【本編完結】異世界の結界術師はたいせつな人を守りたい

鳴海カイリ

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番外編 十七の秋の終わりと その一年後

02 さぁ、冒険に出よう 2

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 エイドリアンお兄さんとクリフォードは用意していた馬を預けると、とんぼ返りで帰っていった。最初から断るはずが無い、と思っていたみたいだ。

 翌々日から乗馬の練習を始めた俺は、ヴァンの言葉通り、数日と経たずに基本を覚えてしまった。
 ……どちらかというと、馬の方が俺の言うことを聞いてくれたという感じだ。
 俺の手綱さばきとか姿勢なんてどう見たって拙いのに、思った通りの方に動いてくれる。しかも性格も穏やかで、すごく賢いんだ。
 ヴァンは、「動物にも好かれるリクの人柄だよ」って言っていたけれど、魅了の魔力も影響しているんだろうな。

 でも、俺の魅了の影響があったとしても、またひとつ新しいことが出来るのは嬉しい。
 馬の背に乗るのは初めてではないけれど、いつもヴァンの膝の前に乗せてもらっていたから、本当に一人で馬を操るのは初めてだ。世界が広くなったように感じる。

 ヴァンと並んで馬を駆ける。
 冷たい冬の初めの風も心地よくて、笑う俺を見てヴァンが嬉しそうに瞳を細める。
 心と体を癒し、ヴァンと深く繋がり合い、生きていることの喜びを知った。相変わらず怖いものもあるし不安になる時もあるけれど、その度に優しい腕に抱かれて、俺は立ち上がってきたんだ。

「本当に……怖いぐらいに幸せだよ」
「もっと、幸せにしよう」
「これ以上? 幸せすぎて溶けちゃう」
「とろけたリクはとても可愛いからね」

 馬を降りて、手綱を引く俺の顎を指先で軽く上げて、甘い言葉と共にキスをくれる。
 本当に、べたべたに甘やかしてくれる。
 もちろん厳しい時はとても厳しい。思えば魅了のコントロールの訓練をしていた頃――十六から十七歳の頃が一番厳しかったなぁ。

 そう言えば、ちょうど一年ほど前にも、皆で遠出したことがあった。あの頃、一年後の俺がこんな場所でこんな暮らしをしているなんて、想像すら出来なかった。

 ヴァンに触れたくて。
 けれど、やるべき事をやり切っていない俺には、わがままも言えなくて。
 ヴァンも俺とは一定の距離を取っていたように感じる。それが……俺の「好きだ」という気持ちを受け入れられない、感情の現れなんじゃないかと疑ったりもしていた。
 俺のことを守るという言葉を疑ってはいなかったけれど、あくまでそれは保護者、大人の責任の一つなんじゃないかと……。

 あの頃の俺に言ってやりたい。
 ヴァンはちゃんと俺の気持ちに応えてくれた。俺以上にこの心と身体を求めてくれるのだから、何も心配なんか必要ないんだって。
 幸せになっていいんだ……って。

「ヴァンのキス……好きだ」

 真っ直ぐに見上げると、綺麗な緑の瞳が俺を見つめ返す。
 指先でくすぐるように俺の頬を撫でて、うっとりと瞳を細める。

「……僕も、リクの唇がたまらなく愛しいよ」

 お互いに啄ばむようなキスを繰り返して、微笑み合ってから別荘に戻る。
 うまやには専属の馬丁ばていがいて、俺たちの馬の世話を全て任せていた。

「お帰りなさいませ。アルマはいかがでしたか?」

 俺に贈られた馬の様子を訊ねられ、俺はヴァンを見上げる。
 こういう使用人たちの丁寧な応対って、なかなか慣れない。けど……これからずっとヴァンと暮らしていくのだから、いつまでも戸惑ってもいられない。

「すごく優しくて賢くて、いい子です」
「それはようございました。この子は粘り強い性格です。持久力もありますから、長い旅のよい供となるでしょう」
「ぶふっ」

 アルマと名付けられた栗毛の馬が嬉しそうに鼻を鳴らして、大きな鼻先を近づけてくる。それを優しく撫でてから、初めて馬を身近に見た時のことを思い出した。
 ベネルクの町でいつも俺たちが馬車を利用する時に来てくれた、黒い大きな瞳の馬、ラズは今頃どうしているだろう。あの艶やかな背中や尾を眺めながら、恐々と馬車に揺られていたのが遠い昔のことのようだ。

「アーヴァイン様、先ほど報せが参りまして、明日の昼にはジャスパー様とガブリエル様がお越しになるそうです。出発は明後日の朝のご予定で、ご変更はございませんか?」
「変更は無い。いろいろと旅支度を頼む」
「かしこまりました。夏の終わりより長くこちらをお使いくださり、我々一同感謝の言葉より他に在りません。どうぞ、道中の無事をお祈りいたします」

 馬丁長の丁寧な挨拶に、ゆっくりと頷いて見せる。
 ヴァンの声かけで、ガブリエルこと冒険者ギルドのマスターゲイブと、ヴァンの維持管理メンテナンス係でもあるジャスパーが旅の同行者として呼ばれた。もちろん俺の側仕えのマークも一緒だ。
 足が悪くなったマークだけれど乗馬は大丈夫らしい。きっと俺の見ていないところで、リハビリしていたんだろうな……と思う。

 こうして降り始めた雪に急かされるように、完全防寒の旅衣装に身を包んだ俺たちは、別荘の管理者たちに見送られ旅立った。
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