枯れない花

南都

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プロローグ

第一話

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 夜だ。見上げれば新月、空に浮かぶものはない。夜空の黒に、浮かぶのは灰色の雲。雲と空が混濁し、混ざり合っている。
 住宅街、入り組んだ道をただ歩く。時折点滅する街灯の下を、ただ無気力に歩いていく。

 主人公に憧れていた。

 子どもの頃、自分を救い上げていたのはいつだって物語の主人公だった。ちょっとしたことで躓きそうになった時も、友達と喧嘩した時も、嫌な局面に直面した時も、片思いに耽った時も、部活の大会に挑むときも、いつだって俺の根底には物語の主人公がいた。

 だってそうだろう、主人公の元には勝利が舞い込むのだから。

 彼らが正しいことをすれば、それは鶴の恩返しのように必ず良い結果が返ってくる。彼らが突発的に何か始めても、それは必ず成功する。彼らが挫けたといっても、その大体は人並程度の挫折。それを乗り越えた程度で彼らは必ず成功する。時には多くの美人を引きつれ、時には都合よく作戦がうまくいく。ほとんど可能性のない事象を成功させることなど日常茶飯事だ。

 それに憧れ生きてきた。その結果はどうだろうか? 否、何度も挫けてもなお挑戦を続けた結果はどうだろうか?

――誰もが主人公にはなりえない。それでも報われたいと思うことは罪だろうか?

 コンビニ帰り。決して何か買いに行ったわけではない、アルバイト帰りだ。フリーター、二十一歳になって俺はフリーターになっているだけだ。

 主人公に憧れていて、けれど何よりも主人公が嫌いだった。ちょっとした挑戦でいつも都合よく人生が好転する主人公が憎くて仕方がなかった。
 だから必死に食らいつく脇役が好きだった。努力を重ねて、主人公に負かされて、それでもすがりつく脇役こそ誇られるべきだ、そう思ってやまなかった。挑戦など誰でもするのだ。けれど失敗する。それでもすがる、それだって当然なのだ。俺は何度縋りついてきただろう? 主人公に負かされるキャラクターの感情こそ、きっと自分に近しいのだ。


――勝った存在が物語の主人公になる。

 物語の結末が無残な結末では面白くない。敵役に必死に戦って負けました、そんな物語は後味が悪い。それならば、その敵役を正義のように書き連ねて勝利で終わりを迎えた方が面白い。きれいごとを並べようと、基本的には勝ったものが主人公になるのだ。そして負け続けている俺は……悪役か、それ以下の存在なのだ。

 気づかぬうちに主人公以外に自分を投影していた。報われない人生を、せめて傷をなめ合うことで慰めたかった。
 空に息を吐く。白んだ息は空気に溶ける。いつか吸ってみたタバコを彷彿とさせ、その時の自分を思い描く。その時だって、俺はいつだって全力だった。三年もの間全力で物事に取り組み、そうして何も得られなかった。

 主人公だったのなら、きっとその挑戦は成功していたのだろう。大金を得られたのだろう。多くの名誉を勝ち取り、そして次につながっていく。それももっと短期間で、それを成し遂げるのだ。勝ち組、そう勝ち組なのだ。彼らは簡単に勝ち組になって見せる。

「馬鹿らしくて嫌になる」

 空に溢す、そこに覇気はない。どこまでも弱弱しく、涙の代わりに溢した声だ。すぐに消えていく声。一億分の一が溢した嘆きの声。

 俺には負かされて改心する敵役がお似合いだ。

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