はずれものの恋、ユーラシアのはぐれ島で

アイザッカ

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恋の終わり

花が落ちる夜に

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 明美は失望の息を吐いた。ここ一ヶ月、ヨハネス様に避けられていた。今日、第7王子の婚約を祝う舞踏会へ連れられたと思えば必要最低限の会話のみ。
 私は踊る人々の波に紛れ、庭園へ出た。6月らしい春の風が頬に当たり、私はホッとした。妊婦に人混みはキツイ。満月が輝く中、私は東屋へ向かった。涼しいところに座りたいから。悪阻のピークも過ぎて、楽になりつつあるけどしんどい。ゆっくりと庭園の迷路を進むと、東屋の1つを見つけた。残念ながら先客がいたけど、顔を見てびっくり。ジュリア王女とパース子爵だった。婚約者がいらっしゃるジュリア王女と、ティレアヌス派のパース子爵がデート? しかもジュリア王女は目元をそっとハンカチで拭っている。
 私は踵を返し、2つ目の東屋を探しに行こうとした。

 その時、ジュリア王女が立ち上がり「ハイド伯爵夫人? こちらにどうぞ」と呼び止められた。
 私は振り返り「え? なぜ?」と首を傾げた。いくら私でも恋人同士の邪魔をするほど馬鹿じゃない。

 ジュリア王女は手に持っていたピンクの花を置き、ベンチから立ち上がった。月明かりに照らされながら、優美に階段を降りた。

 彼女は「小耳に挟みましたの。懐妊なさっているのでしょう?」と私に囁いた。「もしその話が本当ならこれは命令です。懐妊なさっている婦人が夜風に当たりながら歩き回ってはいけません」

 どこからその話が漏れたんだろう? まさかヨハネス様がペラペラそんなこと話すわけないし。
 私は顔を微かに引き攣らせながら「ありがとう存じます」と東屋のベンチに腰掛けた。なるべくジュリア王女からもパース子爵からも離れた場所に。パース子爵と目が合った。気まずい。私はふっと顔を逸らした。ジュリア王女を見るのも気まずいから、月を見た。
 
 ジュリア王女が「ハイド伯爵夫人。あなたはいかがお考えですか? なぜ神様は結ばれる定めにはない男女の間に愛を置かれるのでしょうか?」と言った。
「え?」と私は首を傾げた。

 パース子爵は身を強張らせた。ジュリア王女は真剣な眼差しを私に向けたまま、パース子爵の手に触れた。ジュリア王女はヴァロワール大使の子息と婚約中で、来月には嫁ぐ予定だ。どういうキッカケでジュリア王女とパース子爵が恋仲なのかは知らないけれど……。なぜ神様は結ばれる定めにない男女の間に愛を置かれるか、か……。難しい話。

「申し訳ありません、ジュリア王女。分かりかねます」と首を横に振った。
 パース子爵は「ではハイド伯爵夫人。あなたはハイド伯爵についていかがお考えですか? 恐らくあなたはハイド伯爵を愛してはいらっしゃらないのでしょう?」と私の左手と腹部を交互に見た。

 もしや、パース子爵も私が妊娠してることに勘づいているのかな? ドレスのウエストの切り替えがいつもよりかなり低い位置にあるから?
 
 私は「去年の夏頃であれば相手のために何かをしたいと感じるかどうか、と答えたかもしれませんが……」と首を傾げた。
 パース子爵は「何かをしたいと感じるかどうか……か」と呟いた。「今であれば? 18歳の答えと19歳の答えは違うのでは?」
 ジュリア王女は目を見開き「ハイド伯爵夫人は19歳なのですか?」と身を乗り出した。
「ええ。驚くことなのかは存じ上げませんが」と首を傾げた。
 ジュリア王女は微笑み「あまりにお美しい方なので、もう少しお若い方だと考えておりました」と眉尻を下げた。
 私は苦笑し「愛についてですが、今ならそう答えないと思います」と話をズラした。

