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第5章 この腕に帰るまで
152 必ず、手がかりを見つけ出して来い
しおりを挟む腕を離した騎士ナジームが、城や都市を閉じ、一切の出入りを禁じる命令を下す。
その号令を背で聞きながら僕は静かに瞼を閉じた。
初めてこの世界に迷い込み、緊張と恐れから小さなリクは震えていた。その身体をブランケット越しに抱きしめて、何度となく「大丈夫」と囁いた夜のことを、今でもはっきりと思い起こす。
ここは、安全だから、と。
誰も……君を、傷つけることはできない。
傷つけさせない……。
それは自分自身にも言っていた言葉だ。
異世界から迷い込んだ者の多くは、人として扱われる事無く研究され、使い捨てられる。自我を奪い、未知の世界から来たの魔物として扱うことが通例となっていた。
二十数年前に迷い込んだゲイブのように手酷い扱いの中を生き残り、この世界で生きる場所と地位を得られた者は稀なのだ。
自分が守らなければ、この子もやがて魔法院に引き取られ、魔法を自我を封じられたうえで実験道具の扱いを受ける。
そうさせないためには元の世界に帰すか、成人するまで自分の手で守り通すより他に無かった。
後は……誰の目にも触れないように、生涯死ぬまで隠し通すか……。
だがそれでは、魔法院の……ストルアンのやっていることと同じになってしまう。
リクがこの世界で生きることを選んだ……僕のそばにいたいと願ったあの時、僕はリクに捧げようと思ったのだ。
彼が生涯暮らせる場所を。
暗い、誰の目も届かない地下牢のような場所ではなく、リクが行きたいと思う場所へいつでもいいく事ができる、自由に生きられる場所を。
豊かな緑と生き物たちに触れながら。
心から信頼できる友人に囲まれて。
いずれは、生涯の伴侶を見つけ出すだろうその時まで。
いや、僕の元を巣立つ時が来たとしても、生涯、守ろうと。
だから僕はリクの存在を隠さなかった。
彼がコントロールを覚えるまでは、魅了持ちであることを口外しないようには努めたが、ずっと隠し通せるものでは無いことも早いうちから気づいていた。
隠せないのなら、知っていても尚、手が出せないようにすればいい。
やがて誰にも渡したくない、手放せないほどに愛してしまっていると自覚してからは、僕の隣に立つに相応しい者だと知らしめるためにも動いた。
この国の、王子殿下にすら奪わせないと……そう周知させるほどに。
だというのに。
この僕に牙を剥いた者がいる。
手の中の宝玉を、奪い去った。
長い月日をかけて、強奪の機会を狙っていたのだ。
僕が手塩にかけてリクを守り育て、成長したその瞬間を待つかのように。
国か、リクの身か。
大結界の再構築を途中のまま投げ捨てて行けば、リクが大切にしていた多くのものを失うことになる。
長い沈黙を終え、僕は瞼を開いた。
そばには険しい表情のままのナジームと数名の騎士たち、更に騒ぎを聞きつけ駆けつけたルーファス王子殿下とその随従がいた。そして膝を折り、血の気を失ったまま呆然と転移魔法円を見つめる、護衛のザック。
既に何が起きたのか報告を受けたのだろう、ルーファス王子が一歩前へと出て、僕に耳打ちする。
「アーヴァイン、勤めは忘れるな」
す、と視線を伏せる。
王子殿下の命に背けば、この僕とてただでは済まない。それはいい、咎を受けてリクが戻るのら、どんな罰でもうけよう。
だが一時の激情で走れば、結果は奴の目論見通りになるだけだ。
僕は唸るように声を絞りだした。
「七夜は完遂いたします」
ルーファス王子殿下が、ふ、と息をつく。
その姿に、言葉を続けた。
「殿下……お願いの儀がございます」
「言え」
「このアーヴァインに代わり、リクの行方をお探しください。殿下の、全てのお力を使って」
大結界再構築は完成させる。
これは取引だ。
嫌とは言わせない。
ルーファス王子殿下が口の端を上げて笑った。
「アーヴァインよ、そんなに恐ろしい顔を向けるな」
言いながら、ぐ、と拳を僕の胸に当てた。
「お前の望みは受け取った。全力でリクを探し出そう」
そう告げて、膝をつくリクの護衛に視線を向ける。
僕は瞬きも忘れて息を詰めているザックに、向き直った。
「ザック」
「は」
即座に声が返る。
呆けているわけではない。怒りと自責の念で、感情が抜け落ちているだけだ。一言「行け」と命じたなら、心臓が止まるまで彼は走り続けるだろう。
「殿下と共にリクを探せ。必ず、手がかりを見つけ出して来い」
リクの背後に居ながら、何故という叱責はしない。
叱責はしない代わりに己のやるべきことを果たせと命ずる。
ザックは頭を下げ、歩き出し始めたルーファス王子の後に続いた。
「アーヴァイン、俺たちも部屋に戻ろう」
殿下に一声かけられ見送ったナジームが声をかけてきた。彼も六夜の儀式を越え魔法酔いの状態にある。更に七夜目は僕と二人きりで挑まなくてはならない。少しでも魔力の調整を行い、心身を休ませなければならない状態にあるのだ。
だが彼もまた、逆賊への怒りに疲れを忘れているようだ。
「騒ぎを起こした兵士は、突然周囲の者が全て魔物に見えだしたそうだ。直ぐに解呪をほどこしたが厄介だぞ」
「幻視の呪いか」
「ああ。これは……兵士一人で収まらないかもしれん」
どのような呪いが来るか分かれば、それをはじく護符や魔法石を身につけ対処もできる。問題はそのような事前の準備ができない者だ。
「リク……」
手のひらに爪が食い込む程強く拳を握り、僕は従者らと共にその場を後にした。
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