21 / 23
021 松戸ダンジョン攻略(その2)
しおりを挟む全五階層から成る松戸ダンジョンは、岩肌に覆われた洞窟型であり、通路と小部屋が断続する構造をしている。そんな迷路を凶暴な鬼たちが徘徊しているのだから溜まったものではない。
そんな危険極まりないダンジョンの通路を羊太郎たちは緊張感なく並び歩く。
「確認しておくぞ。餓鬼だけのグループのときはどうする?」
「山城さんがサポート。メインの私が空から首を刎ねまーす」
「よし。赤鬼が混ざった時は?」
「私がサポート。メインの山城さんが首を刎ねます」
「首を刎ねる以外の選択肢も出せよ……」
通常フロアに出現する鬼たちは、餓鬼、赤鬼、青鬼の三種類だ。ボスフロアである
五階には、迷宮主たる茨木童子が鎮座している。
ダンジョンの総合難易度はCクラス。
ここをクリアできれば、冒険者としてはB級の実力が認められる。そうなれば、企業専属クランに加入してプロの冒険者となることも夢ではない。ゆえにCクラスダンジョンは冒険者の登竜門とも言われているのだ。
もっとも、羊太郎にその気はない。
健康保険や厚生年金を考えると、早く企業に勤めて社会保険に加入したい思いはある。ただし、冒険者として勤めたいわけではないのだ。
企業所属ともなれば、モンスターの素材をかき集めるのがメインの仕事となるから、日ごろからダンジョンに入り浸ることになる。気分が乗ればいいが、乗らないときでもダンジョンに潜らなければならない生活はまっぴらごめんなのである。
「っと、さっそくお出ましだぞ」
通路を抜けた小部屋には三体の餓鬼がいた。
体長は一三〇センチほど。肋骨の浮く痩せ細った身でありながら、腹だけ膨れた異様な姿を持つ小鬼だ。常に餓えていて、どれだけ攻撃を与えようとも絶命の瞬間までは這ってでも向かってくる悍ましい習性がある。スリルホラーの一説に出てきそうなモンスターだ。
「餓鬼だけのグループですね。私の薙刀が唸りますよ!」
「無理すんなよー」
駆け出す蜂ヶ谷に呼び掛けながら、羊太郎は魔術スキル《バインド》を発動する。
足元から魔力のツタが伸び、あっという間に餓鬼の一体を拘束せしめた。蜂ヶ谷は肩越しに笑い、空中を陸と同じように走っていく。
「~~っ! この空を翔けていく瞬間がたまらないですね~っ!」
蜂ヶ谷の魔法スキル《空中散歩》は、空中に魔力の足場を作る能力だ。散歩などと名づけられているが、歩行時にしか発動できないわけではない。
その能力は、首刈り魔である蜂ヶ谷と相性バツグンだ。
「いきますよぉ!」
蜂ヶ谷が加速する。魔術スキル《加速》の効果だろう。
その勢いで拘束中の餓鬼に接近すると、蜂ヶ谷は大きく得物を薙ぎ払う。餓鬼は抵抗もできないまま首を飛ばされ魔石となった。
二体目、三体目もあっけなく首を刈られて終わりだ。
本日初めての戦闘は狂犬の圧勝である。初動こそサポートしたが、二体目以降は何も手を加えていない。もっとも、餓鬼は異常な執着がウリなのであって、一撃で首を飛ばせればゴブリンにも劣るモンスターなので当然ではある。
「さすが、企業クランに勧誘されるだけはある」
以前ダンジョン内で企業所属のクランと鉢合わせた際、蜂ヶ谷の戦闘スタイルを見たクランからラブコールを受けたことがあった。
提示されていた条件は悪くなかったが、蜂ヶ谷はにべもなく断った。
『冒険者として酷使されるうえに広告塔にまでされるなんて嫌ですよ』
と、顔中しわくちゃにしていたのを覚えている。もったいない気もするが、本人の意思が重要なので羊太郎は一切の口出しをしなかった。
「アイツ、やっぱりクランに入ったほうが良かったんじゃないのか? 福利厚生もしっかりしたところだったし、今じゃ本人も戦闘狂の気があるし……」
蜂ヶ谷の攻めの姿勢は先方からも絶賛されていた。
魔法と身体能力を活かした物理攻撃が評価されていたが、蜂ヶ谷の何よりの強みは豊富な魔力を活かした選択肢の多さにある。魔法メインで前線に出ることもできれば、魔術メインで後方支援に徹することも可能なオールラウンダーが蜂ヶ谷なのである。
そんな蜂ヶ谷が勢いづくと、餓鬼ごときでは止められないのだ。
「やっぱり雑魚狩りが一番楽しいですねえ!」
華麗に着地する姿に羊太郎は目を眇める。
──前言撤回。アイツは雇われなくて正解だ。
立場を考えない問題発言で炎上して解雇される未来が見える。なんなら解雇されたのちに羊太郎のアパートまで転がり込んできそうである。
とはいえ、猫を被るのが上手い蜂ヶ谷のことだからそのあたりは上手くやるのかもしれない。
そんなことを考えているうちに、蜂ヶ谷がのんきな顔で戻ってくる。
「どうでしたか? 槍のときよりかける時間が短くなってる気がしません?」
「……ん。確かに早まってると思う。今日の調子は?」
「いい感じです! この調子でサクッとボスも倒しちゃいましょ~っ!」
おー、と掛け声とともに気合いを入れる蜂ヶ谷。
薙刀の購入金額以上に稼ぐためにも今回のダンジョン攻略は重要だ。なにせ、C級ダンジョンのボスともなると、魔石だけで五十万はくだらない。ボスに関連したドロップアイテムがあれば、三桁万円獲得もあり得る美味しいダンジョンなのである。
「ま、ケガしないようにいこう」
言いながら、羊太郎は蜂ヶ谷の腕に目をやる。
そして今回のダンジョン攻略は、羊太郎にとっても己の力量を見定める試金石だ。これ以上を目指すべきか、あるいは現状の維持に努めるのか。何より、いつまでも蜂ヶ谷を拘束するわけにはいかないと思ったからだ。
0
あなたにおすすめの小説
最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。
みこみこP
ファンタジー
高校2年の夏。
高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。
地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。
しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。
現実世界にダンジョンが出現したのでフライングして最強に!
