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020 松戸ダンジョン攻略(その1)

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 翌週、羊太郎たちは再び松戸ダンジョンセンターを訪れていた。
 今日の目的はダンジョンの踏破──すなわち、最下層に住まう迷宮主の撃破だ。
 龍ヶ崎、安孫子と順調に踏破を重ねた羊太郎たちは、現在の狩り場である松戸ダンジョンを踏破して次の段階ステージを目指すことにしたのである。

「松戸ダンジョンのボスは赤鬼の特殊個体でしたっけ?」
「ああ。片腕のない鬼、つまり茨木童子の模倣だな」
「茨木童子と松戸って特に関係なくないですか」

 蜂ヶ谷が疑問符を浮かべる。

「そのあたりは考えても仕方ない。鬼は日本における恐怖の象徴だから、全国津々浦々のダンジョンで鬼が出現するし、ボスも似たり寄ったりだ」
「ほわー。詳しいですね」
「お前が知らないほうが不思議だよ。割と常識だぞ」

 羊太郎は下調べした情報を思い返す。

「調べた話じゃ、茨木童子は突風を起こしてこちらを妨害してくるらしい。他にも、風を応用して戦闘に緩急をつけてくるみたいだから、そのあたりは注意が必要だろうな。とは言え、京都の大江山に比べりゃマシだろ」
「大江山? たしか鬼が有名なところですよね」
「そ、国内では一番有名な鬼の伝説が残る土地だ。ボスは酒吞童子、ちなみに戦闘時は茨木童子も出張ってくるらしい。踏破者はゼロ。どこのクランが挑んでも、全員ボコボコにされてダンジョン外に捨てられるって話だ」

 大江山に挑んだ冒険者は、国内でも有数のトップクランに所属している。
 そのうちの一つが、鬼斬隊おにきりたいである。クソみたいなダジャレネーミングだが、京都に根を張る伏見重化学工業から全面バックアップを受ける、紛うことなきトップクランだ。

 彼らは一ヶ月前に大江山ダンジョンに挑戦した。が、酒呑童子率いる鬼の舞台にコテンパンに伸されてしまったという。現在は鬼斬隊の名誉挽回をかかげて日本一周鬼斬行脚をしているのだとか。やること成すことすべてがふざけているくせに実力は他の追随を許さないので、他のクランからは非常にやっかまれている。

 雑学を披露すると、蜂ヶ谷が怪訝な顔になる。
 眉間にしわを寄せ、何か考え込むように唇の端を噛む蜂ヶ谷。羊太郎にはわかる。これはしょうもない疑問を持った時の表情だ。
 見目の良さに騙されてはいけない。こいつは基本的にアホなのだ。

「クランですか……ちなみにクランって何語ですか?」
「英語だよ。元はゲール語に由来するらしいが……そこまで気にしなくていいだろ。意味は氏族で、転じて同じ目的意識を持つ奴らを指すようになったんだと」
「はえー。勉強になります」
「はいはい、どうせ明日には忘れてるよ」
「し、失礼ですねこの先輩は! そう簡単に忘れませんよ!」

 詰め寄る蜂ヶ谷を柳のごとくかわし、羊太郎は入場の手続きに向かう。
 ダンジョンの入場手続きはなかなか煩雑である。ケガについての同意書を毎度書かねばならない上に、冒険者ランクの聞き取りによって、その者の能力がダンジョンの難易度と見合っているかなどが事細かに確認される。また、武器の受け取りもここで行うのでえらく待たされてしまうのだ。

 しかし、事前にスマホアプリから申請をしておけば受付での書類記入をパスできる。
 初めのころこそ真面目に受付で手続きしていたが、いまはアプリを活用しているおかげで冒険者ライセンスとステータスカードの提示ですぐに手続き完了できる。
 などと考えている間に、羊太郎の順番になった。

「こんにちは。とうとう松戸も卒業ですか?」
「今日の成果次第ですね。上手くいけばいいですが」
「またまた謙遜しちゃって~! 山城さんと蜂ヶ谷さんのコンビって、ボス挑戦回数は龍ヶ崎でも安孫子でも一回だけですよね。わたし知ってるんですよ?」

 すっかり顔馴染みとなった受付嬢が笑顔で茶化した。

「アハハ、謙遜なんてしてませんよ。やっぱり初めてのボスは緊張しますからね」

 羊太郎は内心の気恥ずかしさを隠しながら、社畜時代に培った営業スマイルで応対する。
 なお、となりの蜂ヶ谷は半眼になって羊太郎の横顔を睨んでいる。これもまた、羊太郎たちの日常風景である。社畜時代もこんなやり取りが茶飯事だった。

「そりゃそうですよねー。ごめんなさい、どうしても期待しちゃって。最近は冒険者の引退も多いから、山城さんたちが無事育ってくれるといいなあと思っちゃうんです」
「期待に応えられるよう、ほどほどに頑張りますよ」
「くれぐれも気をつけてくださいね。いくら殺されないと言っても、腕や足を欠損する可能性はあるんですから。それじゃ、頑張ってきてくださいね!」

 受付嬢からライセンスとそれぞれの武器を受け取る。
 会話をしながら手続きを進めるのは、なんだかベテラン冒険者の仲間入りを果たしたかのようで、羊太郎はちょっとした優越感を覚えた。
 他方、蜂ヶ谷は先ほどから不服そうな態度を崩さない。

「で、さっきからどうしたよ」
「山城さんって顔の使い分けが上手ですよね。仏頂面だったくせに受付では爽やかな笑顔だったのに、いまはまた仏頂面に戻ってる。なんて言うかアレですね、詐欺とか得意そう……」
「営業マンの背負う業ってやつだな。あと、一言が余計だ」

 薙刀ケースを渡すついでに羊太郎は蜂ヶ谷の肩を小突く。
 それにしても、詐欺師とは甚だ心外である。羊太郎はミスリーディングを誘う売り文句を言ったことがなく、顧客目線に立った極めてクリーンな営業に努めてきた自負があった。

「俺は営業マンとしてはかなり誠実だと思うけどな」
「そうなんですよね……。だからこそ意外というか、なんで逆に詐欺をしていないんだろうって不思議で仕方ないんですよ」

 蜂ヶ谷は探偵然として顎に手を添える。事件を迷宮入りさせること請け合いだ。
 ありもしないことを疑われた羊太郎。堪忍袋の緒が綱引き状態だ。なんなら、綱引き状態の緒の真ん中にはギロチン台がセットされている。キレる準備は万端だ。

「裏で何かしてたりしないですよね? 困ったときは言ってくださいよ。」

 迷探偵が微妙に崩れた笑顔で羊太郎の肩に手を置く。バツン、と羊太郎のなかで何かが断ち切れる音がした。

「お前のほうが失礼だわ! このポンコツ女!」

 ダンジョンへ繋がる扉を開けると、羊太郎は問答無用で漆黒の闇の渦へ蜂ヶ谷を放り込んだ。
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