【本編完結】異世界の結界術師はたいせつな人を守りたい

鳴海カイリ

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第4章 たいせつな人を守りたい

147 ちょっと昔のこと思い出した

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 ヴァンが祭壇に向かって、このアールネスト王国全土を囲う大結界を張り直している間、俺はその基礎となる場所で発生している不具合のフォローに回る。
 一つ一つの異変はわずかでも、それが積み重なると大きな歪みになる。
 それは……ベネルクの街の地下に積み重なった魔法石が、偶然の重なりで異世界へと穴を開けるような感じに似ていた。

「もうずいぶん潰しているのに、まだキリがないな」

 腰を下ろして休むクリフォードが、水袋の水で喉を潤しながらぼやく。
 彼の魔法は他の魔法使いたちから群を抜いていて、さすがヴァンの甥っ子、という実力で活躍している。にもかかわらず終わりが見えてこない。

「ほら、リクも」
「サンキュ」

 よく冷えた水が心地いい。
 本当なら空中から水を生み出すこともできるクリフォードだけれど、余計なことに魔力を使わないようにセーブしているところが見える辺り、この問題の深さを感じていた。

 今日も合流していたチャールズが、栄養補給にと干し果物をくれる。
 それを一旦クリフォードががさりげなくチェックして、俺へと手渡した。こんな場所で毒や薬入りの食べ物を渡されたりはしないだろうけれど、その辺り、ヴァンから念を押されているようで、クリフォードは決して手を抜かない。

 彼との出会いは心証しんしょうの良いものでは無かったのに、今は護衛のザックやマークに続く心からの友人になっていた。

「なんだよ、何かおかしいことでもあるのかい?」

 変な顔で俺を見るクリフォードに、俺は「いや」と笑いを堪えながら答えた。

「なんか、俺……もとの世界ではからまれてばかりだったのに、この世界でこんなに自然に話が出来るとか、思ってもみなかったから」
「リク様、嫌われていたんですか?」

 一歩離れた場所で同じように休憩していたマークが、驚く声を上げる。

「リク様って綺麗で可愛くて、優しいうえに可愛くて、意思は強いのに可愛いし、嫌われる要素がぜんっぜん思いつかないんですけど」
「なにその、途中途中に挟まる単語は」
「や、だってリク様、可愛いでしょう」

 従者にドヤ顔で返された。
 笑うクリフォードと弟の言動に微妙な顔になる兄、ザック。
 チャールズは苦笑しながら「それはきっと……」と、と声を漏らした。

「リク様の魅了の魔力が影響していたのでは……と、思うのですが」
「魅了……が?」

 首をかしげる。
 俺が生まれ育った世界に魔法なんてない。魔法という言葉と概念はあるけれど、この世界の魔法のように何も無い場所から水や炎を生み出したり、巨大な結界を築いて国を守ったりできる物じゃない。

「魔法の無い世界で……魅了、なんて……」
「えぇっと……これは僕の推測ですが……異世界にも魔法に似た力はあって、でも、それを知覚できる能力が無かったら……気になる、という感覚だけで受け取られるのでは……と」

 知覚できる能力?
 控えめに答えるチャールズに、クリフォードは「なるほどね」と呟いた。

「チャールズ、君も魅了持ちなんだ」
「あ……き、気づきました……でしょうか?」
「うん。リクと比べたらかすかなものだから、よほどのことが無いと気づかれないだろうけれど。でも……全く影響も無かったわけじゃないと」
「はい……」

 苦笑するように頷く。

「魅了は……ちゃんとコントロールして使いこなせれば、恐ろしい能力ではないのですが……まだ、自覚も何もできないままに力を振りまいてしまった場合、トラブルを起こすことが多いので」
「無意識に惹きつけながら本人にその気は無いから、魅了にかかった側は誘われたのに無下らされた……と感じて腹を立てる。言いなりに出来なくて苛立つ、というところだね」

 こくり、とチャールズは頷いた。

「以前、僕にからんで来たあの人たち……僕の、子供の頃からの知り合いなんです。昔はもっと魅了の性質が表に出ていたので、気にさわるようなことを無自覚にしていた可能性もあって……」

 魅了持ちに嫌悪感を持つような言葉を、言い合っていた。
 その能力があると言うだけで、自分の意識を操られているんじゃないかと疑心暗鬼になる。恐怖を持つ人は少なくないのだと、ヴァンからも聞いている。

 もとの世界では、魔法なんて空想のものでしかなかった。
 でも、もし……本当に、知覚できないだけで存在していたのなら……心当たりは無くもない。
 俺がこの世界に迷い込むきっかけになったクラスメイトの……名前は、何て言っただろうか。

「えっと、確か……そうだ、荒井慎介しんすけだ」

 もう二年以上前のことだけれど、覚えていた。
 クラスの中心的存在なのにいつもちょっかいをかけて来ては、俺が無視すると余計に絡んで来た。
 カースト底辺の俺なんか放っておけばいいのに、やたらと言いなりにさせたがって、ついには俺の鞄を奪って捨てた。それを探す為に、俺は肌寒い十一月の、夕暮れの廃ビルを歩いてここに迷い込んだんだ。

 今さら思い出したところで、もう二度と帰ることの無い世界の話……だけれど。

「リク様、大丈夫ですか?」
「あ、いや……ちょっと昔のこと思い出した」
「昔……?」

 マークが少し心配するような顔で俺を覗き込む。

「帰りたいんですか?」
「え?」

 思ってもみなかったことを聞かれて、俺は二度三度、瞼を瞬かせてから、軽く首を横に振って答えた。

「いいや。俺はこの世界で生きていくことを選んだんだ。帰りたい、という気持ちは無いよ。ただ……俺、きつく言われると反発するクセがあるから、余計にトラブルを起こしていたのかも、とか思って」

 負けず嫌いなんだろうな、と思う。
 だから、ヴァンのように見返り無しに優しくされると、どうしていいか分からなくなった。夢中に、なってしまった……。

「さてと、そろそろ休憩は終わりにしようか」

 立ち上がって俺は伸びをする。
 今朝、ヴァンと激しく繋がりあったけれど……思ったより身体はだるくない。もしかして身体を洗って横になった後、ヴァンの隣でうつらうつらしている間に目を覚まして、こっそり整えてくれていたのかもしれない。
 掻き出すのも途中でやめたのに、調子悪くなったりしていないし。

 昼過ぎに起きた時は何も言っていなかった。けれどヴァンがそのたありのこと、放置したことなんか一度も無かったから……。

 愛されているな、なんて……思う。

 俺、幸せ者だ。




 そんなことを思って顔を上げた視界の隅、天井の高い場所で何かの仕掛けが動いた。

 薄暗い明かりの中でも分かった。

 鋭利な刃が……俺の方を向いて落ちてくるのを――。





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