金の滴

藤島紫

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紅茶の天使と 珈琲の魔王

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 大天使が微笑んでいる。まるで絵画のような美しさだ。
 騒々しい鳥の囀りがなければ、絵画の世界に取り込まれた気持ちになっていただろう。
 光を受けて輝くプラチナブロンドの髪、白磁の頬に落ちるまつ毛の影。碧色の瞳は磨き上げた宝石よりも美しく煌めいている。
 弊社の大天使は今日も美しい。

「華子さん、――、――」

 黒尽くめの魔王が何か言っているが、鳥の囀りに遮られて聞こえない。
 雑音はまとめてカットすべきだ。美しい大天使を見つめるのに私は忙しい。
 天使の白く形のいい指先が、ティーポットの蓋を摘む。
 人差し指と中指の間に包まれた小さな摘みが羨ましい。

「華子さんっ! 鼻血が出ていますよ!」

 無粋な言葉を吐いたのは魔王だ。
 真っ黒の長い前髪を払い、私を見る魔王の双眼はやはり黒い。平均的な日本人の瞳の色より黒が濃いように思う。真っ黒なバリスタスタイルと相まって魔王らしさ倍増だ。
 メガネをかけて印象を和らげようとしているらしいが、私は誤魔化されない。冷たく鋭い目は珈琲界の魔王と呼ばれるにふさわしい容貌をしている。
 すなわち、アピアランスは高いが冷たくて怖そう、という意味だ。

「これは感動の涙です!」

 私はハンカチで鼻を押さえて魔王を睨んだ。
 声を張り上げたのは、先ほどから続く鳥の声のせいだ。
力いっぱいにらみつけたにもかかわらず、魔王はやさしく微笑んだ。冗談ではない。からかいの言葉を返される方がましだ。
 できることなら鳥の声と一緒に魔王をシャットアウトしたいが、それは不可能だ。
 撮影の最中に被写体の片方を放り出せない。
 せめて鳥の声をどうにかしたいが、どこから聞こえるのかわからない以上、手の打ちようがない。
 少なくとも、窓の外に鳥の姿はない。
 天使には鳥のさえずりが似合うが、限度がある。声を張り上げなければ聞こえないレベルは騒音だ。

「鳥、どこにいるのよ……」

 窓の外を確認しようと撮影から目をそらした時だった。

「斎藤さん、椅子、持ってきましたよ」

 突然、耳に低い声が飛び込んできた。
 喉元まで出かかった悲鳴を抑えて振り向くと、店長の友岡が立っている。
 ロマンスグレーの髪を短く刈り込んだ友岡が、気づかわしそうに私を見ていた。

「すみません、驚かせてしまって!」

 今度は声を大きくして話しかけてきた。相変わらず鳥の声が騒々しい。

「これ、使ってください!」
「ありがとうございます!」

 撮影の邪魔にならないよう気遣いつつ、大きな声で答えて椅子を見る。二脚の椅子が並んでいる。
 自分と私の分だろう。手で椅子を示してにこにこしている。
 目が合うとウインクしてきた。やんちゃで人懐こい印象を与えるしぐさだ。
 女性に椅子をすすめながら、ウインクとは。彼の面接をした人事課の女性職員が興奮気味に押してきた気持ちが分かる。
 しかし、並んだ椅子の距離が近い。
 これでは二人とも座った時に肩がぶつかる。
 私は彼に微笑みかけつつ、椅子を数センチずらした。



2022/01/04、06修正
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