 愛について……。
 私はヨハネス様を愛しているのかな? 2、3ヶ月くらい前なら「愛している」と答えたかも。だけど今はヨハネス様についてよく分からない。前もそうだったけど、時々あの人の考えていることが分からないし、信じられない。
 私は息を吸い月を一瞥した。無意識のうちに腹に手が伸びていたことに気づいた。あぁ、だからパース子爵は私が妊娠していることに気づいたのか。

「今なら相手を如何なる時も信じられるか、と答えるでしょうね」と微笑んでみせた。
 ジュリア王女は「信じられるかどうか?」とパース子爵を見つめた。

 ジュリア王女は考えるようにベンチに置いてあった芍薬を取った。パース子爵の眼差しはジュリア王女に向けられている。あーあ、完全に2人だけの世界だ。

 ジュリア王女は「私はあなたを信じます、ロミウス様」と祈るように呟いた。
 パース子爵は「私もあなたを信じます、ジュリア様」と縋るように呟いた。
 ジュリア王女は「私はあなたのために何ができるのかしら? こんなにも愛しているのに」と目を潤ませた。

 甘ったるくて胸焼けがする。どうしよう。今、東屋を出てもいいよね? 人のラブシーンにお邪魔するほど私は馬鹿じゃない。だから……。
 
 パース子爵は「嫁ぐあなたのために私は何ができるのでしょう? いっそあなた様が私を忘れてしまえば、何の心残りもなくヴァロワール共和国へ行けるでしょうか?」とジュリア王女の指先に口付けた。
 ジュリア王女は「この愛が許されるのなら、私はすべてをあなたに、いえ神様に捧げたって惜しくはないわ。王女としての地位も、財産も、お父様とお祖父様のご威光も」と恍惚とした視線を月に向けた。
 私はうんざりとした気分のまま「なら、全部捨てて逃げちゃえばいいのに」と呟いた。

 一輪の芍薬が地に落ちた。ピンクの花びらがはらりハラリと落ちていく。ジュリア王女は震える指先を見つめた。婚約指輪が月によりハラリと輝く。私は言葉を繋ごうとしたが、震える唇は一言も紡がない。一陣の風により花びらが宙を舞う。ひらりヒラリと花びらが舞い、やがて夜空に向け東屋から姿を消した。パース子爵はそっと自身の手から指輪を抜き取った。

「ジュリア王女。私と共に来てくださいませんか? 婚約からも国王陛下からも逃げ、私と共に来てください」とパース子爵は震える手を差し出した。手の中で赤い宝石が光を受け輝く。
 ジュリア王女は「あなたと共に? 王家を捨て、王族としての責務も捨て、あなたと共に……」と目を上げた。「私がすべてを捨てた時、あなたは何を私にくださいますか? 私と同じだけの愛を私に捧げてくださいますか?」
 
 パース子爵は口を小さく開けたまま月を見た。それから南の方を見た。南の方には平民街が、遥か南にはティレアヌスがある。彼は天秤に掛けているのだろうか? 自身の手の内にあるものの内捨てられるものとジュリア王女とを。パース子爵は心を決めたように指輪を握りしめた。さっきとは違う指輪だ。

「ジュリア様。これはかつて父の指輪でした。父がティレアヌスの王となることを承諾するためにつけていた指輪でした。ほら、簡素でしょう?」と再び指輪を差し出した。パース子爵は諦めたように笑い「誰もこの指輪の意味を知らなかったため、遺品として養父が僕に渡してくれました。これは僕にとって、ティレアヌスと僕を繋ぐものだった。けれど、この指輪をあなたに捧げましょう」とパース子爵はジュリア王女の手に細い指輪を置いた。

 ジュリア王女は何も言わず微笑み、細い指輪をパース子爵の手に返した。パース子爵の表情が悲しげに歪んだ。ジュリア王女は自身の手から指輪を抜き取った。婚約指輪とは違う、小粒の青い宝石がついた指輪だ。

