3 / 23
第3話 バンクロフトのティールームへ、ようこそ!
しおりを挟む
私の家はグレンウェルド国で一、二を争う大商会だ。
魔具や魔書、杖などの取り揃えが充実しているだけでなく、茶器や食卓を彩るカトラリーなどの日常品も扱っている。若い娘に向けた装飾品や、お菓子にお酒なんて嗜好品、それこそ多種多様な商品を手広く扱って商売を展開しているの。
正直なところ、我が家は田舎貴族よりも蓄えはあるし裕福な暮らしをしている。
だから、私のことを金の力で貴族に仲間入りしようとしてるって陰口を叩く愚か者もいるわ。これから主席を維持する目標は、そんなこと言わせないためでもあるの。
あんな、品性の欠片もない名ばかり貴族のどら息子たちに、屈してなるものですか。
*
目抜き通りにあるバンクロフト本店で、私は商売を学ぶために週二日、手伝いをしている。裏での事務の手伝いが主だけど、混んでいる時は接客をすることもあるわ。
今日はティールームが少し混んでいるからと、店長にすぐ入るよう言われた。
給仕服に着替え、長い三つ編みを丁寧に結びなおして店に出ると、入り口に見覚えのある赤いローブ姿の少女がいた。
さっき教室で絡まれていた子だ。
私の記憶が正しければ、彼女の名はミシェル・マザー。隣国の侯爵令嬢だわ。お供もつけないで一人で来るなんて、変わったお嬢様ね。
「いらっしゃいませ。お一人様ですか?」
営業スマイルで声をかけると、驚いた顔をしたミシェル・マザーは「そうです」と答えた。さっきの今だと言うのに、彼女は私のことに気づいていないようだ。
まぁ、店の制服に着替えているし、魔術学園の学生がティールームで働いてるなんて想像もしないわよね。
彼女を窓辺の席へと案内し、テーブルにメニュー広げる。
「本日のおススメは、シャーリー牛のバターをふんだんに使用したスコーンになります。当店自慢のクロスグリのジャムとバターを添えてご提供いたします。紅茶はティベル産の夏摘みが先日入荷となりましたので、ぜひご賞味ください」
「ティベル産!」
両手を合わせて歓喜の声を上げたミシェル・マザーは、その豊かな赤毛を揺らした。少年たちにおろおろしていた様子とは違い、目を輝かせている表情は年相応の幼さと素朴さが感じられて、とても可愛らしかった。
これは確かに、男の子受けする女の子だわ。
「紅茶、お好きですか?」
思わず口元を緩めて尋ねると、彼女は気恥ずかしそうに白い頬をぱっと赤く染めて頷いた。大きな声を出してしまったことを恥ずかしく思っているのかもしれない。
「お母様がよく好んで飲んでいたお茶なの。あなたのおススメをください!」
少しだけ悲しみを含んだ声音と言い回しに、彼女の母がもうこの世にいないのであろうと、私は察してしまった。
「かしこまりました。それではティベル産の夏積み紅茶とスコーンのセットをお持ちします」
「ありがとう」
楽しみだと言って手を合わせたミシェル・マザーは、穏やかな笑みを浮かべて窓の外へと視線を向けた。
丁寧に頭を下げてその場を後にした私は急いで厨房に注文を伝え、すぐに用意されたスコーンと紅茶のセットを銀盆にのせて、再び窓辺の席に向かった。
「お待たせしました」
テーブルに一通りのカトラリーを並べ、温まったティーカップに色づいたお茶を注いだ。
バラの花を思わせるような柔らかい香りが広がる。
カップの中を見ていた少女は目を細めて、胸いっぱいに香りを吸い込んだ。
本音を言うと、私はティベル産の紅茶が少し苦手だ。
優しい花のような香りはバンクロフト商会でも人気の茶葉だし、商売人としては文句のつけようのない品だと思う。誰にでもオススメ出来るわ。
でも、この香りは私に多幸感と共にわずかな寂しさをもたらすの。私の成長を楽しみにしながら死んだ母が、大好きだった香りだから。
ティーポットをテーブルに置くと、ミシェル・マザーは小さく鼻を鳴らして白い指で目元を拭った。
