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第4章 たいせつな人を守りたい
140 リクの笑顔のために……
しおりを挟む祭壇に向かい、ただひたすら呪文を唱える。
僕の目の前にいるのは、ルーファス王子付きの近衛騎士、ナジーム・アトキン・ミレン。そして……魔法院に席を置く顧問官、ストルアン・バリー・ダウセット。この二人と僕で、アールネスト王国全土を覆う大結界を、七夜かけて構築する。
日の入りから夜明けまで、一切の休憩は無く体内の魔力をフルで起動させたまま術を練り上げていく。もっと多くの術者で取り組めば一人一人の負担は下がるが、それでは結界の精度も下がる。
国で最も魔力が強く技術のある三人で勤める、肉体的にも精神的にも過酷な仕事だ。
だが、この大結界によって民は狂暴な魔物から守られ、他国には牽制にもなっている。
かつて子供が成人するまで生き残ることができるのは、十人に一人と言われていた。今は……多くの命を守っている大結界。僕の祖父、ヘンリー・ジョーセフ・ホールが結界の基礎魔法を考案し、僕が受け継いだことで、この国の安全は飛躍的に向上した結果だ。
その仕事に従ずることに、誇りはあるのだが――。
日が昇り、四夜目を終える締めの呪文を唱和する。
一夜目のように空から飛来する魔物の姿はなく、辺りは補助魔法師たちの騒めきが響くだけだ。その中で、僕は大きく息を吸ってからよろめく身体を支えるように、祭壇へと片手をついた。
ナジームとストルアン、それぞれがどの部分をどのように構築していたか僕にはわかる。本来、誰がどこをどの程度担当するか、綿密に打ち合わせしている。だというのに……。
「貴様……」
睨み付ける僕に、ストルアンはふふんと鼻で嗤い返した。
思わず胸倉を掴みかかりに行く、その僕の手をナジームが止めた。
「アーヴァイン、堪えろ。おいストルアン、お前本当にやる気があるのか?」
「さて……私は自分にできる精一杯の力で勤めさせて頂いただけですが」
「ならば、能力が落ちたか?」
「かも……しれませんねぇ。何せ歳ですから」
僕たち三大魔法使いの中では一番年長だ。
だとしてもまだ三十代のはず。基礎力は僕に次いで高く、ナジームの上をいく。
のらりくらりと躱しているが、手を抜いていたのだと、僕には分かる。
「ならば儀式が始まる前に進言しろ! お前が再構築しなかった部分を、アーヴァインが全てフォローしていたんだぞ」
「ホール卿の能力は素晴らしいですね。もう術者は、あなた達お二人で十分ではありませんか?」
低く咆えるナジームに、ストルアンはくっくっと喉を鳴らして笑う。
ここが大切な儀式の場でなければ、この瞬間にも消し炭にしてやったものを。ストルアンは「ごゆっくりお休みください」と言い残し、祭壇を後にした。
ふらつく僕をナジームが支える。
彼とて限界まで魔力が起動させ、立っているだけでも辛いだろうに。
「くそっ! 何だあいつは……」
「この仕事に飽きたのかもしれない」
僕は侮蔑を込めた声で呟く。
元々彼は魔法の研究職に従事したかった者だ。それを僕に次ぐ力を認められたが為に、年に一度のこの場所に駆り出されている。そこに国を護る栄誉を与えられた者、という意識は低い。
「アーヴァイン、奴の今後は陛下や殿下と俺がどうにかする。この調子なら残り三夜もまともに術を発動させるか分かったものじゃないが、ここはどうにか乗り切ろう」
「対策は立てておく。残りの魔法石は?」
「お前んとこの愛し子が増強してくれたおかげで、まだ余裕がある。むしろあれが無ければ、乗り切れなかったかも知れないな」
リクの魅了が思わぬ効果を上げている。
彼がどれほど僕の身も心も支えているか、本人は自覚していないだろう。
「おおっと、噂をすればだ。お迎えが来たぞ」
