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第4章 たいせつな人を守りたい
141 俺にできること、俺にしかできないこと
しおりを挟むヴァンが、騎士のナジームや魔法院のストルアンと共に、五夜目の儀式を始めた。
地平線に日が沈んだ空は、茜色から闇の蒼へと深みを増して、星が瞬き始める。二つの明るい月が昇り始め、穏やかな風が俺の髪を撫でる。まるでヴァンが指先で触れているように。
「リク、行こう」
クリフォードに呼ばれて、俺は後ろ髪を引かれる思いで祭壇の広場を離れた。
広いテラスというよりは空中庭園のようなこの場所には、三人を補助する魔法師や、魔物の襲撃に備えた騎士や兵士が多数詰めかけいる。
ヴァンを守る人たちはたくさんいる。
それでも、離れがたい思いとわずかな不安は、日を追うごとに強くなっていっているように感じた。
「アーヴァイン叔父様のそばから離れたくないかい?」
既に地下に向いながら、クリフォードがきいてくる。
俺は苦笑する思いで答えた。
「離れたくないか? と聞かれればね。でも……それ以上に、ヴァンの役に立ちたい。力になりたい。俺の魅了の力が役立つのなら……」
「思った以上だ」
クリフォードも苦笑を返しながら、魔法石や蝋燭の明かりに照らされた石の廊下を行く。俺の後ろにはいつものように護衛のザックとマークがつき、他にもルーファス王子の命令で護衛騎士が数名、付き従っている。
「世間一般で知られているのと違い、魅了で人や魔物を操るのは難しい。動物たちほど素直でも温厚でもないからね」
「うん……それは、ヴァンにコントロールを教えてもらう中で身に染みた」
人は、意識的にも無意識的にも、防御することができる。
本能的に危険を察知することで距離を取ったり視線を逸らしたり、話題を変えるなどもその一つで、魔法を使わなくも相手の威力を削ぐことができる。
だから人を魅了する時は、不意をついたり相手から意識を逸らさせないなど、魔法以外にも技術が必要になる。
魅了の使い方を知らなければ、惹きつけ、人々を心を縛り意のままに操ることなどできない……というのはそう言う意味だ。
対して、魔物は魅了が効きすぎる傾向がある。
互いの魔力が共鳴するとでもいうのだろうか。
魔物は魔力を喰う物たちだ。
ヴァンから魔法石を喰うを聞いた時は、石を食べる生き物がいるのかと不思議に思ったけれど、自分の目で見て驚いた。同じように魔力の多い生き物も好物だ。例えるなら俺やヴァンのような人間を……喰って取り込んで、力の一部にする。
魔法の塊のような生き物だからこそ、魔法が効きすぎてしまう。
そんな相手に惹きつける術をかけたなら、どちらかが死ぬまで付け狙って来る。
自然と魔物相手は威圧で拘束したり、服従させて従僕にしたり……という使い方が中心になる。
それも相手の魔物にある程度の知能があればの話だ。
知能の乏しい――本能の強い魔物相手は本当に難しくて、何度俺は魔法酔いになったか分からないし、ぎりぎりの線を見極めていたヴァンに怪我をさせてしまったこともある。
ヴァンはこのぐらい、魔法の修錬ではよくあることだと言っていたけど、俺の心臓は潰れそうだった。
自分でコントロールを学ぶと決意したにも関わらず、挫けそうになって、自分を呪った事も一度や二度じゃない。
怖くて。
それでもこの世界で生きていくためには、前に進むしか無くて。
泣きながらヴァンに縋って過ごした夜も数え切れない。
その度に「大丈夫」と耳元で囁きながら、ヴァンは俺を抱きしめてくれた。「大丈夫、絶対できる」「乗り越えられる」と……呪文のように繰り返してきた。
今ここに俺の命があるのは、ヴァンがいてくれたからだ。
――だから、俺はヴァンのためなら何だってやる。
小鬼の動きを威圧系の術で封じて、クリフォードを始めとしたザックやマーク、従騎士たちが確実にトドメを刺していく。
奴らは本来、こんな場所に出現するような魔物じゃない。
狂暴な反面、臆病でもあるから、深い森の奥や山のすそ野に穴を掘り、集団で身を隠している。繁殖力が高いため、飢え始めると集団で近隣の村や旅人を襲うというのが基本パターンだ。
防御機能を張り巡らせた、都市の地下に棲みつくような物たちじゃないのだと。
「誰かが手引きしたのだろう。もしくは捕らえて来て放ったか」
そうクリフォードは言いながら、一つ一つを潰していった。
俺も仲間たちと連係を取って進む。一体一体は弱いから、多少剣に心得のある者なら倒せるが、数で攻められると反撃が難しくなる。
途中、ヴァンの次兄のハロルドお兄さんとかち合って、まとめて始末できるような罠を仕掛けられないか、という話が出た。けれど不具合を起こしている中で余計な手を加えれば、更に誤作動を起こしこちらの側まで巻き込まれる危険があるらしい。
魔法があるからと言って、何でもかんでもできるわけじゃない。
皆、生きていくために精一杯なんだ。
そんな姿を俺は目に焼き付けて、この国を護る一人であることを……少し、誇りに感じ始めていた。
気が付けば、五夜目の終わり……夜明けの時間になっていた。
後をハロルドお兄さんや騎士たちに任せ、俺はヴァンの迎えに祭壇へと戻る。白み薄い青空が広がる下で、締めの呪文が終わるのを見てから、俺はそばに駆け寄った。
「おつかれ……」
口の端を上げて笑うストルアンを横目に、手を貸すナジームさんから熱い身体を受け取る。ナジームさんも疲労の色は濃かったが、ヴァンの顔色よりはまだマシだった。
「愛し子、今夜もヴァンは無理をした」
「ナジームさん……」
「もし魔力の調整が上手くいかなかったなら、お前が抜いてやれ」
抜く?
よく意味が分からないまま俺はナジームさんに頷いた。
「戻ろう、ヴァン」
声かけても、荒い呼吸を凝り返すだけで返事は無い。
抱えられるように部屋に戻り、そのままベッドに直行して治癒術師の調整を受ける。他の召使いたちと儀式の法衣から寝間着に着替えさせても、ヴァンの意識は朦朧としたままだった。
「ヴァン、せめてお水を飲んで……できれば熱さましの薬も」
「ん……」
身体を支えてやっと口にする。
何かあれば直ぐに呼べる状態にして、ヴァンと二人きりなった。
後は夕方――六夜目まで休ませるしかない。
儀式は残り二夜。
……途方もなく長く感じてしまう。
呻き声を上げながら暴走する魔力に耐える姿を目の前にして、どうしても涙が滲んできた。
「俺にできることない? 何でも言って……ねぇ」
冷やした両手でヴァンの頬を包みながら、俺は囁く。
ふ……と、瞼が開いて緑の瞳が俺を見上げた。何か言うように唇が動く。けれど声にはならない。ただ辛そうに眉が歪むだけだ。
こんな表情を以前見た。
ふと、さっきのナジームさんの言葉を思い出して、俺は視線を巡らせる。
片膝を立ててベッドに横たわるヴァンには、薄手のブランケットをかけていた。だから、気が付かなかったけれど……と、手を、そっとヴァンの下腹部の方に持っていく。そこには、臍につくほどガチガチに猛ったものがあった。
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