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番外編 十七の秋の終わりと その一年後
03 さぁ、冒険に出よう 3
しおりを挟む馬は常歩でゆっくりと。北の森は紅葉も終わり、葉を落とした樹々は寒々とした姿を見せている。
けれど日差しは温かい。完全防寒の旅装束ではむしろ暑いくらいだ。
先頭を行くのはヴァン。
背筋を伸ばしたお手本のような騎乗で、何気ない姿もカッコイイ。五歳ぐらいから乗馬をしていたそうだから、もうプロみたいなものだよね。
子供の頃はよくゲイブと一緒に、魔物討伐であちこちを旅していたらしい。時々俺の方に振り向いては、この辺りの気候や植生物、動物や魔物の傾向などを説明してくれる。その話にジャスパーがまざり、俺の斜め後ろにつくマークが感心するような声を上げていた。
一行の最後尾はゲイブだ。
のんびりと皆の後についているように見えるけれど、後方からの異変に警戒してくれている。
今俺たちがいる辺りは危険な魔物や動物は少ないと聞いていても、万が一に備えるのが冒険者ギルドでマスターを務める者の仕事だという。
ふと……また、去年の今頃、ザックを含めた六人で旅をしたとを思い出した。
「ザックは、何をしているかな……」
「相変わらず訓練に励んでいるじゃないんですか? 兄貴は」
あはは、と笑いながらマークが答える。
ナジーム団長が率いる近衛騎士団で、ザックは様々な鍛錬に励んでいるという。護衛という任務についていながら俺を守り切れなかった、その罪を償うかのように自分を鍛えているのだろうけれど、俺は違うと伝えてある。
あの状況は、誰にもどうにも出来なかったんだ。
ヴァンですら俺を見失った。
そう何度となく言っても、本人が納得できなければどうしようもない。
誰よりも強くなりたいという気持ちは否定しない。
俺も、もっと強くなってヴァンを支えられる人間になりたい。だからザックが納得いくまで鍛錬を続けて欲しいと思いながら、手紙一つないのは少し寂しいんだよな。
「何ですか? リク様、兄貴のことが気になるんですか?」
「うん、ちょうど一年前だよね……みんなとこんな風に旅したの」
「あぁ……ありましたね」
思い出した様にマークが頷く。
「あれも魔物が出るから調査に行って欲しい、っていう依頼でしたよね?」
「そう。せっかくヴァンたちが結界を張ったのに穴があるらしいって」
答えたのは、皆を後ろから見守るゲイブだ。
体格のいいゲイブは、馬も大きくてがっしりしている。足は速く無さそうでも、丸太の二、三本ぐらい簡単に引いて歩けそうなほど力強い。
「ヴァンがどれほど立派な結界を張っても、その地域に潜む魔物や地形で、時間と共に綻んでくる。だから毎年結界を張り直しているのだろうけれど……あの時、綻ぶにはちょっと不自然なことが多かったのよね」
「人為的に穴を開けてるんじゃないか……ってな」
ゲイブに続いて、俺と馬を並べるジャスパーが答える。
そうだ。
出現する魔物の種類、数、地域の被害。どれをとっても不自然だからという話になって、ゲイブの所に依頼が来た。結界術師のヴァンと懇意にしている、というのもあってのことだろう。
ヴァンとしては、自分の仕事に不具合があるなら確認しなければならない。
それにプラスして、十六の秋から一年間、魅了のコントロールを学んできた俺の実地訓練にちょうどいい、という話になったんだ。
毎日びしばし鍛えられて。少し上手くいったと思えば失敗しての繰り返し。
ヴァンは根気強く俺の指導をしてくれていたけれど、なかなか結果が出ない自分に落ち込んでいた。だからそろそろベネルクの町の地下道や迷宮だけでなく、他の場所でも能力を試してみてはと、話に出ていたんだ。
秋の終わりということもあって、最初は馬車で目的地に行こうかと話していた。
けれど国の南西に位置する領土は年間を通じて温暖で、真冬でも防寒着が要らないほど温かい。せっかくなら道々出会う魔物や動物の調伏も訓練になるからと、馬での旅になった。
さすがにその時は、直ぐに俺が騎乗できる馬が見つからなかった。
更にコントロールしきれない魅了の影響で言うことを聞かない、という事態を避けるために、ヴァンが手綱を握ることになった。
俺は荷物のようにヴァンの前にちょこんと座り、背中を守られながら旅だったんだ。
今はひとりで騎乗して自分の手で手綱を握っている。久しぶりに会ったジャスパーにも、「俺より上手いんじゃね」と言われたことは小さな自信だ。
この世界に住む人には大したことじゃなくても、俺にとっては凄いことなのだから。
ジャスパーの話に、マークが「結局あれは、どうだったんですか?」と訊いていた。
「んん……ヴァンが構築した結界だからな。そう簡単には……」
「人為的なものだったよ」
一番前を歩いていたヴァンが短く答えた。
表情には出していないが、わずかに不快な感情が声ににじんでいる。俺も南西の国境沿いにある伯爵領、パスカル・カークマン卿のことを思い出した。
ヴァンやジャスパーなど、貴族といっても立派な人たちばかり目にしていたから、あのパスカルという人にはびっくりした。
ある意味、魔法院のストルアンと似た気質の人だったのだろう。
出会ったあの時は「困った人」としか思わなかったけれど、ヴァンをはじめとしたこの国の人たちの苦労を目の当たりにしてきた今、やっぱり簡単に許せることじゃないと改めて思う。
――俺はどこまでも続く道の向こうを見据えながら、一年前のことを思い起こした。
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