金の滴

藤島紫

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紅茶の天使と 珈琲の魔王3

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「華子君!」

 気持ちを新たにしていると、ミッシェル様が私を呼んだ。
 流石ミッシェル様。偶然にしてもタイミングがいい。

「客席、撮れそうなところあるかな!」

 カメラマンとミッシェル様がこちらを見ている。諏訪乃は私が返事をする前に客席に向かった。
 建物の工事は終わっているが、内装はこれからだ。建材の輸送が遅れたため、一カ月もこのままになっている。
 当然、オープンも遅れることになるが、被害はできるだけ小さくしたい。
 内装が済んでいないのに、撮影を先にしているのには、そういう事情もある。
 幸い、キッチン周りと外観は工事が終わっているので場所を選べば撮影は可能だ。
だが客席はテーブルすらない。
 がらんとした空間には、工具や段ボールなどが散乱している。
 諏訪乃が段ボールや工具をずらしてスペースを作っている。私もそちらに向かった。

「椅子とテーブルは届いていますか?」

 銀縁の眼鏡越しに鋭い目が私をとらえた。
 やはり魔王だ。意地が悪い。

「あるように見えますか」
「見えませんね」

 なら初めから聞くなと言いたいが、ミッシェル様の秘書が提携先の社長と喧嘩するわけにはいかない。

「何をどうしたいんですか」

 私がいた場所から撮影中の声は聞こえにくい。声を張り上げなければ騒々しい鳥の囀りに消さされる。
 それに、タイミングの悪いことに、声を掛けられる直前はミッシェル様から目をそらしていた。友岡と会話していた時間は短いが、その一瞬が悔やまれる。
 完璧な美人秘書は、指示される前に予測して準備しておくものだ。
 申し訳ない気持ちでミッシェル様を振り返ると、魔王に肩を掴まれた。

「セクハラですよ」

 わざと冷たく言うと「モラルハラスメントをご存じですか?」と返された。
 お互いにとって、これがハラスメントに該当しないと分かっているからこその茶番だ。
 足を踏みつけてやりたい気持ちを抑えつつ、諏訪乃に向き合った。

「諏訪乃社長のご要望は何でしょう?」

 にっこりと微笑んで訊ねると、諏訪乃の頬がひきつった。
 私は彼が知る昔の弱い私ではない。

「……客に提供するイメージでカップを置きたいのです。キッチンだと難しいもので」

 なるほど、と私はキッチンの作業台を思い浮かべた。ステンレスの台ではいかにも作業台という印象を与えるし、難しいのだろう。また、反射するので撮影しにくいのかもしれない。
 しかし現状、キッチン以外の場所は撮影には不向きだ。
 壁は耐震ボードがむき出しで床もブルーシートが敷いてある。

「テーブルだけ何とかなりませんか」
「テーブルだけなら」

 何とかできなくもない。
 私は庭が見える窓の前に立った。
 内装はまだだが、庭はできている。
 先ほど諏訪乃が積み上げた段ボールを窓際まで押し寄せると、ちょうどテーブルくらいの高さになった。耐震ボードも隠れている。

「助力を求めてもいいのに」

 諏訪乃のつぶやきが聞こえたが、自力で解決できることに助けは不要だ。
 私は黙って胸元のスカーフを抜き取ると、段ボールにかけた。
 真っ白な翼の天使の模様が広がる。
 思わず笑みが漏れた。目には見えずとも、ミッシェル様の背にはこのような白い翼があるに違いない。

「……華子さん?」


2022/01/07加筆修正(文字数が増えたのでページを分割しました)
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