もしかしたら、彼女も同じように亡き母を思って胸が苦しくなっているのかもしれない。そう思いながら、私は頭を下げた。
「ごゆっくり、おくつろぎ下さい」
挨拶を終えて背を向けると、突然「ありがとう!」と声がかけられた。
まるで侯爵令嬢らしくない大きな声に一瞬驚いたが、私は彼女に微笑みを返して会釈をした。
魔具や魔書、杖などの取り揃えが充実しているだけでなく、茶器や食卓を彩るカトラリーなどの日常品も扱っている。若い娘に向けた装飾品や、お菓子にお酒なんて嗜好品、それこそ多種多様な商品を手広く扱って商売を展開しているの。
正直なところ、我が家は田舎貴族よりも蓄えはあるし裕福な暮らしをしている。
だから、私のことを金の力で貴族に仲間入りしようとしてるって陰口を叩く愚か者もいるわ。これから主席を維持する目標は、そんなこと言わせないためでもあるの。
あんな、品性の欠片もない名ばかり貴族のどら息子たちに、屈してなるものですか。
*
目抜き通りにあるバンクロフト本店で、私は商売を学ぶために週二日、手伝いをしている。裏での事務の手伝いが主だけど、混んでいる時は接客をすることもあるわ。
今日はティールームが少し混んでいるからと、店長にすぐ入るよう言われた。
給仕服に着替え、長い三つ編みを丁寧に結びなおして店に出ると、入り口に見覚えのある赤いローブ姿の少女がいた。
さっき教室で絡まれていた子だ。
私の記憶が正しければ、彼女の名はミシェル・マザー。隣国の侯爵令嬢だわ。お供もつけないで一人で来るなんて、変わったお嬢様ね。
「いらっしゃいませ。お一人様ですか?」
営業スマイルで声をかけると、驚いた顔をしたミシェル・マザーは「そうです」と答えた。さっきの今だと言うのに、彼女は私のことに気づいていないようだ。
まぁ、店の制服に着替えているし、魔術学園の学生がティールームで働いてるなんて想像もしないわよね。
彼女を窓辺の席へと案内し、テーブルにメニュー広げる。
「本日のおススメは、シャーリー牛のバターをふんだんに使用したスコーンになります。当店自慢のクロスグリのジャムとバターを添えてご提供いたします。紅茶はティベル産の夏摘みが先日入荷となりましたので、ぜひご賞味ください」
「ティベル産!」
両手を合わせて歓喜の声を上げたミシェル・マザーは、その豊かな赤毛を揺らした。少年たちにおろおろしていた様子とは違い、目を輝かせている表情は年相応の幼さと素朴さが感じられて、とても可愛らしかった。
これは確かに、男の子受けする女の子だわ。
「紅茶、お好きですか?」
思わず口元を緩めて尋ねると、彼女は気恥ずかしそうに白い頬をぱっと赤く染めて頷いた。大きな声を出してしまったことを恥ずかしく思っているのかもしれない。
「お母様がよく好んで飲んでいたお茶なの。あなたのおススメをください!」
少しだけ悲しみを含んだ声音と言い回しに、彼女の母がもうこの世にいないのであろうと、私は察してしまった。
「かしこまりました。それではティベル産の夏積み紅茶とスコーンのセットをお持ちします」
「ありがとう」
楽しみだと言って手を合わせたミシェル・マザーは、穏やかな笑みを浮かべて窓の外へと視線を向けた。
丁寧に頭を下げてその場を後にした私は急いで厨房に注文を伝え、すぐに用意されたスコーンと紅茶のセットを銀盆にのせて、再び窓辺の席に向かった。
「お待たせしました」
テーブルに一通りのカトラリーを並べ、温まったティーカップに色づいたお茶を注いだ。
バラの花を思わせるような柔らかい香りが広がる。
カップの中を見ていた少女は目を細めて、胸いっぱいに香りを吸い込んだ。
本音を言うと、私はティベル産の紅茶が少し苦手だ。
優しい花のような香りはバンクロフト商会でも人気の茶葉だし、商売人としては文句のつけようのない品だと思う。誰にでもオススメ出来るわ。
でも、この香りは私に多幸感と共にわずかな寂しさをもたらすの。私の成長を楽しみにしながら死んだ母が、大好きだった香りだから。
