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第5章 この腕に帰るまで
153 ずっと狙い続けていた
しおりを挟む部屋に戻ると直ぐに、魔力の調整を施した。
城に仕える治癒術師は、誰もが優秀だ。特にこの大結界再構築の期間は、優秀な術者が国中から集められる。
兇悪な魔物を防ぐ結界を張っていたとしても、国内に湧く魔物を完全に防ぐことはできない。国の内外を守る者たちが万全の状態でいるためには、それらをサポートする者たちの存在もまた重要なのだから。
だから、ジャスパーの代わりとして治癒に当たる術師たちも、決して能力が低いわけではなかったのだが……。
「申し訳ございません……アーヴァイン様。魔力が乱れが酷く、これ以上の処置は……」
「構わない。また時間を置いて行ってくれ」
「畏まりました。間もなく、レイク様もこちらにいらっしゃいます」
ジャスパーの父親、レイク様はルーファス殿下付きの治癒術師だ。
いざとなればこちらに手を貸すよう手筈は整えてあると、ジャスパーは言っていたが。
「最初からレイク様に見てもらえばよかったのによ」
何故か僕の部屋のソファの上で酒瓶片手にふんぞり返っている騎士ナジームに、僕は迷惑顔を隠さず睨んだ。頼りになる騎士ではあるが、彼にも彼の部屋がある。
「ナジーム、何故ここにいる?」
「ん? 情報を集約する場所は一ヶ所の方が都合がいいだろう?」
そう言って、次々と部屋に訪れる兵士から、最新の報告を受けていく。
さながら僕の部屋は作戦会議所の様相だ。
ベッドのある寝室は別だからいいものの、とてもゆっくり休めるような状態ではない。いや……そもそも、ゆっくり休めるような心地ではないが……。
「城の状態からリクの手がかりまで、俺の元に全て集めるよう通達している。その中から、お前に有益な情報があれば直ぐに教える。お前はまず、七夜目に挑めるよう魔力の調整に専念しろ」
「ナジーム、お前も六夜を務めて、魔法酔いの状態にあるはずだ」
「はっ、お前とは身体の造りも鍛え方も違うからな。この程度の魔法酔い、酒を飲めば治る」
がはは、と豪快に笑うナジームに、僕はこめかみを抑えた。
確かにリクの手がかりはどんな些細なものでも一番に聞きたい。ここでナジームが情報の受け口になることで、僕の負担は大きく減る。だが……。
「俺に貸しをつくるのが嫌だと思うなら、違うぞ」
僕の思考を読むかのように、ナジームが口の端を上げる。
「本来、国に仇なす危険分子をいち早く見つけ出し排除するのは、俺たち騎士団の役目だ。だが内部の裏切り者の気配に気づきながら、後手に回ったのはこちらの落ち度」
言い切って、苦虫を噛み潰したような顔で呻く。
「ストルアンの此度の処罰、再構築が終わったならなどと悠長なことを言っていた報いだ。奴とて国を捨てていける場所など無いはずだと思っていたが、違ったらしい」
「ストルアンは今どこに?」
「消えた」
半ば予想していたことだが、本当に大結界再構築を途中で放り投げたのか。
ナジームは怒りをにじませ続ける。
「奴の部屋はもぬけの殻で、奴についていた魔法使いも数名姿を消している。他にも騎士やら従者など。ずいぶん……手駒を多く潜らせていたものだ」
「エイムズ卿の子息は?」
「チャールズか? あぁ……奴もだ。しかもその父親が、数名の従者と共に酷い状態で見つかったと、報せがあった」
訝しむ顔でナジームを見た。
「生きながら贄として体内の魔力を奪われた……血と肉の多くを失った半死の状態だ。おそらく転移魔法の魔力源として利用されたのだろう。生きてはいたが、とても話のできる状態ではないとのことだ……おそらく、数日ともたない」
リクのお披露目会で、息子チャールズを引き連れ僕に声をかけてきた姿を思い出す。彼は昔から、息子を僕の弟子にさせたくて何度も接触を図って来ていた。
リクを引き取ってからは何を勘違いしたのか、息子を男妾として仕えさせようとしたこともある。話にもならないと全て断っていたのはもちろんだ。
その父親が贄とされ、息子は消えた。
リクが……消える瞬間、一番近くにいたのはチャールズだった。
僕では相手にされないからと、リクを利用したのは明白だ。彼の「友人を大切にする」という優しさを利用したのだろう……。
あのチャールズからしていた匂いも、気になっている。
ずっと昔……どこかで嗅いだことがあるのに思い出せない。香水を身に着ける貴族は少なくないが、何かが引っかかる。
思い出そうにも……魔法酔いの頭痛が思考の邪魔をする。
ソファに座り額を押さえるその時、部屋のドアが開いた。
姿を見せたのはレイク様とクリフォード。続いてエイドリアン兄上とハロルド兄上の声に、僕は顔を上げた。
「兄上」
「アーヴァイン、遅くなった」
領地で起きた問題に手間取り、ヘイストン入りが遅れていた長兄が大股に歩きながら、僕の元まで来た。そして「ひどい顔色だ」と呟き顎を上げる。
いつまで経っても小さな弟にするような仕草に、僕は顔を背けて手を離した。
「何があったのか聞きましたか?」
「父上到着の報せを聞いて、僕が状況を説明しました」
兄に代わり息子のクリフォードが答えた。
「都市の防衛機能に細工され、暴走した。護衛のマークがリクを庇って大怪我をしたこと。そのため、守りが手薄になった隙に……」
「リク君が奪われたと」
「強力な幻視の呪いに、違法な転移魔法円や贄の使用。都市への細工は……数年がかりで仕掛けられたものです。魔法円も同様に。ここまでのことができるのは、能力的にストルアンより他に居ません」
表情こそ落ち着いているが、声には怒りが滲んでいる。
「奴は……少なくとも二年以上前から、今回の事件を計画していたと思われます」
「二年前……」
正確には二年半前、リクは流れの冒険者に誘拐された。
自力で逃げ出し無事に見つけ出すことが出来たが、その時、一度魔法院預かりとなる話になったのだ。その時にストルアンと会っている。
リクを元の世界に帰す為に、半ば強引な方法で魔法院の管理下から連れ去った。
この世界に留まることになった以後は、僕が預かるということで話はついたがストルアンはずっと狙い続けていた……ということだ。
いや、奴のことだ、これだけの大がかりな仕掛けを作りながら、リクが成人して能力が開花するのを、手ぐすねを引いて待っていたに違いない。
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