【本編完結】異世界の結界術師はたいせつな人を守りたい

鳴海カイリ

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第5章 この腕に帰るまで

156 クリフォードの決意

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 今夜、僕は……アーヴァイン叔父様と共に、大結界再構築に挑む。
 この時をずっと以前から待ち望んでいた。

 アーヴァイン叔父様が初めてこの務めに従事したのは十四の時だという。
 僕の曽祖父、ヘンリー・ジョーセフ・ホールが編み出し、それを扱えるだけの魔力を持つ者がアーヴァイン叔父様しかいなかったためだ。
 もちろん、たった一人で挑んだわけではない。
 十数名の大魔法使いを補助に置き、大結界の構築は成された。だが結果は多くの犠牲を伴ったという。

 人では扱いきれないほどの魔力に、「酔う」という言葉では収まらないほど術者の負担は大きく、多くは二度と魔法を扱えなくなった。後に命を落とした者もいた。
 当時から今も魔法を扱える身体で生き残っているのが、アーヴァイン叔父様とナジーム様、そして国に牙を剥いたストルアンの三名のみだというのだから、どれほど過酷であったか。

 後に魔法石や補助の術者を増やすなど、呪文や儀式を執り行う日時の選定を含め改良が重ねられた。そして現行の状態になったのが五年ほど前。
 第一回目の儀式より、十二年の年月が過ぎていた。
 魔力を多く持つ貴族の子息令嬢が補助として携わったとしても、中心に立つことを敬遠するのは今も変わらない。




 ナジーム様や父上から大結界再構築の最終的な確認を終え、仮眠をし、魔力の調整をしたタイミングでアーヴァイン叔父様が姿を現した。
 ハロルド叔父様に見張られながら少しでも休んで頂けたのだろうか。
 顔色は決していいとは言えない。
 それでも僕の姿を見て、軽く口の端を上げて笑みを作るぐらいには回復したみたいだ。

「クリフォード」

 名を呼ばれ、僕はイスから立ち上がる。

「準備は整っています。叔父様は?」
「大丈夫だ」

 顔色は悪くても、足取りはしっかりしている。
 叔父様は辛いことがあってもそれを人には見せない。本当は立っているだけで精一杯の状態かもしれないと、僕は頭の隅に置いた。

遠耳とおみみの術者を通じて、ジャスパー様より報せが入っています。治療が間に合い、ご息女は無事助かったと」

 着席し、レイク様の最終調整を受けながら報告を聞いていた叔父様は、顔を上げてから安堵したように笑みをこぼした。

「そうか、よかった……」
「こちらの状況もお伝えした所、至急ヘイストンの向かうとのことです。到着は明朝になるかと。また、ガブリエル・ジョー・ギャレットの早馬も間もなくこちらに」
「ゲイブも?」
「はい。到着次第、ルーファス殿下やザックと合流し、魔物討伐とリクの探索に加わります。ナジーム様は一足先に祭壇へ向かいました」

 叔父様から引きはがされていた味方が、ここにきて集結し始めている。
 一度瞼を閉じた叔父様は「マークの状態は?」とたずねた。

「回復に向けて魔法師が目を離さずにいます。ご心配なく」
「わかった」

 アーヴァイン叔父様が立ち上がった。
 リクのことを聞かないのは、新しい情報がないからだと察したからだろう。
 ハロルド叔父様も「後は任せろ」と声をかけ送り出す。

「行こう」
「はい」

 部屋を出て、最終夜の祭壇へと向かう。
 日は西の地平線近くまで下り、空を金色に染め上げていた。天までもが味方するように、穏やかな風が吹く。これほど天候に恵まれた年は無い。

「クリフォード、決して……負けるな」
「はい」

 半歩前を行く叔父様に、僕は力強く答える。

 物心ついた時より、僕はアーヴァイン叔父様に憧れていた。
 七歳年上の美しく気高い人に、叔父というより兄のような親しみを覚えた。
 いつしか叔父様のような偉大な大魔法使いになりたいと、その隣に立つに相応しい者になりたいと願って来た。

 だからリクが現れた時、嫉妬したのだ。

 異世界から突然現れ、寵愛を一身に受けている子供。

 何の地位も能力も持ち合わせていないくせに、平然と叔父様の隣に立つなど、図々しいにもほどがある。
 きっと優しさにつけこんで、手をわずらわせている邪魔者だ。
 叔父様のお世話ならば、もっと能力の高い相応しい者――この僕がいるのだと。そう言って牽制けんせいした。
 叔父様は一日でも早くその身に相応しい令嬢を娶り、類まれなる能力を受け継ぐお子を儲けて頂く。それが何よりも幸せであるはずだからと。

 ……そう、思っていたはずだった。

 リクへの印象が変ったきっかけは、何だっただろう。

 初歩的な風魔法すら操れないでいた。
 けれど、できないからと投げ出さず、地道に練習していた。ちょっとしたコツを教えただけで小さな風を起こした、その時の嬉しそうな笑顔。
 はにかみながらお礼を言う、素直で、無邪気な眼差し。

 その時に気づいた、この子は魅了を持っている。

 それもいつの日か……自分の身を滅ぼしかねないほど強大な魔力を。

 正しくコントロールを学ばなければ、数年と生きることはできない。命を削るほどの力だ。対処するには自我を奪うか、一生誰の目も届かない牢獄に閉じ込めておくしかない。
 もしくは、怪物級と謳われる大魔法使いが、監視するしか……。

 叔父様は分かっていてそばに置いているのか。

 本人は自分の力に無自覚だというのに。それがまた腹立たしかった。



『大いなる力を持ちながら、ただ甘やかされて……使いこなせない、使いこなそうとする気も無いのなら、捨てるなり封じるなりすればいいだろう。不愉快だな』



 そう吐き捨てて、リクの前から去った。
 アーヴァイン叔父様の隣に立ちたいのなら、コントロールを学べ。そして僕とどちらが隣に立つのに相応しいか、比べてみようじゃないか……と。
 叔父様にも言った。
 リクに魅了のことを話さずにいたのは、試練を乗り越える能力が無いと見下しているのか。心の弱い者だから寄ってたかって誤魔化して、ただ甘やかして守っているのか……と。

 その後、彼がどれだけ苦しみながらコントロールを学んでいったか。

 僕はこの二年、ずっと……見てきた。





 お披露目会で成人したリクは、アーヴァイン叔父様の隣に立つに相応しい……美しい青年ら成長していた。
 魅了を見事にコントロールし、その場の者たちの度肝を抜いた。
 叔父様の勝ち誇ったような顔を見て、僕は思わず失笑してしまった。

 同時に知った。

 アーヴァイン叔父様はリクを恋人として、隣に置きたかったのだと。

 そして僕は、恋人になることを望んでいたわけではなかったのだと気づいた。

 ――僕は、叔父様と肩を並べて戦うことのできる、戦友になりたかったんだ。

 そう気が付いた時、改めてリクを、可愛い、と思うことが出来た。
 異世界から来た、夜空のように輝く貴石。僕は……叔父様と一緒に、この子を守る側につくことができる。

「たまには手を出して、楽しませてもらうけれどね」
「ん?」
「いいえ……」

 含み笑いを隠して僕は祭壇に立つ。
 日が、地平線に沈んでいく。
 まだ儀式が始まる前だというのに、既に圧力プレッシャーが凄い。ナジーム様が「倒れるなよ」と口の端を上げる。

 リク、待っていてくれ。

 必ず大結界を完成させ、アーヴァイン叔父様を送り出す。
 君を失ったままに、させやしないから。だから、無事に生きていろよと願い、僕は儀式の詠唱を始めた。





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