 ジュリア王女は「私の指につけてくださらない? そうするものでしょう?」と微笑んだ。ふ、と表情を正し「夫婦は」と低く呟いた。

 パース子爵は指輪を握りしめた。

 それからパース子爵は「ハイド伯爵夫人。申し訳ありませんが、立ち会っていただけませんか?」と私を見た。
 ジュリア王女は「お願いいたします、ハイド伯爵夫人。ただ、いてくださるだけで良いので」と微笑んだ。

 一応、この人王女なんだよね。私は無理やり頷いた。パース子爵はホッとしたように私に指輪を預けた。とりあえず指輪を絹のハンカチに包んでおいた。ジュリア王女もおずおずと指輪を差し出してきたので、微笑んでから預かった。パース子爵は両手でジュリア王女の手を取った。

「ジュリア・ド・ゴーディラック様。私ロミウス・テオフィル・ルシアン・ド・パースはあなたを妻とします。健やかなる時も、病める時も。喜びの時も、悲しみの時も。富める時も、貧しい時も。あなたを愛し、敬い、慰め合い、共に助け合い……この命ある限りあなたに真心を尽くすことを誓います」とパース子爵は直ぐな眼差しのまま誓いの言葉を紡いだ。

 パース子爵は私のハンカチから細い指輪を取った。震える手先でジュリア王女の左手の薬指に指輪をはめた。彼女の瞳が嬉しそうに緩んだ。長いまつ毛が青い瞳を覆い隠した後、ジュリア王女は表情を引き締めた。

「ロミウス・ド・パース様。私ジュリア・マリア・エルヴィア・リヴィア・ド・ゴーディラックはあなたの妻となります。健やかなる時も、病める時も。喜びの時も、悲しみの時も。富める時も……貧しい時も。あなたを愛し、敬い、慰め合い、共に助け合い、この命ある限りあなたに真心を尽くすことを誓います」と風鈴のように愛らしく涼しげな声が響く。

 ジュリア王女は小さくお礼を言ってから私のハンカチから指輪を取り、パース子爵の薬指にはめた。

 パース子爵は低く「死が2人を分かつまで」と呟いた。
 ジュリア王女は「いつ逃げればいいのかしら?」と王宮を見た。

 役目を終えた私は東屋からそそくさと逃げた。迷路庭園を歩いていると、ろうそくを持ったまま歩いているアーサー様が見えた。ホッとした私は思わず駆け寄った。

 アーサー様はギョッとした顔で「走らないでください! 今のお体で」と私の体を抱きとめた。パッと私の体を離し「一体どちらに? 閣下が心配なさっていましたよ」と私が来た方向を見た。

 幸いなことに東屋から離れているから、どこにいたかは黙ってればバレないかも。それより……。私は首を傾げた。

「ヨハネス様が心配なさっていたの?」
「それはもちろん」
「無視されていたのに?」と私は唇を震わせた。それからキッと顔を上げた。「アーサー様。ご協力をお願いしてもいいかしら? 私が侍女になりすましてヴァロワールへ向かうまであと20日。それまでにヨハネス様とお話する機会が欲しいの」
 アーサー様は「できればお2人で、ですか?」と小さく笑った。
「ええ。お願い。このまますれ違ったまま別れるのは嫌よ」と私は上目遣いのままニヤリと笑った。
 アーサー様は「そうですね。僕1人で閣下を説得するのは厳しいでしょうから、マカレナにも頼みますか。できれば父上にも協力を要請して……」と片眉を上げた。

 アーサー様は私の手を取り肘に掛けると王宮へ向かって歩き始めた。
 
「フリーダにも頼んじゃう?」と私は歩きながらアーサー様の顔を覗き込んだ。
「それはそれは、閣下は絶対に逆らえないでしょうね。そうだ、仮病を使えば一発でいらっしゃいますよ。なんだかんだで情の篤い方ですから」とアーサー様はふっと笑った。
「それはちょっと……。仮病とはいえ、言ってしまったら本当になりそうで嫌じゃない? 特に今はなるべく体調を崩したくないもの」と私は腹に手を当てた。守りたいもん。
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