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第5章 この腕に帰るまで
178 フラッシュバック
しおりを挟む広い執務室の中央に備えられたテーブル。そこに第二王子、ルーファス王子殿下とその近衛騎士にしてヴァンと共に大結界再構築に携わったナジームさんが、くつろいだ様子で着席していた。
そればかりじゃない。ヴァンの兄、エイドリアンお兄さんとその息子のクリフォード、次兄のハロルドお兄さんまでいる。
周囲には相変わらず慌ただしく行き来する貴族や魔法院の人たち。
今年の大結界再構築は無事に終えても、経過を観察したり万が一破られることがあった時を想定して、常に騎士や魔法師が常駐しているという。
「やっと来たな、リク」
「遅くなりまして申し訳ありません」
「よい、アーヴァインの様子はどうだ?」
「今日は顔色もずいぶんよくて、食事も全部食べましたし、午後はずっと起きていると言っていました。読みたい魔法書が山のようにあるみたいです」
ルーファス王子が「そうか」と笑顔で頷きながら答える。
「リクも一安心だな」
「皆様のおかげです。ありがとうございます」
「今の優先事項は大仕事を終えた大魔法使いの世話だ。魔王リクにはこれからアーヴァインと並んで、国の為に手を貸してもらわねばならないのだからな」
からかうような声に、俺の顔は引きつる。
「殿下……その、魔王……というのは、どうか……お許しを……」
「ん? 陛下の命が不服か?」
「いえ、そういうわけでは……ただ、俺、そんな、魔王……というほど……」
「では殿下、大魔王ではどうしでしょう?」
「絶対、ヤダ」
ニヤニヤ笑いながら口を挟むクリフォードに睨み返す。
なんだよその大魔王とか、ゲームのラスボスみたいな呼び方。もぉー、嫌だ。
クリフォードも今回のことで、ヴァンやナジームさんと並ぶ大魔法使いに認められた。それでも俺にとっては軽口を言い合う相手に変わらない。ある意味、本音で言い合える貴重な、友達……の一人、と言っていいのかな。
恥ずかしいから絶対本人には言わないけれど。
ルーファス王子が「さて」と場を引き締める。
「今、エイドリアンとも話を詰めていたのだ。リクの魔物を使役する力、これを国境を守護する聖獣に行使することで、大結界の規模と強度を緩和できるのでは……とな」
「軽く話は聞いています。そうすることで、大結界再構築にかかる魔法師の負担を下げられるかも……という話ですよね?」
「そうだ。術式が完成した十二年前と比べ年々精度は上がっている。それに伴い、魔法師の負担の具合も変化していったが、現状、儀式の後は数日の休みを取らなければならないほど、心身共に重責となっている」
今回はストルアンの妨害もあって、ヴァンの負担はいつも以上に大きかったとしても、体力と神経をすり減らす儀式はそう長く続けられるものじゃない。
それに今は実質、ヴァンとナジームさん、クリフォードの三人しかできないというのも問題だ。誰か一人でも病気や怪我で倒れたなら国を守れなくなるなんて、あってはならない。
能力のある魔法師の育成は既にやっているだろう。けれど同時に、魔法師にかかる負担を少しでも下げられるならどんな方法でも試してみる必要がある。
テーブルに、アールネスト王国の地図を広げながら、エイドリアンお兄さんが説明する。
「先ずは、この西の大森林地帯を守護する聖なる龍。ここで経過を見て、来年度より順次全国への展開を計画しています。第一の候補は北と北東国境。続いて南東。こちらは聖なる大鳳が棲み、地元住人の守護獣ともなっています。国境の危険度としては北が高く……しかしながらこれと謂われのある聖獣は伝えられておりません――」
難しい話の場に同席しても、俺には分からないことだらけだ。
それでもこれから自分が受け持つ大切な仕事になるのだと思うと、自然と気合が入る。
少しでもヴァンの負担を減らしたい。
ヴァンに頼られる俺でありたい。
「リクとしては、どちらを先にと見る?」
