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第5章 この腕に帰るまで
167 追い詰められる
しおりを挟む魔物が奇声を上げて襲い掛かる。
それを、黒いライオン姿をした魔物、カタミミが、目にも止まらない動きで襲い掛かり大きな牙を突き刺して引きちぎった。俺より大きな体格と力で、手にした石斧を振り回していたオークが、あっけなく迷宮の床に倒れて砂と石になる。
更に襲い掛かる小鬼を大きな手で張り飛ばし、犬ぐらいのサイズの魔物は踏みつぶす。
俺は襲い掛かる魔物をかわしながら、時々、魅了の一つの威圧で相手の動きを封じる。
ずっと封じ続けられなくても、距離をとって逃げたりカタミミが反撃する時間を作るのには十分だ。
……もし、首のチョーカーに付けている守りの魔法石が力を失ったら、俺も魅了の力を解放することができる。同時に、敵意在るものの攻撃を弾くこともできなくなってしまうが……。
「ヴァン……」
かなり長い時間、薄暗い迷宮の通路を彷徨っているように感じるが、一向に外に通じるような場所には出られない。それどころか、もっと深い場所に入り込んでいるような……そんな気持ちにすらなってくる。
追っ手を一掃したカタミミが、また俺の前に出て「こっちだ」と言うように先に進む。
俺はそれを信じて、進むしかない。
少し進むと、遠く後ろの方からひたひたと足音がして、カタミミが気にするように振り向いた。そして匂いを嗅ぐように鼻をひくつかせてから、少しペースを上げてまた歩き出す。
さっきらこの繰り返した。
ずっと一定の距離を置いて追いかけて来る気配がある。少し休もうと俺の足が鈍くなると、魔物が襲って来る。それもどうにか倒せるような弱いヤツらばかりだ。
カタミミと俺とで倒して歩き始めると、また遠くから気配が近づいてくる。
もう少しで振り切れそうだと期待したところで襲われてを繰り返し、俺の意識は、ふたたび朦朧とし始めていた。神経と体力だけが……擦り減っていく。
「……ぁ、ヴァン……ヴァ、ン……」
生きて帰るんだ。
ふらつきながらも足を止めないのは「リク」と名前を呼ばれながら、またあの腕で抱きしめられたいから。あの温かい腕の中に帰ることだけを願って、足を進める。
――それでも。
「あぁ、あ!」
足が縺れて床に転がり倒れた。
膝が笑っている。腕も力が入らない。
カタミミが心配するように鼻を鳴らして、立てと胸の下に鼻先を入れた。けれど身体は砂袋のように重い。
「う……ごけ……」
ひたひたと足音が近づいてくる。
カタミミが足音の方に振り向き、頭を低くして唸った。
敵……少なくとも、安心していい相手じゃない。その気配は急ぐ様子もなく、薄暗い通路の向こうからゆっくりと近づいてくる。
俺は顔を引きつらせながら、身体を引きずるようにして後退った。
ゆっくりと、近づいてきたのは一体の魔物だった。
高さはヴァンと同じぐらいだろうか、二本足で歩いているがオークではない。
元が何だったか分からないようなボロボロの衣服を身にまとい、こけた頬の頭が揺れる。眼球は無いのか、目の部分は大きく抉れていた。皮膚は白っぽく干ばつでひび割れた大地のようになっている。
それなのに……両肩と思われる場所からは、何本もの触手のような腕が床まで垂れ下がっていた。
だらだらと粘液を垂れ流し、蛭が獲物を探すような動きで床を這いまわる。
ふと、肉塊の魔物ゲラウィルの動きを思い出して、吐き気に口を押えた。
人……というよりはゾンビとか宇宙人……といった方がいいような、醜悪な魔物が声を発する。
獣の鳴き声が交じった、ガサガサとした雑音のようにしか聞こえない。
……何を言っているのか、俺には理解できない。
「くそっ……あっちいけ!」
腰が上がらないまま、叫ぶ。
カタミミが魔物と俺の間に入って、唸り声を上げる。けれど魔物は一度足を止めながらも、まったく怯む様子が無い。
獲物と見れば直ぐに襲い掛かってくる魔物とは違う。
きっと人間だ。誰かは分からない……けれど、これは呪いで本当の姿が分からなくなっているだけの、人間だ。
ヴァン……ではない、きっと。
ヴァンは大結界再構築の七夜目に挑んでいるのだから、こんな場所に、しかも一人でいるわけが無い。もし既に夜が明けて大結界が完成していたとしても、酷い魔法酔いになっているはずだ。こんなふうに歩けるはずもない。
だとすれば、ヴァン以外の誰か――一番可能性のある者は、俺をさらったストルアン。
「グワァァアオ!」
カタミミが咆えながら、魔物に飛びかかった。
それを軽々とかわし、鎌鼬のように空気を切り裂く風魔法を繰り出す。刃はカタミミの胴に叩きつけられたが、体毛が丈夫なのか衝撃を受けバランスを崩すだけで、すぐさま反撃に出る。
容赦ない噛み付き。
それを防御魔法で防ぎ、火炎を放ってくる。
一人で複数の属性の大魔法を、自在に扱える人間は多く無い。
それこそ……大魔法の称号を与えられるレベル――ヴァンやナジームさん、そしふあのストルアンでなければ……。
何をどう考えても、追って来た者はストルアンとしか思えない。
捕まったら終わりだ。
逃げなければ。
カタミミが足止めをしてくれている間に、この場から逃げないと。
逃げろ、逃げろ、逃げろ!
立ち上がる。
必死で足を動かし、よろめきながらも走り出す。
背後からは空気を震わせるほどの咆哮と、魔法による振動が響く。その衝撃で、迷宮の壁にヒビが入り崩れ始めた。頭を庇うようにして逃げるも、細かい石が顔に当たる。
瓦礫に、守りの魔法石は効かないのか?
「うわぁああ!」
突然足を取られた。
つんのめって再び床に転がる。ハッとして見れば、片足が穴に嵌っていた。直ぐに抜こうとするが、床の石がゴリゴリと動き足を噛んでいく。これは土魔法だ。
醜悪な魔物が、走って来た通路の向こうの暗がりから、ゆっくりとした足取りで姿を現した。
カタミミの気配が無い。
やられた……のか?
魔物が頭を近づけ、耳障りな音で話しかけてくる。
不気味に動く腕を伸ばす。その時、足を引き抜こうとしていた俺の指先に、硬く細長い物が当たった。
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