【本編完結】異世界の結界術師はたいせつな人を守りたい

鳴海カイリ

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第5章 この腕に帰るまで

154 お前一人では戦わせない

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「アーヴァイン君、ひとまず魔力を再調整しよう」

 クリフォードが状況を伝える前で、ジャスパーの父上、レイク様が低い声で呟き僕の額と首に手を当てた。
 たった今、他の治癒魔法師たちに診てもらったばかりだったが、あまり改善していない。それもそのはずで、僕の魔力が多すぎるために、他の治癒魔法師たちでは扱いきれないでいるのだ。

 僕の魔力をまともに調整できるのは、ジャスパーの他、このレイク様ぐらいだろう。更に僕の微妙なクセまで読み取り調整できる者で、今やジャスパーの右に出る人はいない。

 ちょうど二年前。
 ベネルクの街にリクを残したまま大結界再構築の仕事に向かった僕は、家で留守番している彼のことが心配でならなくて、ろくに休みもせずに帰宅した。あの時も酷い魔法酔いになったのを、ジャスパーは自分の手に余ると父親のレイク様を呼び出した。

 口には出していなかったが、悔しかったのだろう。
 万が一にも大事があってはならないとの判断だから、間違ってはいないとしても。
 それでも……アーヴァイン・ヘンリー・ホール専属の治癒魔法師として働きながら、自分一人で対処できなかったとあっては、専属を語る資格なしとも思っていたようだ。この二年の間、ジャスパーは自分の腕を磨くべく、努力と研鑽を重ねて来ていた。

「うん、これで少しはましになったかな?」
「ありがとうございます」

 確かに、他の術師が治癒にあたった時よりは良くなった。
 良くはなったが……それはやはりマシになった……という程度のものだ。元の状態が酷すぎるのだろう。
 ここまでの魔法酔いは、十四で初めてこの仕事に着いた時以来ではないだろうか。

 あの頃は扱える魔力に対して、自分の身体がまだ成長しきっていなかったせいだが、今回は違う。ストルアンの巧みな罠に翻弄ほんろうされ、本来やるべき仕事の他に、余計な力を使わされたせいだ。

「自覚していると思うが、本来ならばこのまま魔法を使うのは止めて、今すぐにでも静養してもらいたい状態だよ」
「分かっています」
「残り一夜か……ストルアンという魔法院の術者は、よほどひどい真似をしてくれたようだ」

 ため息をつくレイク様に、様子を見ていた騎士ナジームが呻いた。

「奴のふざけた態度は、リクが奪われても直ぐに追えないよう痛めつけることもあった……ってことだ」
「いや、僕が未熟だからだ」
「アーヴァイン?」
「あんな奴の力を借りなければならなかった、僕の未熟さが招いたことだ」
「アーヴァイン!」

 ナジームが語気ごきを強くして僕の名を呼ぶ。

「てめぇの何でも一人で背負おうとするクセ、いい加減にやめろよ! そんな真似をしていたら命を縮めるぞ――」
「それでリクが戻るのなら安い命だ」
「叔父様」

 クリフォードが声を上げた。

「アーヴァイン叔父様。残り一夜、僕も務めます」
「クリフォード……」

 声を漏らしたのはエイドリアン兄上。息子の決意を滲ませた声に、緑の瞳を細めて見つめる。
 クリフォードはそんな父親の視線を受けながらも、両手の拳を握りながら続けた。

「そもそも、国の一大事業に対して代わりの人材に乏しいというのは、あってはならない状態です。どれだけ万全を尽くしても、いつ何が起こるか分からない。今回のように……」
「その通りだ」

 ナジームが同意した。

「だがクリフォードよ、代わりがない本当の理由も分かっているか?」
「どの術者も、自分を犠牲にしたくないと保身に走っているのでしょう?」
「そう。大きな魔力を持った者は、一家の長子に現れやすい。長子は家督を継ぐ者だ。その跡継ぎが大結界再構築に従事して、能力や……更には命を失うようなことになるのを恐れているからこそ、代わりが見つからない。俺やアーヴァインのように、長子ではない立場で膨大な魔力を持つ者はまれなのだからな」

 僕が子供の頃からこの仕事に携わったのは、それだけの能力があったという他に、ホール家のということも大きい。
 僕に万が一のことがあったとしても、ホール家はエイドリアンが継ぐ。もしその長兄に何かあったとしても、次兄ハロルドがいる。

 僕は使い潰すことになったとしても問題は無い、との考えがあったのも知っている。

 だがクリフォードは長兄の長子、将来ホール家を継ぐ者だ。
 兄がそれを許すとは……。

「務めを果たしなさい。クリフォード」

 息子の肩に手を乗せ、エイドリアン兄上は静かに言った。

「父上」
「国の大事で保身に走るなど意味がない。お前ならばアーヴァインと肩を並べ、立派にやり遂げるだろう。大切な者たちを守るのだ」
「はいっ」

 明るい声で頷いたクリフォードは、僕に顔を向ける。

「叔父様。ストルアンの計画を挫いてやりましょう」
「だとよ。お前一人では戦わせない。陛下には俺から事後承諾を取りつけるから心配するな」

 酒瓶の中身を飲み干しナジームが笑う。

「そうと決まれば、クリフォード。直ぐに魔力の調整と現時点の結界の状況説明。お前の担当部分と完成に向けた呪文の確認と……あぁあ! 寝ている暇は無いぞ、いいな?」
「もちろんです。ナジーム様」
「上等」

 ニッと笑って僕に顔を向ける。

「アーヴァインは、寝ろ!」

 言い返そうと、身を乗り出す僕の肩をハロルド兄上が掴んだ。

「ヴァンの寝かしつけは僕に任せてもらおうか」
「では、私は一度治癒術師たちと連係を取り、リク君の護衛の様子を見てこよう。クリフォード君の応急処置で一命は取り留めたらしいが、絶対安静の重傷だと聞いている。戻ったら再度アーヴァイン君の調整をするからね」

 この際、ナジームやクリフォードもまとめて診ようとレイク様は笑って言い、従者と共に部屋を後にした。
 マークの状況も報告を受けている。もしリクが戻った時、彼に万が一のことがあったならきっと悲しむ。兄ザックにとってはたった一人の肉親を失うことになってしまう。

「アーヴァイン、こういう時こそ冷静になれよ」

 そう囁かれ、ハロルド兄上に連れられて寝室に入った。
 居間と続くドアを閉めると話し声が遠くなる。完全防音ではないが、寝室側の声はよほどのことが無ければ届かないだろう。
 そう思うと同時に、僕は膝から崩れ落ちた。





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