【本編完結】異世界の結界術師はたいせつな人を守りたい

鳴海カイリ

文字の大きさ
160 / 202
第5章 この腕に帰るまで

152 必ず、手がかりを見つけ出して来い

しおりを挟む
 


 腕を離した騎士ナジームが、城や都市を閉じ、一切の出入りを禁じる命令を下す。
 その号令を背で聞きながら僕は静かに瞼を閉じた。

 初めてこの世界に迷い込み、緊張と恐れから小さなリクは震えていた。その身体をブランケット越しに抱きしめて、何度となく「大丈夫」と囁いた夜のことを、今でもはっきりと思い起こす。

 ここは、安全だから、と。
 誰も……君を、傷つけることはできない。
 傷つけさせない……。

 それは自分自身にも言っていた言葉だ。
 異世界から迷い込んだ者の多くは、人として扱われる事無く研究され、使い捨てられる。自我を奪い、未知の世界から来たの魔物として扱うことが通例となっていた。
 二十数年前に迷い込んだゲイブのように手酷い扱いの中を生き残り、この世界で生きる場所と地位を得られた者はまれなのだ。

 自分が守らなければ、この子もやがて魔法院に引き取られ、魔法を自我を封じられたうえで実験道具の扱いを受ける。
 そうさせないためには元の世界に帰すか、成人するまで自分の手で守り通すより他に無かった。
 後は……誰の目にも触れないように、生涯死ぬまで隠し通すか……。
 だがそれでは、魔法院の……ストルアンのやっていることと同じになってしまう。

 リクがこの世界で生きることを選んだ……僕のそばにいたいと願ったあの時、僕はリクに捧げようと思ったのだ。

 彼が生涯暮らせる場所を。
 暗い、誰の目も届かない地下牢のような場所ではなく、リクが行きたいと思う場所へいつでもいいく事ができる、自由に生きられる場所を。
 豊かな緑と生き物たちに触れながら。
 心から信頼できる友人に囲まれて。
 いずれは、生涯の伴侶を見つけ出すだろうその時まで。
 いや、僕の元を巣立つ時が来たとしても、生涯、守ろうと。
 
 だから僕はリクの存在を隠さなかった。
 彼がコントロールを覚えるまでは、魅了持ちであることを口外しないようには努めたが、ずっと隠し通せるものでは無いことも早いうちから気づいていた。
 隠せないのなら、知っていてもなお、手が出せないようにすればいい。
 やがて誰にも渡したくない、手放せないほどに愛してしまっていると自覚してからは、僕の隣に立つに相応しい者だと知らしめるためにも動いた。 

 この国の、王子殿下にすら奪わせないと……そう周知させるほどに。

 だというのに。

 この僕に牙を剥いた者がいる。

 手の中の宝玉を、奪い去った。

 長い月日をかけて、強奪の機会を狙っていたのだ。
 僕が手塩にかけてリクを守り育て、成長したその瞬間を待つかのように。

 国か、リクの身か。

 大結界の再構築を途中のまま投げ捨てて行けば、リクが大切にしていた多くのものを失うことになる。




 長い沈黙を終え、僕は瞼を開いた。
 そばには険しい表情のままのナジームと数名の騎士たち、更に騒ぎを聞きつけ駆けつけたルーファス王子殿下とその随従がいた。そして膝を折り、血の気を失ったまま呆然と転移魔法円を見つめる、護衛のザック。
 既に何が起きたのか報告を受けたのだろう、ルーファス王子が一歩前へと出て、僕に耳打ちする。

「アーヴァイン、勤めは忘れるな」

 す、と視線を伏せる。
 王子殿下のめいに背けば、この僕とてただでは済まない。それはいい、とがを受けてリクが戻るのら、どんな罰でもうけよう。
 だが一時の激情で走れば、結果は奴の目論見通りになるだけだ。

 僕は唸るように声を絞りだした。

「七夜は完遂かんすいいたします」

 ルーファス王子殿下が、ふ、と息をつく。
 その姿に、言葉を続けた。

「殿下……お願いの儀がございます」
「言え」
「このアーヴァインに代わり、リクの行方をお探しください。殿下の、全てのお力を使って」

 大結界再構築は完成させる。
 これは取引だ。
 嫌とは言わせない。

 ルーファス王子殿下が口の端を上げて笑った。

「アーヴァインよ、そんなに恐ろしい顔を向けるな」

 言いながら、ぐ、と拳を僕の胸に当てた。

「お前の望みは受け取った。全力でリクを探し出そう」

 そう告げて、膝をつくリクの護衛に視線を向ける。
 僕は瞬きも忘れて息を詰めているザックに、向き直った。

「ザック」
「は」

 即座に声が返る。
 呆けているわけではない。怒りと自責の念で、感情が抜け落ちているだけだ。一言「行け」と命じたなら、心臓が止まるまで彼は走り続けるだろう。

「殿下と共にリクを探せ。必ず、手がかりを見つけ出して来い」

 リクの背後に居ながら、何故という叱責はしない。
 叱責はしない代わりに己のやるべきことを果たせと命ずる。
 ザックは頭を下げ、歩き出し始めたルーファス王子の後に続いた。

「アーヴァイン、俺たちも部屋に戻ろう」

 殿下に一声かけられ見送ったナジームが声をかけてきた。彼も六夜の儀式を越え魔法酔いの状態にある。更に七夜目は僕と二人きりで挑まなくてはならない。少しでも魔力の調整を行い、心身を休ませなければならない状態にあるのだ。
 だが彼もまた、逆賊への怒りに疲れを忘れているようだ。

