こんな世界で生きなきゃいけないなんて、死んじまえ自分

神永 遙麦

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こんな世界で生きなきゃいけないなんて、死んじまえ自分

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 こんな世界で生きなきゃいけないなんて、死んじまえ自分。
 両親の争う声を両手で塞ぎながら、小さかった僕は初めて呪いの言葉を吐いた。

 金の使い方も分かんないとか、死んじまえ自分。
 1月も終わった頃、すっからかんの財布を虚しく眺めながら、僕は再び呪いの言葉を吐いた。

 あぐら鼻一重瞼ニキビ面の不細工とか、死んじまえ自分。
 中学生になったころ、鏡を見ながら僕は呪いの言葉を吐いた。

 親ガチャ大外れなんて、死んじまえ自分。
「淳さんが養育費払ってくれないから、大学行けないよ」と言われた時、僕はまた呪った。


 *
 自分や神に対する呪いの言葉を吐くたび、心がすり減っていくのを感じていた。
 心がすり減っていくたび、僕は自分を傷つけたくなった。傷つけるためにカッターで手首を切ろうと思った。


 利き手ですらない右手を机に置き安定させた。左手でカッターを持ち、右手首に近づけて行くとなぜか左手が震えた。

 あぁ、先に左手がやられちまったのかなぁ。

 それでも止めるわけに行かない。
 僕はぐっと左手に力を込めた。どんどん右手に近づけているつもりだが、遅々たる進みだった。
 えいや、と近づけると右手首の切ろうと思っている辺りが急に熱くなった。ドクドクと脈打つ感じがする。

 あ、やべ。母さんの足音だ!
 僕は慌ててカッターを仕舞った。

 *

 どうにか高校は卒業できそう……だけど…………。
 学校の階段の、四角に切り取られた青空しか見えない窓にぼんやりと寄りかかっていた。
 結局、進路は就職だが、就活する気力が沸かねぇ。

 校庭で野球に励んでいる坊主共が目に入った。3年が1人だけいる、アイツは推薦で東京行きだ。
 俺とアイツの違いは親ガチャに外れたがどうか。


 もし親ガチャ当たってたら、東京行って映画監督になりたかった。
 親ガチャ当たってたら、夢を打ち明けても賛成してくれるし、援助も貰える。でもどうせ俺は親に言えない、ぶち壊されるだけだ。

 本当になりたいことだったら反対されても叶えるらしいが、俺には金がない。東京で生活するための金がない。そもそも成功する保証もないし、笑い物になるたけだ。なら……。



 ハァ、と息を吐き空の茜色を眺めた。
 いいなぁ、空は。ただあるだけで有り難がられるもんな、進路とか将来の夢とか言う概念もない。
 いいなぁ、空は。俺も早く空に還りたい、一刻も早く。どうせこんな人生だ。ただ無為に働き詰めになるだけの人生。

 なら、今ここから飛び降りちまおうか。

 名案が浮かび、俺は窓枠にまず片足を掛けた。誰も気付かない。
 そういや、俺なんで死にたいんだっけ?

 夢が叶わないから?
 いや、違う。何か昔から死にたかったよな、俺。
 不細工だから、は中学生の頃。親の喧嘩も小学生の頃。
 何でそれくらいで死にたくなるんだ、俺?
 それくらい、大人から見りゃ軽いこと。でも大人でも子どもでもない俺にとっちゃ……。
 そっか、何でもかんでも真面目に見過ぎたんか。

 不真面目に見りゃ、親が喧嘩してるんなら、さっさと離婚してもらって万歳三唱だ。不細工なんだって、成人してから整形、親なんか関係ない。

 俺は右手左手の指先を重ね、今度は自分で空を切り取った。

 仕舞いには、走り出す様を撮ってやる。
 こんな世界で生きていかなきゃならないんだ。多少、不真面目に生きてもいいだろ。

 俺の手に閉じ込めた紺に変わった空は一番星を秘めていた。
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