「そうですね……実際にその場に行って、土地に住まう魔物たちの様子を見てみなければなんとも言えません。知恵のあるものなら聖獣でなくても、協力的なものもいます」
カタミミのように。
あまり信じられていないようだけど、人と一定の距離を取りながらともに共存できる魔物や魔獣もいる。
ハロルドお兄さんが頷いた。
「知り合いに魔物調伏を専門に研究している人がいます」
「あの変わり者か?」
「魔物は全て排除するべきだという風潮に風穴をあける、良い機会だと思いますよ。連絡を取っておくので、アーヴァインの体調が戻ったらリクと訪ねてみるといいよ」
眉をしかめるエイドリアンお兄さんにハロルドお兄さんが笑って言う。
あちこちを旅する。元の世界では旅行なんて想像できなかった。けれどヴァンと一緒ならどんなことでもできそうだ。
「その頃には、ザックも戻ってくるかな……」
控えめ声で呟くと、ナジームさんが俺の方を見た。
少し苦笑するような顔は、まだ……会うには難しい……のかな。
クリフォードが声をかけてくる。
「あの護衛君は、ナジーム様の騎士団で訓練しているんだっけ?」
「ああ、主を守り切れなかったってな、護衛解任を申し出たが魔王様がお許しにななくて」
「魔王はやめて……」
目の前でみすみす奪われたということが許せないと、だから俺の護衛を辞めるとザックは言い出した。
けれど俺にとっては、十六の頃からずっと見守ってくれていた人だ。今回の件だってザックが探し出してくれなかったら、俺はストルアンにやられていた。
嫌だと駄々をこねた俺に、ならば鍛え直したいと言って、今はナジームさんの騎士団で訓練をしている……。
「いやぁ、あついは真面目だねぇ。誰よりも早く起きて夜遅くまで鍛錬をしてる。模擬戦でもすれば手加減無しだ。あだ名は狂戦士だぜ。副団長なんか団員のいい刺激になってるって喜んでいるが、団員は悲鳴を上げてたぞ」
団で一番不真面目をやっているというナジームさんが大笑いする。
「この機会だ、宮廷作法も叩きこんでいるから楽しみにしていな」
ということは、まだしばらくは戻って来れないのか……。
肩を落とす俺は、それでもザックが納得いくまで好きなようにしてもらいたいと思う。ザックにはザックの譲れない信念があるだろうから。
顔を上げて深呼吸する。
エイドリアンお兄さんたちの話にもう一度加わろうとしたその時、ふと鼻先を、花の匂いがかすめた。
瞬間、どきり、と心臓がはねた。
まさか……こんな場所で、また、催淫の香が?
いや違う。
これは、花をベースにした香水だ。
けれど誰が?
そう思って振り向いた時、たまたま各地の魔物の分布資料を運んで来た一人と目が合った。城で様々な役職についている貴族だろう。
「リク様?」
「あ……いや……」
俺の変化に気づいたマークが視線の先の人へと顔を向け、原因を察して、身分も顧みずに声をかける。
「失礼ながら、リク様の前で香水を身に着けるのはおやめください」
「え……あぁ?」
突然のことで戸惑う貴族。
マークの声に気づいたクリフォードが席を立つ。
「リク、まさか……また……」
「……いや、だいじょ、うぶ……」
皆の前で心配をかけてはいけない。
そう思っても、どんどん体温は上がり汗がにじみ出してきた。そして……身体の奥、芯の部分がずくりと疼き始める。指先が震える。
ダメだ。
催淫の香ではないのに、似たような花の匂いを嗅ぐだけで、あの日のことを思い出して身体が反応してしまう。
欲情したように……身体の、自由が利かなくなる……。
「リク様!」
テーブルに突っ伏しそうになる俺をマークが支える。
そして居合わせた人たちに声をあげた。
「リク様は気分が優れないようです。これにてお部屋に下がらせて頂きます」
「マーク……少し、堪えれば……おちつく……」
「いいえ、直ぐにアーヴァイン様の元に戻りましょう」
有無も言わせず立ち上がらせると、そのまま護衛に抱えられるようにしてヴァンがいる部屋まで向かった。
――――――――
※次回、久々にちょっとえちぃ感じになりますのでご注意を!!
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