「騒ぎを起こした兵士は、突然周囲の者が全て魔物に見えだしたそうだ。直ぐに解呪をほどこしたが厄介だぞ」
「幻視の呪いか」
「ああ。これは……兵士一人で収まらないかもしれん」

 どのような呪いが来るか分かれば、それをはじく護符や魔法石を身につけ対処もできる。問題はそのような事前の準備ができない者だ。

「リク……」

 手のひらに爪が食い込む程強く拳を握り、僕は従者らと共にその場を後にした。





しおりを挟む
感想 23

あなたにおすすめの小説

鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる

結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。 冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。 憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。 誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。 鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。

溺愛の加速が尋常じゃない!?~味方作りに全振りしたら執着兄上たちの愛が重すぎました~

液体猫(299)
BL
毎日AM2時10分投稿 【《血の繋がりは"絶対"ではない。》この言葉を胸に、末っ子クリスは過保護な兄たちに溺愛されながら、大好きな四男と幸せに暮らす】  アルバディア王国の第五皇子クリスが目を覚ましたとき、九年前へと戻っていた。  巻き戻す前の世界とは異なるけれど同じ場所で、クリスは生き残るために知恵を振り絞る。  かわいい末っ子が過剰なまでにかわいがられて溺愛されていく──  やり直しもほどほどに。罪を着せた者への復讐はついで。そんな軽い気持ちで始まった新たな人生はコミカル&シリアス。だけどほのぼのとしたハッピーエンド確定物語。  主人公は後に18歳へと成長します(*・ω・)*_ _)ペコリ ⚠️濡れ場のサブタイトルに*のマークがついてます。冒頭のみ重い展開あり。それ以降はコミカルでほのぼの✌ ⚠️本格的な塗れ場シーンは三章(18歳になって)からとなります。 ⚠️若干の謎解き要素を含んでいますが、オマケ程度です!

公爵家の末っ子に転生しました〜出来損ないなので潔く退場しようとしたらうっかり溺愛されてしまった件について〜

上総啓
BL
公爵家の末っ子に転生したシルビオ。 体が弱く生まれて早々ぶっ倒れ、家族は見事に過保護ルートへと突き進んでしまった。 両親はめちゃくちゃ溺愛してくるし、超強い兄様はブラコンに育ち弟絶対守るマンに……。 せっかくファンタジーの世界に転生したんだから魔法も使えたり?と思ったら、我が家に代々伝わる上位氷魔法が俺にだけ使えない? しかも俺に使える魔法は氷魔法じゃなく『神聖魔法』?というか『神聖魔法』を操れるのは神に選ばれた愛し子だけ……? どうせ余命幾ばくもない出来損ないなら仕方ない、お荷物の僕はさっさと今世からも退場しよう……と思ってたのに? 偶然騎士たちを神聖魔法で救って、何故か天使と呼ばれて崇められたり。終いには帝国最強の狂血皇子に溺愛されて囲われちゃったり……いやいやちょっと待て。魔王様、主神様、まさかアンタらも? ……ってあれ、なんかめちゃくちゃ囲われてない?? ――― 病弱ならどうせすぐ死ぬかー。ならちょっとばかし遊んでもいいよね?と自由にやってたら無駄に最強な奴らに溺愛されちゃってた受けの話。 ※別名義で連載していた作品になります。 (名義を統合しこちらに移動することになりました)

愛していた王に捨てられて愛人になった少年は騎士に娶られる

彩月野生
BL
湖に落ちた十六歳の少年文斗は異世界にやって来てしまった。 国王と愛し合うようになった筈なのに、王は突然妃を迎え、文斗は愛人として扱われるようになり、さらには騎士と結婚して子供を産めと強要されてしまう。 王を愛する気持ちを捨てられないまま、文斗は騎士との結婚生活を送るのだが、騎士への感情の変化に戸惑うようになる。 (誤字脱字報告は不要)

《本編 完結 続編 完結》29歳、異世界人になっていました。日本に帰りたいのに、年下の英雄公爵に溺愛されています。

かざみはら まなか
BL
24歳の英雄公爵✕29歳の日本に帰りたい異世界転移した青年

【完結】気が付いたらマッチョなblゲーの主人公になっていた件

白井のわ
BL
雄っぱいが大好きな俺は、気が付いたら大好きなblゲーの主人公になっていた。 最初から好感度MAXのマッチョな攻略対象達に迫られて正直心臓がもちそうもない。 いつも俺を第一に考えてくれる幼なじみ、優しいイケオジの先生、憧れの先輩、皆とのイチャイチャハーレムエンドを目指す俺の学園生活が今始まる。

あなたの隣で初めての恋を知る

彩矢
BL
5歳のときバス事故で両親を失った四季。足に大怪我を負い車椅子での生活を余儀なくされる。しらさぎが丘養護施設で育ち、高校卒業後、施設を出て一人暮らしをはじめる。 その日暮らしの苦しい生活でも決して明るさを失わない四季。 そんなある日、突然の雷雨に身の危険を感じ、雨宿りするためにあるマンションの駐車場に避難する四季。そこで、運命の出会いをすることに。 一回りも年上の彼に一目惚れされ溺愛される四季。 初めての恋に戸惑いつつも四季は、やがて彼を愛するようになる。 表紙絵は絵師のkaworineさんに描いていただきました。

異世界で高級男娼になりました

BL
ある日突然異世界に落ちてしまった高野暁斗が、その容姿と豪運(?)を活かして高級男娼として生きる毎日の記録です。 露骨な性描写ばかりなのでご注意ください。

処理中です...