枯れない花

南都

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第五章 「結末」

第二十九話

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 こんなにも近しい空も、空が遠のいていく感覚も、背後から風を受ける感覚も、本来ならば味わいようがない感覚なのだ。

 横目に地を見下ろせば、町灯りと炎の灯りが入り混じっている。『光線』による炎上と人智が形成した都市の灯りとが入り組んでいる。
 その光景は不謹慎でも美しく見えた。異様で、退廃的で、全ての終わりを指し示すかのようだった。

 胸元から「ふふっ」と声がした。モノクロームの微笑む声だ。
 頭が擦れ、こそばゆい感覚を覚える。それに姿を見下ろしてみれば、彼女は空を振り返り、落下する空を見上げて満足げに目を細めていた。

「負けですね。私の能力が消えた以上、あなたの能力もすぐに消えてしまいます」

 その通りだ。俺の開花の時は、モノクロームの開花の時と大差ない。
 もう終わりが近い。

 シオンという男の物語は、これで終わりを迎えるのだ。続きはない、これでエンディングだ。

「はい。最後まで敗北で終わる物語です。起承転結、勝利をしたのは『転』だけです。どこまでも『主人公』らしくない物語」

 なのに、こんなにも清々しい。全てから解放されたようだ。

 こんなにも息がしやすい、縛り付けるものなどない。束縛から解放された、全ての呪縛から解き放たれたよう。
 そしてその鎖を壊すのは……いつだってモノクロームだった。

「それでも、俺は主人公でなくてよかったと思っています。もしも主人公気取りだったら、俺はこの景色を美しいと思えなかった。『誰かが被害にあっているのだ』とか、そんなことを思っていたでしょうね。今は……素直に綺麗だと言葉にできる」

「主人公でも、そんな遠慮はいらないのに」

 共に見る空はどこまでも輝いている。出会って間もなく夜景を見下ろし、全ての終わりで夜空を見上げる。
 俺はどこまでも……夜に愛されている。

「『好きです』なんて言ったら笑いますか。雰囲気に飲まれている、なんて」

 時が止まった。伝わるのは心臓の音だけだった。しかしそれが確かな鼓動だった、生きているという証。
 俺たちは生きている。この美しく、どこまでも秀麗に満ち始めた世界の中で。

 モノクロームが髪を抑える。
 星明かりに照らされた頬は微かに紅潮し、焦ったように髪型を整える仕草はどこまでも愛らしい。

「ううん、笑いませんよ。私もです。愛しています、きっと永遠に」

 そして白んだ息を空へと、ふっと吐き出せば、目を伏せてどこか切なげに告げるのだ。最期の言葉を、空に消えゆくような声と共に。

「ありがとうございました、シオン」

「何言っているんですか、恩を返しただけですよ。それに、これからですよ」

「いえ、これはモノクロームとしての言葉です。もう……私は消えていくから」

 それを聞いて実感する、もう俺たちは能力者ではなくなるのだと。

 俺たちの出会いは『能力』だった。
 それが今、失われようとしている。

 『浮遊』も、『機械生成』も、『障壁』も、『強制開花』も、『アクセサリー』も、何もかもができなくなる。
 能力者であるかの判別もつかず、『一般人』として生きていく。

 喪失感、終わりというのはいつだって儚いものだ。

「そうですね。それじゃあ俺からも――」


 ありがとうございました、モノクローム。


 それが俺たちの、最期の言葉だった。
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