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019 買い物はここまでだ!

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 アイテムの補充を終えたところで、次は蜂ヶ谷の装備だ。
 全国のダンジョンセンタ―には、アイテムショップのみならず、装備品を扱うショップも立ち並ぶ。その一角で、蜂ヶ谷が額に汗を浮かべながら薙刀を振るっている。

 この店に来て、かれこれ三十分が経った。
 装備選びは、戦闘におけるリスクを回避するためにもっとも重視されるポイントだ。防具であれば、自身の動きを阻害しないことが求められる。武器なら扱いやすさが重要だ。羊太郎は大安売りのセール品を使っているが、それだって何度も試して選び抜いた得物である。

 蜂ヶ谷は当初、羊太郎と同じく直剣を使っていた。しかしながら、魔法スキルの発現による戦闘スタイルのチェンジに合わせて、使用する武器も直剣から長槍へと変更している。
 口ではからかっていたが、蜂ヶ谷の《空中散歩》と長槍の取り合わせは、地上のモンスターに対して無類の強さを発揮する。敵の手の届かないところから一方的に攻撃を食らわせる快感。羊太郎も一度は味わってみたいと思っている。

「これ、いいですね」

 蜂ヶ谷がつぶやく。握られているのは漆黒の柄の薙刀だ。

「反りの大きな巴型ですね。もともと女性でも取り扱いやすいモデルですが、こちらは同社の従来製品よりも軽量化されています。おかげで継戦しやすくなっていて、最近人気が出始めてますよ」

 朗らかに説明する女性従業員。蜂ヶ谷の懇意にしている彼女は、ショップ店員と冒険者の二足の草鞋を履いているらしい。
 そして重要なのは、彼女が蜂ヶ谷と同じ狂戦士の類であることだ。

「へえ~! 使う上でのデメリットはあるんですか?」
「軽量化されている分、従来製品に比べると一撃の重さが物足りないかもしれませんね。と言っても、切れ味はバツグンなので、強化なしでも低級のモンスターなら問題なく首を刎ねられますよ!」

 そのフレーズに蜂ヶ谷の顔が明るくなる。
 きゃっきゃとはしゃぐ二人。女子女子した空間だが、会話の内容が内容なので羊太郎はいたたまれなくなる。できれば他人と思われたい。
 羊太郎が微妙な距離感を保つ中、蜂ヶ谷は交渉フェーズに入る。

「これにしようかなあ……ちなみに気になるお値段は?」
「五十万円になりまーす」
「ひぇっ」
「ローンも組めまーす。手数料は当社負担なのでお得ですよ~?」
「ぴぇ……」

 女性従業員のセールストーク。蜂ヶ谷は開戦早々涙目になって白旗を上げかけている。

 ──な、情けなさすぎる……。

 あれだけ意気軒昂に武器選びをしていたにもかかわらず、なんという醜態だろうか。視線で助けを求められ、羊太郎は思わず額に手を当てて天を仰ぐ。

 羊太郎と蜂ヶ谷の月収は合わせて六十万円ほどだ。そこから必要経費の十万を差し引き、残額を二人で半々に分けている。蜂ヶ谷からすれば、気に入った薙刀とはいえ月収の二倍近くをはたいていいものかと悩んでいるのだろう。

「ちょ、ちょぉーっと相談してもいいですか?」
「ええ、もちろんですよ」

 蜂ヶ谷がそそくさと寄ってくる。今の一瞬で相当消耗したらしく、素振りをしているときよりも汗をかいているので、羊太郎は一定の距離を保った。

「山城さん、私あれ買っていいんですかねえ? 結構なお値段なんですけど?」
「仕方ない。必要経費だろ」
「軽っ! 結構な大金だと思うんですけどね!?」
「ま、その薙刀使って、買値以上に稼げばいいんじゃないか? ほら、行ってこい」

 羊太郎は潤みだす蜂ヶ谷の肩を掴んで反転させる。
 そこからの商談はとんとん拍子に進んだ。気になる値下げ交渉だが、薙刀の値段自体は元が五十五万らしく、気を利かせた従業員が先に値下げ後の金額を伝えてくれていたようだったので、蜂ヶ谷の勇気は無駄になってしまった。
 ともあれ、新しい得物を手に入れた蜂ヶ谷はほくほく顔である。

「まさかできるところまで値引きしてくれていたとは! 値引き交渉は苦手なのでありがたいです」
「ちなみに、最初から底値になっている場合と、値引き交渉を挟んで少し安くなった場合を比べると、後者のほうが客の満足度は高いらしいぞ」
「無粋なこと言わないでくださいよー。私はこれで満足してるんですから」
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