ティーポットをテーブルに置くと、ミシェル・マザーは小さく鼻を鳴らして白い指で目元を拭った。
もしかしたら、彼女も同じように亡き母を思って胸が苦しくなっているのかもしれない。そう思いながら、私は頭を下げた。
「ごゆっくり、おくつろぎ下さい」
挨拶を終えて背を向けると、突然「ありがとう!」と声がかけられた。
まるで侯爵令嬢らしくない大きな声に一瞬驚いたが、私は彼女に微笑みを返して会釈をした。
0
あなたにおすすめの小説
寵愛の花嫁は毒を愛でる~いじわる義母の陰謀を華麗にスルーして、最愛の公爵様と幸せになります~
紅葉山参
恋愛
アエナは貧しい子爵家から、国の英雄と名高いルーカス公爵の元へと嫁いだ。彼との政略結婚は、彼の底なしの優しさと、情熱的な寵愛によって、アエナにとってかけがえのない幸福となった。しかし、その幸福を妬み、毎日のように粘着質ないじめを繰り返す者が一人、それは夫の継母であるユーカ夫人である。
「たかが子爵の娘が、公爵家の奥様面など」 ユーカ様はそう言って、私に次から次へと理不尽な嫌がらせを仕掛けてくる。大切な食器を隠したり、ルーカス様に嘘の告げ口をしたり、社交界で恥をかかせようとしたり。
だが、私は決して挫けない。愛する公爵様との穏やかな日々を守るため、そして何より、彼が大切な家族と信じているユーカ様を悲しませないためにも、私はこの毒を静かに受け流すことに決めたのだ。
誰も気づかないほど巧妙に、いじめを優雅にスルーするアエナ。公爵であるあなたに心配をかけまいと、彼女は今日も微笑みを絶やさない。しかし、毒は徐々に、確実に、その濃度を増していく。ついに義母は、アエナの命に関わるような、取り返しのつかない大罪に手を染めてしまう。
愛と策略、そして運命の結末。この溺愛系ヒロインが、華麗なるスルー術で、最愛の公爵様との未来を掴み取る、痛快でロマンティックな物語の幕開けです。
モブの私がなぜかヒロインを押し退けて王太子殿下に選ばれました
みゅー
恋愛
その国では婚約者候補を集め、その中から王太子殿下が自分の婚約者を選ぶ。
ケイトは自分がそんな乙女ゲームの世界に、転生してしまったことを知った。
だが、ケイトはそのゲームには登場しておらず、気にせずそのままその世界で自分の身の丈にあった普通の生活をするつもりでいた。だが、ある日宮廷から使者が訪れ、婚約者候補となってしまい……
そんなお話です。
婚約破棄ブームに乗ってみた結果、婚約者様が本性を現しました
ラム猫
恋愛
『最新のトレンドは、婚約破棄!
フィアンセに婚約破棄を提示して、相手の反応で本心を知ってみましょう。これにより、仲が深まったと答えたカップルは大勢います!
※結果がどうなろうと、我々は責任を負いません』
……という特設ページを親友から見せられたエレアノールは、なかなか距離の縮まらない婚約者が自分のことをどう思っているのかを知るためにも、この流行に乗ってみることにした。
彼が他の女性と仲良くしているところを目撃した今、彼と婚約破棄して身を引くのが正しいのかもしれないと、そう思いながら。
しかし実際に婚約破棄を提示してみると、彼は豹変して……!?
※『小説家になろう』様、『カクヨム』様にも投稿しています
【本編,番外編完結】私、殺されちゃったの? 婚約者に懸想した王女に殺された侯爵令嬢は巻き戻った世界で殺されないように策を練る
金峯蓮華
恋愛
侯爵令嬢のベルティーユは婚約者に懸想した王女に嫌がらせをされたあげく殺された。
ちょっと待ってよ。なんで私が殺されなきゃならないの?
お父様、ジェフリー様、私は死にたくないから婚約を解消してって言ったよね。
ジェフリー様、必ず守るから少し待ってほしいって言ったよね。
少し待っている間に殺されちゃったじゃないの。
どうしてくれるのよ。
ちょっと神様! やり直させなさいよ! 何で私が殺されなきゃならないのよ!