おとうふ
ファンタジー
2026年、突如として世界中にダンジョンが出現した。
ダンジョン内は無尽蔵にモンスターが湧き出し、それを倒すことでレベルが上がり、ステータスが上昇するという不思議空間だった。
過去の些細な事件のトラウマを克服できないまま、不登校の引きこもりになっていた中学2年生の橘冬夜は、好奇心から自宅近くに出現したダンジョンに真っ先に足を踏み入れた。
ダンジョンとは何なのか。なぜ出現したのか。その先に何があるのか。
世界が大混乱に陥る中、何もわからないままに、冬夜はこっそりとダンジョン探索にのめり込んでいく。
やがて来る厄災の日、そんな冬夜の好奇心が多くの人の命を救うことになるのだが、それはまだ誰も知らぬことだった。
至らぬところも多いと思いますが、よろしくお願いします!
ダンジョンに行くことができるようになったが、職業が強すぎた
ひまなひと
ファンタジー
主人公がダンジョンに潜り、ステータスを強化し、強くなることを目指す物語である。
今の所、170話近くあります。
(修正していないものは1600です)
自力で帰還した錬金術師の爛れた日常
ちょす氏
ファンタジー
「この先は分からないな」
帰れると言っても、時間まで同じかどうかわからない。
さて。
「とりあえず──妹と家族は救わないと」
あと金持ちになって、ニート三昧だな。
こっちは地球と環境が違いすぎるし。
やりたい事が多いな。
「さ、お別れの時間だ」
これは、異世界で全てを手に入れた男の爛れた日常の物語である。
※物語に出てくる組織、人物など全てフィクションです。
※主人公の癖が若干終わっているのは師匠のせいです。
ゆっくり投稿です。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね
竹井ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。
元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、
王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。
代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。
父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。
カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。
その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。
ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。
「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」
そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。
もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。
最遅で最強のレベルアップ~経験値1000分の1の大器晩成型探索者は勤続10年目10度目のレベルアップで覚醒しました!~
ある中管理職
ファンタジー
勤続10年目10度目のレベルアップ。
人よりも貰える経験値が極端に少なく、年に1回程度しかレベルアップしない32歳の主人公宮下要は10年掛かりようやくレベル10に到達した。
すると、ハズレスキル【大器晩成】が覚醒。
なんと1回のレベルアップのステータス上昇が通常の1000倍に。
チートスキル【ステータス上昇1000】を得た宮下はこれをきっかけに、今まで出会う事すら想像してこなかったモンスターを討伐。
探索者としての知名度や地位を一気に上げ、勤めていた店は討伐したレアモンスターの肉と素材の販売で大繁盛。
万年Fランクの【永遠の新米おじさん】と言われた宮下の成り上がり劇が今幕を開ける。
「餌代の無駄」と追放されたテイマー、家族(ペット)が装備に祝福を与えていた。辺境で美少女化する家族とスローライフ
天音ねる(旧:えんとっぷ)
ファンタジー
【祝:男性HOT18位】Sランクパーティ『紅蓮の剣』で、戦闘力のない「生産系テイマー」として雑用をこなす心優しい青年、レイン。
彼の育てる愛らしい魔物たちが、実はパーティの装備に【神の祝福】を与え、その強さの根源となっていることに誰も気づかず、仲間からは「餌代ばかりかかる寄生虫」と蔑まれていた。
「お前はもういらない」
ついに理不尽な追放宣告を受けるレイン。
だが、彼と魔物たちがパーティを去った瞬間、最強だったはずの勇者の聖剣はただの鉄クズに成り果てた。祝福を失った彼らは、格下のモンスターに惨敗を喫する。
――彼らはまだ、自分たちが捨てたものが、どれほど偉大な宝だったのかを知らない。
一方、レインは愛する魔物たち(スライム、ゴブリン、コカトリス、マンドラゴラ)との穏やかな生活を求め、人里離れた辺境の地で新たな暮らしを始める。
生活のためにギルドへ持ち込んだ素材は、実は大陸の歴史を塗り替えるほどの「神話級」のアイテムばかりだった!?
彼の元にはエルフやドワーフが集い、静かな湖畔の廃屋は、いつしか世界が注目する「聖域」へと姿を変えていく。
そして、レインはまだ知らない。
夜な夜な、彼が寝静まった後、愛らしい魔物たちが【美少女】の姿となり、
「れーんは、きょーも優しかったの! だからぽるん、いーっぱいきらきらジェル、あげたんだよー!」
「わ、私、今日もちゃんと硬い石、置けました…! レイン様、これがあれば、きっともう危ない目に遭いませんよね…?」
と、彼を巡って秘密のお茶会を繰り広げていることを。
そして、彼が築く穏やかな理想郷が、やがて大国の巨大な陰謀に巻き込まれていく運命にあることを――。
理不尽に全てを奪われた心優しいテイマーが、健気な“家族”と共に、やがて世界を動かす主となる。
王道追放ざまぁ × 成り上がりスローライフ × 人外ハーモニー!
HOT男性49位(2025年9月3日0時47分)
→37位(2025年9月3日5時59分)→18位(2025年9月5日10時16分)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる