【本編完結】異世界の結界術師はたいせつな人を守りたい

鳴海カイリ

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第4章 たいせつな人を守りたい

148 こんなことで、くたばったりしません

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 ――鋭利な刃が、俺の方を向いて落ちてくる。

 その落下スピードはまるで、スローモーションのように見えた。危機的状況になると意識が加速するとか、走馬燈が走るとか聞く、そのままの感覚。

 けど……俺は目を見開いて、息を飲むしかできない。動けない。
 俺の視線の先を負ったマークが、顔色を変えたのが分かった。

「リク様!」

 叫び声が響く。

 次の瞬間、思いっきり突き飛ばされた。

 肩から床に倒れ込む。手をつき、顔を上げた……そこには、数本の槍……いや、巨大な針のような物で串刺しにされているマークがいた。

「マークッ!!」
「かはっ!」

 駆け寄る。
 第二矢の気配を背後で感じながらも、手を伸ばした。
 その俺の頭上でザックとクリフォードが、剣と魔法で弾き飛ばす。ガラン! と大きく響く硬質な矢――鉄の矢の音。
 床に……鮮血が広がっていく。

「マーク! マークッ!」
「リク……さ、ま……ぶじで……」
「俺は無事だ!」

 かすり傷ひとつない。
 マークが俺をかばったから。

 すぅ、と血の気が引いて、俺の指先は冷たくなっていった。

 血が……マークの血が、流れていく。

 このまま、死んでしまうのだろうか……。

 クリフォードが俺を押しのけるようにして矢を引き抜き、手をかざした。ジャスパーが治癒の時に使う呪文を唱えている。ザックが俺の肩を抱く。

「く……大丈夫だ。止血はした」

 治癒系は苦手なのか、眉を歪ませ呻くようにクリフォードは言う。
 すぐに近くにいた兵士に声をかけ、その中の身体の大きな一人にマークを抱えあげるように指示を飛ばした。マークは瞼を閉じても意識はあるのか、呻き声を漏らして浅く呼吸を繰り返す。

「専門の治癒術師がいる救護室に運ぶんだ。場所は――」
「僕、分かります」

 そばにいたチャールズが声を上げた。

「わかった、案内してくれ。僕はイカレタ仕掛けが連鎖しないよう、処置をしてから追う」

 この数日、都市を守る仕掛けが不具合を起こしていたからこそ、俺たちが奔走して対処していた。けれど仕掛けが、こんな動きをしたのは初めてた。

 以前、ヴァンの次兄、ハロルドお兄さんとクリフォードが、小鬼ゴブリンをまとめて始末できるような罠を仕掛けられないかという話をしていた。その時、不具合を起こしている中で余計な手を加えれば、更に誤作動を起こしこちらの側まで巻き込まれる危険があるからと、ハロルドお兄さんは提案を却下していた。

 なのに……何故、こんな物があるんだ。

 何故、急に動き出して、俺たちを襲ったんだ?

「マーク、しっかり……」

 兵士に抱えられたマークに、俺は震える声で呼び掛ける。
 兄であるザックも動揺しているはずだ。それなのに俺のとなりにぴったりとついて、周囲を警戒しながら、先導するチャールズに続く。
 抱え上げられたマークが、力の無い声で呟いた。

「リク……さま、兄貴……ごめん……」
「喋るな、傷に響く」

 聞いたことの無い怒気を含んだ声でザックが答える。

「怪我……した、ら……まもれない……」
「違う!」

 とっさに俺は声を上げた。

「マークは俺を守ってくれた。役目を果たしたんだ」
「へへ……」

 薄く笑って息を吐く。
 傷口のシャツを握りしめていた手がだらりと落ちた。

「マーク!」
「こちらです」

 細い通路を抜け幾つも階段を上った先、慌ただしく人が行き来する大きな部屋のドアを開いて、チャールズが声をかけた。
 幾つものベッドが並ぶ。
 怪我をした兵士や騎士が運び込まれる救護室で、俺たちに気づいた一人が顔を上げた。直ぐに惨状を見て、こちらへと空いているベッドへと誘導する。

「上位魔法師を呼んでくれ!」
「服を脱がせろ」
「魔法石を、早く!」

 すぐに数人の魔法師が集まり、治療が始まる。俺はよろけるように数歩下がり、そのまま膝が崩れそうになるところをザックに支えられた。

 俺を守るためにマークが大怪我を負った。
 それが彼の仕事だ。務めだ。分かっている。けど……。

「マーク……」
「大丈夫です。リク様」

 俺の肩をしっかりと抱きながら、ザックが囁く。

「あいつはこんなことで、くたばったりしません」
「けど……」
「マークは死なない」

 俺の肩を抱く指に力が入る。
 身寄りのない、ザックにとってたった一人の家族だ。その弟が瀕死の重傷を負って、平気でいられるわけが無い。それなのにザックは俺を気遣い、励ます。

 これじゃ……立場が逆じゃないか。

 怖い。

 情けない。

 身近な人が傷を負って初めて、現実を自覚した自分の甘さが許せない。

 もしあのまま鉄の矢に貫かれたのが俺だったら。ヴァンが……どれだけ心配するか。それを、身をもって知った。

 ……しっかりしないと。

 窓の外を見れば、夜が明け始めているのか白々とした空が見えた。もうすぐ、六夜目の儀式が終わる。ヴァンを……迎えに行く時間だ。
 俺の視線に気が付いたのか、チャールズが声を掛けた。

「リク様、そろそろアーヴァイン様の元に」
「うん……」

 ベッドには傷口に布を当て、きつく包帯を巻いたマークが浅い呼吸で横たわる。麻酔か何か、痛みを抑える術もかけているのか、苦しそうな表情は無い。
 治療を終えた治癒術師が、次の指示を出しながら見守る俺たちの方に顔を向けた。

「ご安心下さい、最初の処置が早かったので命は取り留めました」
「あの……」
「体内の損傷を優先で治癒させましたので見た目にはまだ酷い傷ですが、体力と精神力の回復に合わせ、段階を踏んで治癒を施していきます。とはいえ、まだ数日は絶対安静です。今はこのままに」

 はぁ……と息を吐く。
 力が抜けるような感覚に足を踏みしめ直し、俺は枕元に膝をついた。眠るマークの手を取り、両手で握りしめる。
 今はゆっくり休んで。意識が戻ったらたくさんお礼を言おう。
 十六の頃から、ザックと一緒に俺を見守ってくれていた。その働きのおかげで俺は無事でいられるって。ヴァンやゲイブにも伝えて、いっぱい褒めてもらうんだ。

「マーク、ありがとう」

 血の気の引いた指を額に当ててから、俺は顔を上げ立ち上がった。
 ザックが泣きそうな顔で俺を見ている。それに微笑み返して俺は言う。

「行こう。そろそろ夜明けだ。ヴァンが待っている」




 マークを運んで来た兵士は一礼して、元の場所へと戻っていった。
 クリフォードとは入れ違いになるがヴァンを待たせるわけにはいかない。
 この場所から祭壇までの通り道は複雑で、遠回りしなければならないだろうか……と、思う俺に、チャールズが近道を教えてくれると申し出た。

「一部の人しか知らない道です。そこを通れば、十分間に合います」
「よかった。案内を頼むよ」
「はい、リク様のお役に立てるのでしたら」

 そう瞳を細めて、「護衛の方もご一緒に」とザックに顔を向ける。
 まだ緊張したままの顔でザックは頷いた。
 ヴァンの元にたどり着くまでは気を抜けない、と思っているのだろう。俺にぴったりと寄り添う位置で身を守りながら、俺たちは救護室を後にした。






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