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馬鹿と婚約破棄と愚か者
従者の嘆き
しおりを挟む豪華絢爛な舞踏会場に響き渡る、男の声。それに続く様に、甲高く耳障りな女の嘲笑う声。
「ソフィア嬢、貴様との婚約を破棄する!」
「フッフフ、ごめんなさいね!」
あぁーー、最近は馬鹿を潜めていたと思えば、コレである。嫌になる。いや、そもそもこの方の従者に成って良かった事など、数えるばかりである。まぁ、分かっていたと言えば分かっていたが、やはりため息を吐かずにはいられない。
だが、何もこんなに人がいる所で言う必要があるか?人の口には戸が立てれない。いくら私が裏工作をしても瞬く間に、この発言は広まるだろう。
何を考えているのだ、いや何も考えて無いんだろうな、この馬鹿主様は。
「それは、本当でこざいますか?」
「あぁ、本当だ。だれが貴様の様な嫌な女と結婚などするものか」
「嫌な女でございますか?何か私がが不快に思われる事をしましたか?」
「フッ、白々しい。貴様はこのアリア嬢を裏で虐めていたらしいではないか」
「初耳でございますが……何か証拠がおありで?」
そりゃそうでしょうね!だってソフィア様が虐めなんって下らない事するわけないし。ほっとけば良いものを、ただの男爵で少し見た目が良いだけのアリアの礼儀の無さを、諌めていださったのだから。寧ろ、虐めをしようとする貴族令嬢達を先だって止めて下さったのはソフィア様だ。
なのに、このアリアは紙ペラよりも軽い口でソフィア様が身分を盾に自分を貶してきたなど、訳の分からない事を口走る。怒られる内が花、それが無くなれば終わりだと頭可笑しい女はわらないらしい。
救いようが無い、まぁ……それは、我が主様もそうなのだが。
「証拠なら、貴様がアリア嬢にかけたインクの付いたドレスがあるぞ!見ろ!」
「あぁ~ん、私怖かったですぅ。ロレンツォ様~」
「大丈夫だ、私が守ってやる。安心しろ」
茶番だ。なんと下らない事この上ない。何より、女が腹立つ、伸ばすな。なんだ、ですぅって、馬鹿にしているしか思えんぞ。
主様も主様だ、こんな頭空っぽの糞女に腕を組まして。明らかに胸の空きすぎのドレスを着ているだけでも、吐き気がするのに。無駄に無駄過ぎるきらびやかな宝石を、これでもかと身に纏っている。男爵がこんな大粒の宝石など買える筈などない、どうせ馬鹿主様が与えたのだろう。
「イザベル……?」
「はい、何ですか?アラン様」
「い、いや、なんだか怖い顔をしていたものだから……大丈夫か?」
「えぇ、健康です」
「そうか?なら……いいが」
ほら、ソフィア様の従者のアラン様に心配されたのも主様のせいです。
「証拠と言いますが……見たところ、私の使っているインクとは違うようですが?」
「はっ?そんな筈はないだろ。なぁ、アリア嬢」
「あ、あたりまですわ!ロレンツォ様!きっとソフィアが苦し紛れに嘘をついたのですわ、なんって見苦しい!」
苦し紛れも、見苦しいのもお前だよ。インクが違うと言われて目を泳がせているし、これが嘘だと分からないのは精々余程のお人好しか、今世紀希に見る大馬鹿だろう。
「だそうだ、ソフィア嬢。いい加減観念したらどうだ?」
オーnoー。いましたよ、こ・こ・に。
もう、なんなの主様。今日キレッキレッじゃない?無論、馬鹿加減が。ほら、ソフィア様とアレン様に続き周りの貴族達も頭を痛そうにため息を吐いていますよ。気づけよ。
「ロレン様」
「ん、イザベルなんだ?」
面倒だ。物凄く、面倒極まりない。「貴女急になに!?従者の癖に主人の会話に口を挟むなんって!」とか「ちょと可愛いからって、礼儀がなってないんじゃない!」とか聞こえませんよ。えぇ、そんな害虫の軋み声など私の耳には生憎と言語が違うので入りません。
害虫はどうでもいいが、会場中の視線が私に集中して今すぐにでも、失礼しましたと去りたい。去って仕舞いたい。そうできれば、どれ程良いのだろうか。人の視線なんって私からすれば恐怖でしかない。あぁ、嫌だ、嫌だ。
だが、そんな選択はこの主様の従者に成った時点で棄てる事にした。なら、私がする事は一つ。口で言っても伝わない馬鹿に分からせるには方法は昔から決まっている。
「歯をくいしばって下さい」
「えっ?」
戒めである。
ぽっかした主を戒めるのが従者の仕事。なら私のこの行動はなんら間違っていない。会場の呆気に包まれた雰囲気やソフィア様の目を見開いた顔に、害虫のあり得ないモノを見る顔。様々な顔に共通して言える事は驚きだろう。本来私を直ぐに捉えるべきである会場の兵までもが固まっている。
しかし、そんな事はどうでもいい。私にとっての最重要の優先は主様お一人。
「なっ、へっ?い、いざべる……?」
「……間違ってますよ、ロレン様。ソフィア様は虐めなどなさっておりません。全て、害……アリア様の虚言でございます。そして、ソフィア様はかねてよりアリア様が他の令嬢を虐めた証拠を持っております。そして私も独自に調べておりましたが、虐めとは呼べないような残酷な事まで……」
「なっ、待って待って!そ、それでは私が騙されていたことになるではないか!」
「事実、そうでございます」
赤くなった頬に手を当て、潤んだ瞳で見上げ、嘘だと言ってくれと目線で訴えても私が首を立てに振ることはない。昔からである。この方は人を疑う事をせず酷く騙されやすい。いくら助言してもいくら同じ目にあっても性格は直らないものだ。
王族なら、人を疑って当然なのだ。そうしなければ、建前やムカムカする愚痴や、他者の足を引っ張り陥れようとする嘘が溢れた貴族社会では生きていけない。
だから、ロレンツォ・ニル・リードリフ・バットリックは王族兄弟の中でも落ちこぼれだ。名君と呼ばれる現王ニルクスの兄二人に劣る出来損ないの愚息子。それが貴族どものロレン様の評価だ。
「学園に通う生徒に対する盗み、虐め、による精神的苦痛に学園を去る生徒もいました。そして、それだけに飽きたらず卑しい者どもを雇い馬車を襲うように指示したようで、一生消えない傷を負わされた者もいるようです」
「ちょ、ちょとあんた!何なのよ、従者の癖に偉そうに!」
「これは貴族であれ刑罰が下されて当然でございます。それに襲った中には聖女であるソフィア様も含まれておりました」
「私の話を聞きなさいよ!ふざけんじゃ無いわよ、証拠があるの!」
「証拠なら捕らえた賊が貴女が指示を出したと自白しまし、その契約書も見つかっております。虐めも数々の令嬢が貴女にと口を揃えて言っております」
「う、嘘よ!全部嘘!ロレンツォ様、こんな従者罰して下さいませ!」
現王が見初めて側妻に加えられた女との子供、それがロレン様であり人ではない。いや正確に言うならば半人間だ。どうやら、側妻は祖母か祖父かまたは先祖が精霊であったようで、彼女は精霊の血を継いでいたが殆ど人間と変わらなかった。
それが、神の悪戯か悪魔の仕業かロレン様の代で血が濃く現れた。先祖帰りと言うやつだ。
故に、精霊の美しさを彼は受け継いでおり、雪の様な白銀の髪に海の深さを詰めこんだ様な瑠璃色の瞳。儚き花の脆さと優雅さを思わすそんなお方だ。一見すると女性と見間違うだろうとっ言うか大抵初見では女性と勘違いする方が多数派だ。
しかし、彼の性格は外見と反して、傲慢で自信家で極度の負けず嫌いで兄二人に劣等感を抱いている。産まれた頃より、優秀な兄に比較されそのまま育てば当然、性格は歪むに決まっている。が、ロレン様はそう吐き気を覚える様な──害虫ではない。
だが、やはり思い込みが激しいのは直して頂きたく思うのだが、素直に感謝を言えないのも、傲慢で偉そうなのも、自分勝手で手がかかる天の邪鬼なのも────私にはそれが堪らなく好ましく感じてしまっている。
我ながら終わっていると思う。でも、それでいいとも思うのだ。恩人に恩を返すのにそう大層な理由は不要であり、救われたから尽くすのに理論目いたモノは要らない。
私がそうしたいから、そうするのだ。
「兵も兵よ、この高貴な場に相応しくない者を、早く捕らえなさいよ!何してるの早く!」
だがだ、そんな私の主様に害虫が付くのは不快極まりない。
少々自由過ぎるロレン様の手綱を持てるのは、きっと聖女であり人間の中では中々の人格者であるソフィア様だけだろうと私は思った。
だから、乗り気ではないソフィア様や頭を下げるのも顔を見るのも嫌な現王にも媚を売ったり、元同僚であるアレン様にも頼んだりした。そうして、苦労して婚姻に乗り付けたと言うのにこんなヤツのせいで"おじゃん"である。
あぁ、そうだよ、コイツのせいでコイツの──筋肉何って殆ど無い細腕や首は容易に折れるだろう。胴に爪を立てれば綺麗に朱と宝石が舞い、噛み砕けば跡形もなく消えてくれる筈だ、ってかコレいない方がいいよな?
「イザベル」
「は、はい、何でしょうかロレン様。私を罰しますか?貴方様がそう望まれるのでしたら私は今すぐ肉片にでもなりますが?」
「不要だろ。第一私がそうするとなど全く思ってもないだろう」
「いえ、馬鹿な主様ならそれも有るのでは無いかと思いましてね。それに今は私に話かけるよりもソフィア様にさっさっと頭を下げて詫びを入れるのが、最優先ではないかと愚考します」
「くっ、お前……少しは私を敬ったらどうなのだ?」
「敬っておりますとも、そりゃあもうかなり。ですのでさっさと謝って下さい、それもまだ戒めが足りませんか?」
そう拳を前に出せばロレン様はさっと顔を背け、ソフィア様の方に向く。我が儘で素直ではない方で、勘違いされがちだが自身が悪いと分かった事は素直に認める。
貴族なら普通はのらりくらりと誤魔化すのが大半で、自身の失態を揉み消そうとするのだが、彼はそれをしない。とっ言うかこの場合、そこまで後先を考えて無いだけだろうが。
「ソフィア嬢、すまなかった」
「えっ!……はい」
「ソフィア様、この様な形になってしまい、実に申し訳ございません」
ソフィア様が、あり得ない様な顔でロレン様を凝視している。まぁ、そうだろうな。普段の彼の態度しか知らねば、この馬鹿主様が頭を下げる姿など想像できようか。
だが、確かにそれは正しい。何故ならこうして頭を、下げてはいるがこの人は多分あまり事の重大さを理解していない。その証拠に自身の非とを認めても、拳を振るわせて嫌々下げますよ、下げればいいんでしょ、っと謝っている感じだ。
しかし、形だけでも謝る事が出来るようになったのだ。私が仕えだした頃から比べれば素晴らしい成長だと言えよう。なら……
「!?……何故お前まで頭を下げる」
「主様の馬鹿をお止めするのが従者の仕事でございます。それが私には出来ませんでしたので。……ソフィア様、私の可能な範囲で何でも致します。ですので……どうか、ロレン様をお許しになっては下さいませんか?」
全力で庇い、無理なら一緒に愚道を歩みましょう。
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