【本編完結】異世界の結界術師はたいせつな人を守りたい

鳴海カイリ

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第5章 この腕に帰るまで

166 出陣

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「跡……ということは、居なかったんだな?」
「あぁ、天井から拘束の鎖が吊り下げられ、その下には強力な追跡魔法円と、数百体分になるだろう魔物が砕かれた石や砂が積もっていた。そして魔法円の外側にはゲラウィルが置かれていたそうだ。……チャールズという子を、飲み込んで状態で……」

 さすがのナジームの言葉を濁した。
 ゲラウィル――魔力を持った人や動物、果てには魔物にまで醜い触手でからめとり、体内に卵を産み付けるという最悪の魔物だ。
 動きは鈍いが、殺すには上級の火炎魔法しか効かない。
 もちろん国内での飼育及び従僕は厳禁で、発見次第、焼却処分すことが義務づけられている。

 扱いの難しい危険な魔物を平気で置いておく……ストルアンのやっていることはもはや、国賊という言葉では収まらない。

「奴はリクに……」
「既に卵を産み付け場所を移動したのか、あの子が自分で逃げ出したのかはわからない。殿下は魔物の処置をした上で、引き続き捜索を続けていらっしゃる」

 握りしめた拳の爪が、僕の手のひらに食い込む。
 奴の、人を人と思わない所業は幾つも見て来た。今更、もっと早く追放なり、魔封じを行うべきだったと思っても仕方がない。

「場所は?」
「この聖地ヘイストンから西の大森林地帯に広がる地下迷宮の大深部。常に魔物が湧き出る、異界とも呼んでいい場所だ」

 僕らが暮らすベネルクの街の地下迷宮とは比較にならないほど、この都市の地下にあるものは広く深い。
 湧き出る魔物が、地上に這い出さないようにする結界は当然なされているが、奴の転移魔法円はそこに繋がっていたということか。ハロルド兄上が発信機なるもので予測していた通りの状況だ。

 行くぞ、と儀式のローブを脱ぎ渡し、迷宮探索用の魔法石を縫い付けたローブに袖を通したところで、ざっ、と人の波が割れた。
 ローランド国王陛下がご到着されたのだ。
 僕を含め、その場の全ての者が片膝をついて平伏する。
 陛下は僕の近くまで歩み寄り、言葉をかけられた。

「アーヴァイン、おもてをあげよ」

 お言葉に従い仰ぎ見る。
 赤に近いぐらいの褐色の髪色に、金が交ざった琥珀こはくの瞳。
 豊かな顎髭あごひげと、ナジームよりわずかに背は低くとも筋骨隆々きんこつりゅうりゅうの逞しいお姿があった。王位を継がれる前はルーファス王子殿下と同じように迷宮探索をなされ、数々の魔物をほふって来た武人でもあられる。
 大結界によって魔物や隣国の脅威は減っても、剣と魔法の腕に衰えはないと聞く。

 そんな我が国の王に怒りを消すこともできず顔で見上げた僕を、殿下に似た表情で口の端を上げて笑った。

「大結界再構築の務め、大儀であった」
「あり難きお言葉。ご心労をおかけ致しましたが、無事完成してございます」
「うむ。奴――ストルアンの裏切りは聞いておる」

 ゴッ、と鞘に納めたままの重い大剣の先を床に向けて打ち付け、聖地ヘイストンの西に広がる大森林へとお顔を向ける。その陛下の眉間も、縦に深いしわが刻まれていた。

「父の功績を称え、奴には目をかけてやった。だというのに身の程をわきまえぬばかりか、数々の裏切り。捨てては置けぬ」

 陛下の声が低く響き渡る。

「アーヴァインよ、奪われし愛し子を奪還したのち、奴を生きたまま捕らえ我が前にひざまずかせるのだ。ナジーム!」
「は」

 僕の隣でナジームが答えた。

「アーヴァインが望むままに魔法石を与えよ。出し惜しみはするな」
「仰せのままに」
「行け」

 陛下のお言葉に僕とナジーム、付き従う騎士らが立ち上がり御前をす。
 すぐに駆け寄って来た魔法師たちが、必要と思う魔法石を手に僕の後に続いた。更にタイミングを見計らっていたらしいハロルド兄上が駆け寄り、手のひらサイズの魔法具を僕に見せるようにして取り出した。

「リクに渡した発信機が動き続けている」
「方角は?」
「聖地の西、大森林の真下。クリナ街道のリム大岩の辺りだ」
「深さまではわかるか?」
「すまない」
「いや、十分だ……」

 ハロルド兄上が視線を落とすも、この広大な迷宮の中からそこまで位置が絞れたのなら、かなり時間は稼げる。
 更に駆けつけたゲイブがルーファス殿下の隊に加わり、湧き出る魔物を片っ端からなぎ倒しているという。

 ガブリエル・ジョー・ギャレット。
 あまり人に知られていないことだが、僕の剣の師匠ゲイブもまた、異世界人だ。僕が生まれる二十数年前にこの世界に迷い込み、魔法院で散々な目に遭った後、僕の祖父が後継人となった。

 彼の特徴はこと。
 リクの魔力のほぼ全てが魅了であるのと同じく、ゲイブの魔力の全ては自身の体力と治癒力に全振りしている。それは言葉通り、何日でも寝ずに戦い続けられる超人だということだ。
 そんなある意味化け物のゲイブが本気で戦い挑んだなら、どんな魔物の群れも大国の軍勢だろうとも、必ず一人残らず殲滅せんめつさせる。
 ある意味、僕が一番敵にしたくない相手だ。

「アーヴァイン、リクを見つけ出すまで、お前は力を温存しろ」

 地下迷宮に向かう通路を早足で駆け抜けながら、ナジームが言う。

「ストルアンたちが呼び寄せ、召喚しているだろう魔物は俺たちが始末する。リクがどのような状態でいるか分からない以上、発見と同時に治癒や解呪が必要になるかもしれない」

 リクがさらわれる直前、兵士が錯乱した。
 周囲の者が全て魔物に見える魔法にかけられていたという。幸い、直ぐに解呪できたが、そのさわぎに乗じてリクを奪われた。
 ストルアンなら……リクにも同じような術、場合によってはもっと酷い呪いをかけているだろうことは簡単に予想できる。解呪の方法も困難を極めるだろう。

「もし呪いをかけられて解呪の方法までも設定していたなら、下手に手を出せなくなる。誤った解呪で一生呪いが解けなくなるからな」

 頷いて答える。
 僕の一番の得意が防御や結界術であるのと同じように、奴――ストルアンの一番の得意は幻視の術だ。人を迷わす術においては、僕の上をいくものがある。
 だとしても――。

「奴の好きにはさせない」

 呟き、僕はナジームら騎士団と共に、迷宮に足を踏み入れた。





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