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第4章 たいせつな人を守りたい
139 陰口
しおりを挟む城を中心に張り巡らされた都市の下層部。
独立した防衛機能が不完全を起こした、そのフォローに向かった先で、一度聞いたことのある声が耳に入った。飛竜でここに到着したその日、チャールズに絡んで来た貴族の者たちだ。
俺の周囲には護衛のザックとマーク、そして偶然遭遇したチャールズがいて、クリフォードは少し離れた場所で城と都市の警備を進めていた騎士と話をしていた。俺たちが休んでいた昼の間どんな状況だったか、引き継ぎをしているのだろう。
「――で、けっきょくあのリクという異世界人は、居座っているんだろ?」
歯車とパイプが入り組んだ薄い壁はパーティションのような状態で、所々向こう側が透けて見える。けれど明かりがあちら側にあるせいか、少し薄暗い俺たちの側が陰になって、噂の当人が直ぐ近くにいるとは気づかないみたいだ。
様子を察したマークが、一言、言い返しに行こうとしていたのを、俺は腕を伸ばして止める。
「魅了なんて、やっぱり気持ち悪いよな」
「本来魅了持ちは幽閉しておくものだろ? 野放しにしていて危険じゃないのか?」
「ちゃんとコントロールできているっていうけど、本当かなぁ……」
「既に、操られていたりして」
「アーヴァイン様が骨抜きなってるんだ、コントロールなんてできてねぇだろ」
くぐもったような嗤いが漏れる。
俺のことはどんなに悪くいってもいい。けれどヴァンのことを悪く言われるのは許せない。そう思って壁を回り込もうとした時、続く声が耳に届いた。
「そろそろ、アーヴァイン様も目が覚めるだろうさ。父上も話していたよ」
「何を?」
「どんなにご寵愛していようが、あの者は男だ。アーヴァイン様のお子は産めない」
何を今さら、と取り巻きが笑う。
けれど話の中心となっていた青年が、取って置きの秘密だとでも言うように口を開いた。
「あれだけの大魔術師が、お力を引き継ぐお子を儲けないわけにはいかないだろう? 既に新たなご婚約の話は幾つかあるらしい。奥方になる令嬢には皆、あの異世界人を男妾として置いておくことになると、了承させているそうだよ」
ふっ……と俺の足が止まった。
取り巻き立ちの笑いが漏れる。
「まぁ貴族なのだから、妾の一人や二人、いてもねぇ……悪くはないが」
「同性なら複雑だが、相手は男だ。先に産ませられる心配もない」
「ゆっくり、落とせるな」
そう言って笑い合う。
「アーヴァイン様も、お子が出来れば正気に戻るだろうさ」
「ああ……魅了持ちは長生きできないんだ。もって後数年、楽しめるのは今だけだと分かっているから夢中になっているだけだよ。その後のことを考えるなら、そろそろ将来のことをお考えになっているはずだ」
通路の向こうを歩いて行く。
俺は壁の隙間からその後姿を見送り、立ち尽くしていた。
分かっている。
ヴァンも言ってた。
魅了は難しい、と。
通常の魔法より高いコントロールが求められる。「自暴自棄になり、誰彼構わず魅了して自滅した人は多い」と俺に言った。
魅了持ちは長生きできない、というのはそういう意味もあるのだろう。
だから俺がそうならないように、慎重に慎重を重ねていた。
この二年の間、自分の力をコントロールできるよう訓練を重ねて来たんだ。
「リク様……」
心配そうな声でチャールズが俺を呼んだ。
俺は振り向いて「大丈夫」と、表情を笑顔にして答える。
「このぐらい、想定の範囲内だよ」
「……ですが」
「それよりチャールズは俺が怖くないの? お披露目会で一度失神してるだろ?」
顔を見ただけで意識を失ってしまった姿を思い出す。
相性もあるのだろうけれど、ちゃんとコントロールしていても魅了に中てられる人はいる。俺の知らないところで、被害に遭っている人はいるだろう。
「今はもう大丈夫です」
チャールズはふわりと笑って返した。
「お披露目会の時は僕も油断していたので……でも、今はちゃんとガードもしていますし、リク様もコントロールしているのだと分かります」
「そう? 俺……感覚でしか分からないから」
「本当に恐ろしかったら近づいたりいたしません。僕は……その……」
言いかけて、顔を赤くして下を向く。
「特別なお力を持ちながら、逃げずに挑まれたお姿……とても惹かれます。尊敬しているんです」
照れくさそうに言いながら微笑む。
「僕は好きな人に嫌われるのが怖くて、逃げてしまいましたから。だから諦めずに努力されたのだとお聞きして、すごいなぁ……と」
「そうですよ、リク様!」
口を噤んでいたマークが、チャールズに続いて言う。
「リク様が魅了をコントロールするためにどれほど頑張って来たか、俺も兄貴もギャレット様も……ギルドやベネルクの街の人たちも……誰より、アーヴァイン様が一番よく分かっています!」
「うん……」
二年前に出会った時から、ザックとマークは変わらず俺の友人でいてくれる。
以前の俺なら、これも魅了の影響だと疑ったかも知れない。けれど今は違う。
「また暴走しかけたら、止めてもらわないとな」
「お任せください」
「というか、暴走しそうになったら言ってください! すぐにアーヴァイン様を呼びに行きますから!」
ザックとマークに言われて俺は笑いながら頷く。
騎士たちとの引き継ぎ作業が終わったクリフォードが「何かあったの?」ときいて来るのを、俺は「何でもない」と返して、今夜の見回りに向かった。
ヴァンにどんな話が来ていたとしても、俺を大切にしてくれるし、ずっとそばに置こうとしてくれる。けれどいつかはヴァンの貴族としての立場から、俺たち二人の力ではどうにもできないことが起るかも知れない。
「それは、そうなった時に考えるしかない……」
起きてもいないことを心配しても仕方がない。
今は、自分に出来ることをただやっていくしかないんだ。
ヴァンは今、祭壇に向かって辛い儀式を続けている。その負担を少しでも軽くできるなら、俺はどんなことだってやる。
陰口ぐらいで落ち込んでなんかいられない。
一晩中、クリフォードたちと街を守りながら、明け方儀式を終えるヴァンを迎えに行く。祭壇を下りるヴァンに疲労の色は濃くなってきたが、今日も無事に四夜目を終えられた。
残り三夜。
大丈夫。
この大結界再構築は無事、終えられる。
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