ナジームの声に顔を上げると、込み合う祭壇付近にも関わらず一目で黒髪のリクを見つけ出すことが出来た。そばには護衛のザックとマーク、甥っ子のクリフォードと……もう一人は確か、チャールズと言っただろうか。
僕の視線に気がついて、リクが手を上げ駆け寄ってくる。
「ヴァン、お疲れ。大丈夫? 顔が、真っ青だ」
「ちょーっと無理したみたいだ。愛し子よ、アーヴァインの世話を頼んだぜ」
「無理って……」
驚く顔でナジームを見てから「分かりました」と力強く頷いた。
「リク、怪我はないかい?」
「俺は大丈夫だよ。皆が守ってくれている」
リクの肩を借りるようにして祭壇を離れる。反対側にはクリフォードがついた。そのまま眉をしかめて口を噤む。クリフォードはジャスパーのように魔力を調整する能力は無いが、僕の体内の状態を見ることはできる。
かなり無茶をしたことに気づいただろう。
ザックとマークが人を払い道を作るように動き、チャールズは「それじゃあ、僕はここで」と一声かけて場を下がっていた。
ふと……花のような香りがする。
この匂い、何だっただろう……ずっと昔に嗅いだことがあるのに、思い出せない。
「ヴァン、部屋に戻ったらすぐに横になって」
「そうだね。今日は、飲み物だけでいい……」
「吐きそう?」
魔法酔いの症状のひとつを心配して、リクが僕の顔を覗き込む。
「いや、大丈夫だ。魔力の調整をかけてもらってゆっくり休めば……幾らか回復する」
施術する者がジャスパーなら。
だが彼は今、倒れた家族の元に帰り僕のそばにはいない。代わりの術者でも多少は回復するが……どこまで、改善するだろうか。
そう心配したように、部屋に戻りベッドに横たわるともう、起き上がることが出来なかった。
熱と頭痛。
吐き気はまだないが身体はだるく、浅く早い呼吸だと自分でも分かる。
リクが心配する顔で僕を見下ろし、冷やした手のひらで優しく頬や額に触れる。
彼も一晩中、魔物を払うために走り回り疲れているはずだ。それなのに僕のためにと、黒く美しい瞳を潤ませながら、世話をしてくれる。
「泣かないで……」
「泣いてなんか、いない」
「……そう?」
重たい腕を上げて、リクの頬を指先で触れる。
その手の甲に自分の手のひらを重ね、リクは頬を擦り寄せた。
「早く、終わればいいね」
「残り……三夜だ。すぐだよ」
「うん」
そう言って触れるだけのキスをしてくる。
僕に寄り添うように横たわると腕に頭を乗せ、そっと抱きしめる。
「ヴァンが元気になりますように。辛いのが、なくなりますように」
「ふふ……それは、なんの呪文?」
「俺だけの治癒の呪文」
軽く笑いながら答える。
魔法など知らない子供が、見よう見まねで言っているような言葉だ。けれど……何故か心が軽くなっていく。
深く呼吸ができる。
額に唇をつけて「元気になぁれ」と繰り返す。その柔らかな声に耳を傾けていると、本当に魔法酔いの症状が落ちついていくような気がした。
夕刻、浅い眠りではあったが、思う以上に症状は落ち着いていた。
重い身体に気合いを入れて立ち上がる。
クリフォードに追加の魔法石を頼み、リクのエンチャントを施した石を手に、五夜目の祭壇へと向かう。意外にもストルアンは放棄せず姿を見せていた。
ナジームが全て終わるまでは逃がさない、と言うような鋭い視線を送っている。
「今夜はふざけたことをするなよ」
「私はいつも、自分にできる最善を尽くしておりますよ」
二人のやり取りを前に、僕は目の前のことに集中する。
リクを悲しませない。
リクが安心して暮らせるために、この国を護る。
リクの笑顔のために……僕は、生きている。
ただ、それだけを心に刻んで――。
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