枯れない花

南都

文字の大きさ
上 下
62 / 123
第三章 「好転」と「安らぎ」

第十三話

しおりを挟む
 息をのむとはこのことか。
 それでもこちらの感情など露しらず、モノクロームは俺の耳元へとささやくばかりだ。この行為を留める様子などない。

「同じですよ。そのためにも……あなたが必要です」

 耳に息がかかる、こそばゆいほどの小声。

 嫌でもモノクロームの身体を意識させられる。
 彼女の汗ばむ首元、胸元の合間を伝う汗、手入れのいった腋や、水滴のたまったへそ、そして腹を伝い太ももへと落ちる水滴。
 吐息のような声も、微かに紅潮した肌も、こちらを誘うには十分だった。

 不純だ、純粋な感情とはかけ離れている。『主人公』としては……ふさわしくない。

「あなたでないとダメなのです。シオンが中心となるから意味がある」

「能力の……消滅」

「はい。あなた以外は持たない能力」

 身体を押し当てる力が強まる。柔らかなモノクロームの身体に俺の身体が食い込む。
 背後から耳元へと近づいた顔、その湿った髪の毛が首元をくすぐる。

 それでも俺は必死に首を横に振るう。ダメだ、そう言い聞かせるように。

「ダメですよ。これではなんというべきか……俺の身がもたない」

「あら、すみません」

「動悸で目が回りそうです。言ったでしょう、俺には女性経験がないんです」

「知っています」

 いたずらに笑い、屈んでいた身体をゆったりと起こす。強調されていた豊満な胸元が揺らぐ、それを前に俺は妙な罪悪感に駆られ、たまらず目をそらした。
 同年代の男ならば、多少見慣れた人間もいるのだろう。それでも……俺には目に毒だ。

「左側、失礼します」

 真っすぐに立ち、モノクロームはそのまま左側へ。そうして足先で一度温度を確認すれば、お湯の中へと体を沈めていった。
 ちゃぷん、と僅かに水面が揺らぐ。同時に波紋が広がり、モノクロームは「ふぅ」と息を漏らした。

「もしかして俺のことからかっています?」

 問えばモノクロームは前に下りていた髪をかきあげた。

「そういうところも一部あります、どこまでなら堪えるのかな、なんて」

「さっきも言いましたけれど、俺からしたらまだ出会って二日三日なんですよ」

「その身の硬さ、高評価です。あなたのいいところ一覧手帳に加えておきましょう」

「そんなもの……まさかありませんよね?」

「ええ、ありませんよ」

 ないのか、それならばなぜ言った。『モノクロームならばあってもおかしくない』と、少しばかり期待したというのに。

 もはや俺のことをもてあそんでいる。
 左手側、知らぬ顔で伸びをしているモノクローム。表は無邪気であるが、裏の顔は小悪魔か何かだ。男を容易くたぶらかす、本当は妖怪の類なのではないだろうか?
 ……こんなこと、言ったらモノクロームですら激怒しそうだ。

「それで、どうやって能力を無くしていくつもりですか?」

「これですよ。予想はついているでしょう?」

 胸元、谷間から右手で引き上げたネックレス、見せつけたシアンに輝くそれは『無効化』のアクセサリーだ。その効力は確かなもので、それでいてモノクロームは『開花』していない。

 今も俺の能力さえ無効化している。

しおりを挟む

処理中です...