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018 買い物にはマイバックを持っていこう。

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「食品関係から、雑貨類、果てはダンジョン産のアイテムと……ここはなんでも揃うな」
「便利ですよねー。私、ダンジョン潜った後はいつもここで買い物してるなあ」

 喫茶店を後にした羊太郎たちは、まずアイテム類を取り扱うショップを訪れた。ここの特徴は、なんといっても豊富な品数だ。何か必要だった気がするが思い出せない、というときでも店内を一周すれば見つかることがほとんどである。
 棚から絆創膏の『癒えるくん』を二箱カゴに放り込む。

「それにしても、結構稼げるようになってよかった~! 初日なんて、二人合わせても二千円しか稼げなかったし。『癒えるくん』一箱分……あ、消費税入れたら一箱も買えないや。ホント、アイテムにお金を掛けられるようになってよかったですよね!」
「経費を差し引いても前職の総支給くらいは稼げてるからなあ」

 金稼ぎのための探索を週に三日~四日ほど、ブラフマンとの特訓を週に一日のペースで行っている。会社で毎日残業していたころよりは、よっぽど健全な稼ぎ方だ。

 この一ヶ月で、羊太郎たちの探索者ランクはC級まで上がった。
 新人冒険者としては破格のペースであり、まさに飛ぶ鳥を落とす勢いと評されている。それゆえ、関東近郊のダンジョンセンター界隈ではちょっとした有名人なのだ。蜂ヶ谷などは防具の着用モデルにも抜擢されることがあるので尚更である。

 煙玉をカゴに入れ、蜂ヶ谷がメモ帳を取り出す。

「アイテム類はこんなもんですかね? ほかに必要なものってありますか?」
「俺は特にないな。行動阻害用のアイテムは軒並み在庫があるし、強いて言うならポーション類の備蓄を増やしておくくらいか?」
「そんな話もありましたね~!」

 言いながら蜂ヶ谷が売り場に向かう。羊太郎もカートを押して追従した。

 ここでは、ゲーム定番のポーション類も売られている。
 ノアが卸している不思議アイテムシリーズに属するポーション・マジックポーションは、ダンジョンに潜る冒険者の必需品である。それぞれ体力・魔力の回復効果があるのだが、精確には回復を促す効果が正しい。
 つまり、ポーションなら自然治癒力を、マジックポーションなら魔力回復力を高めるわけだ。残念ながら、失った体力・魔力を即時回復する奇跡の代物は存在しない。
 もっとも、魔力については、羊太郎程度の総量なら服用してすぐ満タンにしてくれる。

 羊太郎は、非常にそれらしいデザインの小瓶を二つ手に取る。それぞれ緑色と青色の液体で満たされているが、正直言ってあまり体によろしくなさそうな色だ。

「とりあえず十本セットがあればいいですよね?」
「ああ、いいんじゃないか。多用できるわけでもないしな」
「了解でーす」

 重くなったカートを押して二人はレジに並ぶ。
 振り返った蜂ヶ谷がカゴの中身を見て溜息をつく。

「ポーションももっと使い勝手がよくなればいいのに。ダンジョンでしか効果が出ない上に、回復を促すだけってちょっと悲しくないですか?」

 言わんとすることはわからないでもない。羊太郎は神妙な面持ちになった。

「……ま、仕方ないだろ。ダメージが即時回復するなんてどんな危ないクスリだよって話だ。絶対相応の副作用があるぞ」

 蜂ヶ谷がしかめっ面になる。が、レジの順番が来ると微笑みを貼りつけて係員に応対した。あまりの切り替えの早さに羊太郎は思わずううむと唸ってしまう。

 ──こいつは俺以外の前だといつも猫被ってるな。

 逆に羊太郎と接するときは素を出すわけだが、信頼の証と喜んでいいのか、それとも舐められているだけなのか判別がつかない。いずれにせよ、蜂ヶ谷がそういう態度だと羊太郎も気楽に話せるのでありがたい。

 蜂ヶ谷が会計をしている隙に、羊太郎はカゴを運んでマイバックを取り出す。

「主婦のような手捌き──そのマイバック、ゆるふわ羊ちゃんがいっぱいで可愛いですね。……私のこと散々あざといって言ったくせに、自分のほうがあざといじゃんっ」
「素が出てるぞ。あと、これは母親からのプレゼントだから使ってんだよ」
「別にもうバレてますし~。それはそれとして親孝行息子アピールっていいですね。これから私も使っていこうと思います」

 開き直った蜂ヶ谷だが、その目は泳いでいる。普段から内面を隠しているせいか、自分の素を他人に見られるのがどうも恥ずかしいらしい。

「お前、普段から親孝行アピールしてるだろ。今日の髪留めだって父親からもらったんだって嬉しそうに言ってただろうが」

 父親から髪留めをもらったと自慢していた姿がまぶたの裏に浮かぶ。蜂ヶ谷は自身の誕生日をアピールするつもりだったのだろうが、傍目から見れば両親のことが大好きな孝行娘にしか映っていない。

「よく似合ういいデザインだよな。親父さん、相当熱心に選んだと思うぞ」

 ちなみに、羊太郎からのプレゼントは栄養剤一本である。ちょうど繁忙期だったのだ。

「~~~~っ」

 指摘された蜂ヶ谷は、ぽふっと湯気が出そうなくらいに顔を赤くする。

「ど、どこ見てるんですか! セクハラですよ!」
「……つっこむところ、そこじゃないだろ」

 羊太郎はカラカラと笑う。真っ赤な蜂ヶ谷のこぶしを肩に受けながら、マイバックを肩に掛けて店を後にした。

 なお、残されたレジ係員は、砂糖を吐きたくなると同時に帰りたくなった。
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