目惚れされ溺愛される四季。
初めての恋に戸惑いつつも四季は、やがて彼を愛するようになる。
表紙絵は絵師のkaworineさんに描いていただきました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる