200 / 202
番外編 十七の秋の終わりと その一年後
02 さぁ、冒険に出よう 2
しおりを挟むエイドリアンお兄さんとクリフォードは用意していた馬を預けると、とんぼ返りで帰っていった。最初から断るはずが無い、と思っていたみたいだ。
翌々日から乗馬の練習を始めた俺は、ヴァンの言葉通り、数日と経たずに基本を覚えてしまった。
……どちらかというと、馬の方が俺の言うことを聞いてくれたという感じだ。
俺の手綱さばきとか姿勢なんてどう見たって拙いのに、思った通りの方に動いてくれる。しかも性格も穏やかで、すごく賢いんだ。
ヴァンは、「動物にも好かれるリクの人柄だよ」って言っていたけれど、魅了の魔力も影響しているんだろうな。
でも、俺の魅了の影響があったとしても、またひとつ新しいことが出来るのは嬉しい。
馬の背に乗るのは初めてではないけれど、いつもヴァンの膝の前に乗せてもらっていたから、本当に一人で馬を操るのは初めてだ。世界が広くなったように感じる。
ヴァンと並んで馬を駆ける。
冷たい冬の初めの風も心地よくて、笑う俺を見てヴァンが嬉しそうに瞳を細める。
心と体を癒し、ヴァンと深く繋がり合い、生きていることの喜びを知った。相変わらず怖いものもあるし不安になる時もあるけれど、その度に優しい腕に抱かれて、俺は立ち上がってきたんだ。
「本当に……怖いぐらいに幸せだよ」
「もっと、幸せにしよう」
「これ以上? 幸せすぎて溶けちゃう」
「とろけたリクはとても可愛いからね」
馬を降りて、手綱を引く俺の顎を指先で軽く上げて、甘い言葉と共にキスをくれる。
本当に、べたべたに甘やかしてくれる。
もちろん厳しい時はとても厳しい。思えば魅了のコントロールの訓練をしていた頃――十六から十七歳の頃が一番厳しかったなぁ。
そう言えば、ちょうど一年ほど前にも、皆で遠出したことがあった。あの頃、一年後の俺がこんな場所でこんな暮らしをしているなんて、想像すら出来なかった。
ヴァンに触れたくて。
けれど、やるべき事をやり切っていない俺には、わがままも言えなくて。
ヴァンも俺とは一定の距離を取っていたように感じる。それが……俺の「好きだ」という気持ちを受け入れられない、感情の現れなんじゃないかと疑ったりもしていた。
俺のことを守るという言葉を疑ってはいなかったけれど、あくまでそれは保護者、大人の責任の一つなんじゃないかと……。
あの頃の俺に言ってやりたい。
ヴァンはちゃんと俺の気持ちに応えてくれた。俺以上にこの心と身体を求めてくれるのだから、何も心配なんか必要ないんだって。
幸せになっていいんだ……って。
「ヴァンのキス……好きだ」
真っ直ぐに見上げると、綺麗な緑の瞳が俺を見つめ返す。
指先でくすぐるように俺の頬を撫でて、うっとりと瞳を細める。
「……僕も、リクの唇がたまらなく愛しいよ」
お互いに啄ばむようなキスを繰り返して、微笑み合ってから別荘に戻る。
厩には専属の馬丁がいて、俺たちの馬の世話を全て任せていた。
「お帰りなさいませ。アルマはいかがでしたか?」
俺に贈られた馬の様子を訊ねられ、俺はヴァンを見上げる。
こういう使用人たちの丁寧な応対って、なかなか慣れない。けど……これからずっとヴァンと暮らしていくのだから、いつまでも戸惑ってもいられない。
「すごく優しくて賢くて、いい子です」
「それはようございました。この子は粘り強い性格です。持久力もありますから、長い旅のよい供となるでしょう」
「ぶふっ」
アルマと名付けられた栗毛の馬が嬉しそうに鼻を鳴らして、大きな鼻先を近づけてくる。それを優しく撫でてから、初めて馬を身近に見た時のことを思い出した。
ベネルクの町でいつも俺たちが馬車を利用する時に来てくれた、黒い大きな瞳の馬、ラズは今頃どうしているだろう。あの艶やかな背中や尾を眺めながら、恐々と馬車に揺られていたのが遠い昔のことのようだ。
「アーヴァイン様、先ほど報せが参りまして、明日の昼にはジャスパー様とガブリエル様がお越しになるそうです。出発は明後日の朝のご予定で、ご変更はございませんか?」
「変更は無い。いろいろと旅支度を頼む」
「かしこまりました。夏の終わりより長くこちらをお使いくださり、我々一同感謝の言葉より他に在りません。どうぞ、道中の無事をお祈りいたします」
馬丁長の丁寧な挨拶に、ゆっくりと頷いて見せる。
ヴァンの声かけで、ガブリエルこと冒険者ギルドのマスターゲイブと、ヴァンの維持管理係でもあるジャスパーが旅の同行者として呼ばれた。もちろん俺の側仕えのマークも一緒だ。
足が悪くなったマークだけれど乗馬は大丈夫らしい。きっと俺の見ていないところで、リハビリしていたんだろうな……と思う。
こうして降り始めた雪に急かされるように、完全防寒の旅衣装に身を包んだ俺たちは、別荘の管理者たちに見送られ旅立った。
応援ありがとうございます!
10
お気に入りに追加
326
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる