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恋の終わり
閑話 交わらぬ未来に咲く薔薇
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私ジュリアは東屋におります。どうか、お父様に勘付かれる前に早くいらっしゃいませ……。
胸元に挿していた1輪の白い薔薇を取り、そっと口付けた。ロミウス様、あなたにこの想いが届きますように。その時、小さな羽音と共に、硬い靴音が響き私は期待の眼差しを向けた。手すりに舞い降りた1羽の白い鳥、東屋の階段を登る愛しい方。
「ロミウス様!」と私は手を差し伸ばした。
ロミウス様は私の手に口付けると「本当に来てくださるとは……」と柔らかくベンチに腰掛けた。
私はキュッと眉根を寄せ「こちらに来るよう、お手紙をくださったのはロミウス様でしょう? 私を待たせるなんて、酷いお方だわ」とロミウス様の手を取りました。「ねえ、私はフランス語のお稽古中にあなたからのお手紙を受け取ったのよ。あなたのお名前ではなかったけれど、筆跡を見た時すぐに分かりましたわ。だからお稽古が終わってすぐにここに参りましたのに」
ロミウス様は「申し訳ありません、ジュリア様」と眉尻を下げられました。
私はふると頭を振りました。あなたに謝ってほしくて言ったことではないわ。5月の終わりらしい緩やかな風に運ばれ、花園から薔薇の香りが漂う。薔薇の香りから私の心の内を明かすための力を借りましょう。
「ロミウス様。謝っていては、時が早く流れてしまうわ。私、ばあやの目を盗んで来たもの。あなた、ティレアヌス派なのでしょ?」
ロミウスは「はい。やはりお嫌ですか?」と顔を強張らせた。
ですが彼の目からはティレアヌス派であることは変えない、という強い意思が見え隠れしていた。先月の私の誕生日、ロミウス様に心を寄せるようになる夜からひと月と10日。ロミウス様が「私はティレアヌス派の貴族」であると告白なさった。故に彼の出自を調べた。お母様にもばあやにも知られぬように……。彼は表向き亡きパース伯爵の子息ということとなっていたけれど、実はロミウス様にとって亡きパース伯爵は外戚の1人であった。ロミウス様の実の父君を調べるのは難儀でしたが、ローレンス家出身の女通訳官の助力を得たことにより調べ物は驚くほど捗るようになった。
涼やかなミントの香りに、心が温かくなった。私はほぅと息を吐いた。
「ロミウス様。あなたのお父君は旧ティレアヌス王国公爵家の血を継ぐことから、かつてティレアヌス派から新国王として担ぎ上げられ、お祖父……アルヴェリオス3世によって処された方なのでしょう」
ロミウス様のお顔がピクリと動きました。逆鱗に触れられたが、堪らえようとしているかのように。ロミウス様、私は悩んでおりますの。あなたへの愛を断つべきなのか、この愛を抱えたまま生きるべきなのか……。その判断材料の1つとして、知りたいのです。
「ロミウス様……、私はあなたをお慕い申し上げております」
ロミウス様は「私もあなたを……ジュリア様を愛しております。心の底から……」とか細く声を震わせた。
「あなたの実父があのような亡くなり方をされたのに、なぜあなた方はまた新たな者を担ぎ上げようとなされていたのですか?」
「ハイド伯爵夫人のことなら、あれはティレアヌス派の若者らの独断による暴走の結果だ」とロミウス様は嘘偽りのないであろう目で私を見た。
「暴走によるものなのですか? それならなぜ、あなたはハイド伯爵夫人の身辺を探られていたのですか?」と私は疑念の目を向けた。
「若者らが彼女を新女王にと騒いだ末に処されたのなら調べておきたいものでは?」
私は目を伏せ「情に篤い方ですのね、あなたは」と微笑んだ。「ロミウス様。ティレアヌスの方は信仰に篤い方が多いと伺ったのですが、あなたはいかがなのでしょうか?」
ロミウス様は「僕も信仰を大事にするよう心がけてはいますが、ティレアヌス在住の若者ほどではありません」と表情を明るくした。
「私も教養として聖書を読んだことはありますが、あなたはどのように聖書を読むのでしょうか?」
「どのように読む? ええと、そのようなことを聞かれましても……」とロミウス様は戸惑ったように目を泳がせた。
日が沈み始め、私は西の方を見た。庭園に咲く赤いアネモネが夕陽のように静かにほどけて行く。私はゆっくりと目を伏せ、微笑んだ。あとひと月と少しで私はヴァロワール共和国へ嫁がなくてはならないの。今、私の前にいらっしゃる愛おしい方とは2度と相見えることはないのでしょう。だけど、今だけはあなたのことを知りたい。
「ロミウス様、信仰とはどのようなものなのでしょうか?」
ロミウス様は考えるように眉を顰め「暗闇の中の光ですかね?」と答えた。
「暗闇の中の……?」と私は戸惑った。
ロミウス様は「日が暮れるので、ジュリア様。戻らなくてはいけないのでは?」と伸ばしかけた自身の手を引いた。
私は「そうね……」と胸元を抑えた。「あの、ロミウス様。あなたはどのような子どもでしたの?」と立ち上がった。
「子どもだった頃の僕はとても無邪気だったと思いますよ。突然いなくなった父のことを詳しくは知らされず、養父母に可愛がられて育ちましたので。ジュリア様、あなたは?」とロミウス様は私に手を差し伸ばした。
「幼かったころの私は体が弱く、あまり外に出られないまま育ちましたの。お母様を何度も何度も心配させてしまいました」とロミウス様の手を取った。
日が沈みゆく中、ロミウス様と私の眼差しが交差した。私が進まくてはいけない道とロミウス様が進まれる道、2つの道が重なることはない。
だれど、聖書を読むことで、ティレアヌスの歴史を学ぶことで、あなたのことを知ることは出来ないかしら? たとえ未来を共に歩めなくとも、あなたの心の在り処を知っていたい。それは、罪なのでしょうか……。
胸元に挿していた1輪の白い薔薇を取り、そっと口付けた。ロミウス様、あなたにこの想いが届きますように。その時、小さな羽音と共に、硬い靴音が響き私は期待の眼差しを向けた。手すりに舞い降りた1羽の白い鳥、東屋の階段を登る愛しい方。
「ロミウス様!」と私は手を差し伸ばした。
ロミウス様は私の手に口付けると「本当に来てくださるとは……」と柔らかくベンチに腰掛けた。
私はキュッと眉根を寄せ「こちらに来るよう、お手紙をくださったのはロミウス様でしょう? 私を待たせるなんて、酷いお方だわ」とロミウス様の手を取りました。「ねえ、私はフランス語のお稽古中にあなたからのお手紙を受け取ったのよ。あなたのお名前ではなかったけれど、筆跡を見た時すぐに分かりましたわ。だからお稽古が終わってすぐにここに参りましたのに」
ロミウス様は「申し訳ありません、ジュリア様」と眉尻を下げられました。
私はふると頭を振りました。あなたに謝ってほしくて言ったことではないわ。5月の終わりらしい緩やかな風に運ばれ、花園から薔薇の香りが漂う。薔薇の香りから私の心の内を明かすための力を借りましょう。
「ロミウス様。謝っていては、時が早く流れてしまうわ。私、ばあやの目を盗んで来たもの。あなた、ティレアヌス派なのでしょ?」
ロミウスは「はい。やはりお嫌ですか?」と顔を強張らせた。
ですが彼の目からはティレアヌス派であることは変えない、という強い意思が見え隠れしていた。先月の私の誕生日、ロミウス様に心を寄せるようになる夜からひと月と10日。ロミウス様が「私はティレアヌス派の貴族」であると告白なさった。故に彼の出自を調べた。お母様にもばあやにも知られぬように……。彼は表向き亡きパース伯爵の子息ということとなっていたけれど、実はロミウス様にとって亡きパース伯爵は外戚の1人であった。ロミウス様の実の父君を調べるのは難儀でしたが、ローレンス家出身の女通訳官の助力を得たことにより調べ物は驚くほど捗るようになった。
涼やかなミントの香りに、心が温かくなった。私はほぅと息を吐いた。
「ロミウス様。あなたのお父君は旧ティレアヌス王国公爵家の血を継ぐことから、かつてティレアヌス派から新国王として担ぎ上げられ、お祖父……アルヴェリオス3世によって処された方なのでしょう」
ロミウス様のお顔がピクリと動きました。逆鱗に触れられたが、堪らえようとしているかのように。ロミウス様、私は悩んでおりますの。あなたへの愛を断つべきなのか、この愛を抱えたまま生きるべきなのか……。その判断材料の1つとして、知りたいのです。
「ロミウス様……、私はあなたをお慕い申し上げております」
ロミウス様は「私もあなたを……ジュリア様を愛しております。心の底から……」とか細く声を震わせた。
「あなたの実父があのような亡くなり方をされたのに、なぜあなた方はまた新たな者を担ぎ上げようとなされていたのですか?」
「ハイド伯爵夫人のことなら、あれはティレアヌス派の若者らの独断による暴走の結果だ」とロミウス様は嘘偽りのないであろう目で私を見た。
「暴走によるものなのですか? それならなぜ、あなたはハイド伯爵夫人の身辺を探られていたのですか?」と私は疑念の目を向けた。
「若者らが彼女を新女王にと騒いだ末に処されたのなら調べておきたいものでは?」
私は目を伏せ「情に篤い方ですのね、あなたは」と微笑んだ。「ロミウス様。ティレアヌスの方は信仰に篤い方が多いと伺ったのですが、あなたはいかがなのでしょうか?」
ロミウス様は「僕も信仰を大事にするよう心がけてはいますが、ティレアヌス在住の若者ほどではありません」と表情を明るくした。
「私も教養として聖書を読んだことはありますが、あなたはどのように聖書を読むのでしょうか?」
「どのように読む? ええと、そのようなことを聞かれましても……」とロミウス様は戸惑ったように目を泳がせた。
日が沈み始め、私は西の方を見た。庭園に咲く赤いアネモネが夕陽のように静かにほどけて行く。私はゆっくりと目を伏せ、微笑んだ。あとひと月と少しで私はヴァロワール共和国へ嫁がなくてはならないの。今、私の前にいらっしゃる愛おしい方とは2度と相見えることはないのでしょう。だけど、今だけはあなたのことを知りたい。
「ロミウス様、信仰とはどのようなものなのでしょうか?」
ロミウス様は考えるように眉を顰め「暗闇の中の光ですかね?」と答えた。
「暗闇の中の……?」と私は戸惑った。
ロミウス様は「日が暮れるので、ジュリア様。戻らなくてはいけないのでは?」と伸ばしかけた自身の手を引いた。
私は「そうね……」と胸元を抑えた。「あの、ロミウス様。あなたはどのような子どもでしたの?」と立ち上がった。
「子どもだった頃の僕はとても無邪気だったと思いますよ。突然いなくなった父のことを詳しくは知らされず、養父母に可愛がられて育ちましたので。ジュリア様、あなたは?」とロミウス様は私に手を差し伸ばした。
「幼かったころの私は体が弱く、あまり外に出られないまま育ちましたの。お母様を何度も何度も心配させてしまいました」とロミウス様の手を取った。
日が沈みゆく中、ロミウス様と私の眼差しが交差した。私が進まくてはいけない道とロミウス様が進まれる道、2つの道が重なることはない。
だれど、聖書を読むことで、ティレアヌスの歴史を学ぶことで、あなたのことを知ることは出来ないかしら? たとえ未来を共に歩めなくとも、あなたの心の在り処を知っていたい。それは、罪なのでしょうか……。
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