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第4章 たいせつな人を守りたい
138 素直で可愛いね
しおりを挟む「残り四夜……それさえ、乗り越えれば……」
そう呟いて浅い眠りについた。
夕刻前、四夜目が始まる頃、いつものようにクリフォードと護衛のザックとマーク、そして一ヶ月前からヘイストンで準備をしていたヴァンの次兄ハロルドさんたちが、治癒術師を連れて迎えに来た。
お兄さんとは、都市の地下で起きている防衛機能の対応に追われ、一夜目の前の打ち合わせの時に顔を合わせたきりなっていた。
「聞いたよ、ジャスパー君の娘さんが病になったと」
「兄上」
「エイディも、ゲイブ君もまだこちらに到着できていないんだろ?」
同席しているクリフォードに確認するように問いかける。
いつもの、少し人を小馬鹿にするような笑みを消して、甥っ子は頷いた。
「多少のトラブルならどうとでもできるのですが……連絡もままならない現状では、どうも、ね……」
何か含みのある顔で言う。
俺にはよくわからないが、都市の地下に広がる防衛機能の不具合と合わせ、今年はいつもと違う現象がいくつも起きているようだ。
どことなく重苦しい空気になりそうな中、ハロルドお兄さんは明るい声をあげた。
「まぁ……でも、三夜無事に終えたのだし。ヴァンも僕もいるのだかから大結界の再構築は成されるよ。何も心配はない」
「ハル兄……」
「ヴァンは心配性だから何でも難しく考える。気楽にいけよ」
バンバンと弟の背中を叩く。
お披露目会で初めて会った時もこんな明るい雰囲気で、ギスギスしていた長兄とヴァンの間を取り持っていた。
「ほら、儀式の前の最終調整をしておいで」
いつもはジャスパーに受けていた魔力の流れを、今日からは代わりの人たちが受け持つ。皆、それぞれに十分能力の高い術者だとクリフォードから聞いているが、ヴァンの表情を見れば、しっくりこないものがあるみたいだ。
「ヴァンは怪物並みの魔力を持ちながら、繊細な性格をしているからなぁ。大魔法の前には細かい調整が必要とか、タイヘンだよな」
宿題に取り組む弟を見守る兄……と言うような軽さで、ハロルドお兄さんが呟く。
俺は少し離れた場所で見つめながら、横に立つお兄さんに頷いた。この二年の間、魔法を習う中で、そういったヴァンの性格も知った。
普段は穏やかで少しのんびりしたところがあるけれど、その頭の中では、常に最善の結果を導き出すための術式を編み出している。見た瞬間に魔法石の状態を判断するのも、周囲の現象全てに目を光らせているのも、わずかな判断の遅れが生死を分ける場合もある……と知っているからだ。
だから時々、その緊張の糸が緩むと、驚くほど甘えたがりで悪戯っ子なヴァンの、もう一つの素顔がのぞく。
俺はその、緩んだ側のヴァンを支える人になりたい。
「そう言えば」
不意にハロルドお兄さんが懐から、鈍く光る物を取り出した。
「これ、ありがとう。返しておくよ」
ころん、と手のひらに転がったのは懐かしい……元の世界から持って来ていた、携帯LEDライトだ。百円ショップで買った簡易的なもので、単四電池で明かりが点く。仕組みも何もかも、単純な……それでいて現代の技術が詰まった物だった。
着ていた制服やら何やら、この世界で暮らすことを決めた時に不要になった物は、ヴァンから「欲しがる人がいる」と聞いて譲ったのは二年以上前のこと。もう俺の手元には戻って来ないと思っていたのに。
「異世界の技術は面白いね。特にそのペンライト? は、なかなか興味深かったよ。制服の布地もこの世界では使われていない製法だったから、いろいろ研究の役に立ったんじゃないかな」
「良かったです。俺にはもう必要ない物だったので、誰かの役に立ったのなら」
「うん、大役立ちさ。そのライトの中の、デンチ、というのも面白かったよ。同じような物は以前から流れついてはいたけれど、ちゃんと動く物は少ないからね。ちなみに今は同じような機能を持った魔法石を加工して仕込んである。スイッチを押してごらん」
言われて、スライドスイッチを押すと小さな明かりが灯った。
もちろん部屋を照らすような光ではないが、手元を照らすには十分だ。
「地下の機械仕掛けと一緒さ。リク君は光の魔法が使えるって聞いたけれど、魔法が使えない状況もあるだろうから持っているといいよ。ま……お守り代わりかな。その首の魔法石に比べたら、子供のおもちゃみたいなものだけれどね」
「いいえ、ありがとうございます」
「昔を思い出させるような物を渡して、嫌じゃなかった?」
「とんでもない」
俺は首を横に振った。
「俺が困らないよう、安全に過ごせるようにって……いろんな人が気を使ってくださるのは、すごく嬉しいです。ありがとうございます」
「うんうん、素直で可愛いね」
そう言って、おでこにチュッとキスされてしまった。
はっ、としてヴァンの方を見ると、瞳を細めて睨んでいる。うぅ……ごめんなさい。今のは不意打ちで、不可抗力だ。
ハロルドお兄さんも気づいたようで、ひらひらと呑気に手を振り返した。
「あははは。焼きもちやいて、可愛いなぁ……」
「ハロルドさん!」
「さぁ、ヴァンの準備も整ったようだ。僕も祭壇までお供しようかな」
そういうハロルドさんに、歩み寄って来たヴァンは「絞めますよ」と唸っている。
のらりくらりとかわす二人兄と、いいようにあしらわれている弟という姿は新鮮で、俺は一歩後ろを歩きながら思わず笑ってしまった。
いよいよ、四夜目が始まる。
ヴァンと騎士のナジームさん、そして魔法院のストルアンが祭壇を取り囲むように向き合い、日の入りと共に術を開始する。その姿を見守ってから、俺はまたザックとマークを伴って、クリフォードと都市の地下へと向かった。
――そこで、嫌な言葉を耳にすることなるとは……。
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