腹立つわ〜。
舞台は独自の世界です。
ご都合主義です。
緩いお話なので気楽にお読みいただけると嬉しいです。
裏切られた令嬢は、30歳も年上の伯爵さまに嫁ぎましたが、白い結婚ですわ。
夏生 羽都
恋愛
王太子の婚約者で公爵令嬢でもあったローゼリアは敵対派閥の策略によって生家が没落してしまい、婚約も破棄されてしまう。家は子爵にまで落とされてしまうが、それは名ばかりの爵位で、実際には平民と変わらない生活を強いられていた。
辛い生活の中で母親のナタリーは体調を崩してしまい、ナタリーの実家がある隣国のエルランドへ行き、一家で亡命をしようと考えるのだが、安全に国を出るには貴族の身分を捨てなければいけない。しかし、ローゼリアを王太子の側妃にしたい国王が爵位を返す事を許さなかった。
側妃にはなりたくないが、自分がいては家族が国を出る事が出来ないと思ったローゼリアは、家族を出国させる為に30歳も年上である伯爵の元へ後妻として一人で嫁ぐ事を自分の意思で決めるのだった。
※作者独自の世界観によって創作された物語です。細かな設定やストーリー展開等が気になってしまうという方はブラウザバッグをお願い致します。
最愛の番に殺された獣王妃
望月 或
恋愛
目の前には、最愛の人の憎しみと怒りに満ちた黄金色の瞳。
彼のすぐ後ろには、私の姿をした聖女が怯えた表情で口元に両手を当てこちらを見ている。
手で隠しているけれど、その唇が堪え切れず嘲笑っている事を私は知っている。
聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。
哀しみと失意と諦めの中、私の身体は床に崩れ落ちて――
突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……?
「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」
謎の人物の言葉に、私が選択したのは――
夫に捨てられた私は冷酷公爵と再婚しました
香木陽灯
恋愛
伯爵夫人のマリアーヌは「夜を共に過ごす気にならない」と突然夫に告げられ、わずか五ヶ月で離縁することとなる。
これまで女癖の悪い夫に何度も不倫されても、役立たずと貶されても、文句ひとつ言わず彼を支えてきた。だがその苦労は報われることはなかった。
実家に帰っても父から不当な扱いを受けるマリアーヌ。気分転換に繰り出した街で倒れていた貴族の男性と出会い、彼を助ける。
「離縁したばかり? それは相手の見る目がなかっただけだ。良かったじゃないか。君はもう自由だ」
「自由……」
もう自由なのだとマリアーヌが気づいた矢先、両親と元夫の策略によって再婚を強いられる。相手は婚約者が逃げ出すことで有名な冷酷公爵だった。
ところが冷酷公爵と会ってみると、以前助けた男性だったのだ。
再婚を受け入れたマリアーヌは、公爵と少しずつ仲良くなっていく。
ところが公爵は王命を受け内密に仕事をしているようで……。
一方の元夫は、財政難に陥っていた。
「頼む、助けてくれ! お前は俺に恩があるだろう?」
元夫の悲痛な叫びに、マリアーヌはにっこりと微笑んだ。
「なぜかしら? 貴方を助ける気になりませんの」
※ふんわり設定です
死に戻りの元王妃なので婚約破棄して穏やかな生活を――って、なぜか帝国の第二王子に求愛されています!?
神崎 ルナ
恋愛
アレクシアはこの一国の王妃である。だが伴侶であるはずの王には執務を全て押し付けられ、王妃としてのパーティ参加もほとんど側妃のオリビアに任されていた。
(私って一体何なの)
朝から食事を摂っていないアレクシアが厨房へ向かおうとした昼下がり、その日の内に起きた革命に巻き込まれ、『王政を傾けた怠け者の王妃』として処刑されてしまう。
そして――
「ここにいたのか」
目の前には記憶より若い伴侶の姿。
(……もしかして巻き戻った?)
今度こそ間違えません!! 私は王妃にはなりませんからっ!!
だが二度目の生では不可思議なことばかりが起きる。
学生時代に戻ったが、そこにはまだ会うはずのないオリビアが生徒として在籍していた。
そして居るはずのない人物がもう一人。
……帝国の第二王子殿下?
彼とは外交で数回顔を会わせたくらいなのになぜか親し気に話しかけて来る。
一体何が起こっているの!?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる