金の滴

藤島紫

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紅茶の天使と 珈琲の魔王8

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 金属の管は音を響かせる。
 この仕組みをうまく活用したのが管楽器だ。
 とはいえ、楽器と通気管では目的が異なる。
 店内に灯りを灯し、私は内装が整う前の作業台にパイプ椅子を寄せた。
 騒音の元凶を突き止めているうちに時はすぎ、窓の外は暗い。
 日が落ちると同時に、日中の騒々しさが嘘のように静かになった。
 湯を注ぐ音すら大きく感じる。
 内装工事前の、むき出しの天井と床。寒々しく感じる空間は、小さな音を大きく響かせる。
 まして、収容人数八〇名のフロアにたった三人。
 寂しさも倍増だ。
 先ほどまで一緒だった友岡も、就業時間だからと帰った。店舗に残っているのはミッシェル様と私、諏訪乃の三人だ。
 私は、今、最もカフェ界を騒がせる天使と魔王の前にささやかな夕食を置いた。
 内装は未着手だが、店舗には電気も水道も通っている。
 贅沢を言わなければ食事を用意することも可能だ。
 私はスマートフォンのタイマーアプリを終了させ、二人に微笑みかけた。

「三分間お待たせいたしました。どうぞお召し上がりください」

 美人秘書、渾身の微笑みだ。

「ありがとう、華子くん」

 ミッシェル様の笑顔は慈愛に満ち溢れ私の心を優しい天使の羽がくすぐるようだ。
 一方、諏訪乃はまさに魔王の冷ややかさで割り箸を割った。

「まさか、新店舗で最初に食べるのがカップラーメンとは……」
「諏訪乃、高校の頃、これ好きだったよね」
「嫌いじゃない。だがそういう問題ではない」

 メガネを外した諏訪乃は、眉間に手のひらを当てて悩ましげに呟いた。

「ティーミッシェルの食事は、ヘルシーなのにうまいと評判だから期待していたのに……」

 日が落ちる前だったら、このつぶやきは鳥の声にかき消されていたに違いない。
 少し拗ねた顔でため息混じりに不平を言う諏訪乃は、光の加減か妙に色っぽい。
 そう言えばこの男、歩く公害だった。不用意に色気を垂れ流すものだから、夢中になった女性がストーカーになって殺傷騒ぎになったこともある。
 彼の魅力は接客業では強みになるわけだが、こうして改めて目の前で披露される破壊力がとんでもない。

「勉強になったよ、諏訪乃」

 ミッシェル様は食い入るように諏訪乃を見て深く頷いた。

「何がだ」

 げんなりした顔で諏訪乃はメガネを横に置いてカップラーメンを啜り出した。

「諏訪乃はカップラーメンを食べている時もかっこいいな。うむ、わたしも努力せねば」

 ぐっと拳を握り、何かを決意したかの様に力一杯割り箸をわるミッシェル様。
 途端に眉尻が下がる。

「う……」

 持ち手の上、二センチほどが片方に持っていかれている。失敗だ。
 美人秘書は上司に恥をかかせることはない。さっと箸を均等に割り、ミッシェル様のものと交換する。

「ありがとう! 華子くん!」

 この程度のことにも心からの感謝を伝えてくれるミッシェル様。やはり天使だ。
 カップラーメンを片手にしても天使の輝きは損なわれない。むしろ、カップラーメンすら輝いて見える。
 思わずうっとりしかけたが、私は慌てて首を振った。
 駄目だ、これではティーミッシェルCEOとしての威厳がない。

「ミッシェル様。キャラづくりを忘れています」

 はっとしたミッシェル様はラーメンを置くと一度立ち上がり、割り箸を憂い顔で見つめてから私の前に片膝をついた。

「君の大切な割り箸をわたしに譲ってくれたこと、感謝する。ありがとう」

 さりげなく私の手を取り、優雅にほほ笑むミッシェル様。完璧です。

「君ら、どうでもいいが静かに食べられないのか」

 諏訪乃が一際大きなため息をつく。

「でもこれは、最後の学園祭の時、諏訪乃がお客様に――」
「分かったからもう黙れ」

 ミッシェル様の記憶力と再現力の前では、諏訪乃も太刀打ちできないようだ。
 中高が一緒だったが故の厄介さだろう。
 それにしても、歯噛みする諏訪乃を見ていると、とても残念でならない。
 私が諏訪乃と出会ったのは大学の時だ。その時にはすでに『完治』した後だった。
 思春期の始まりの頃が最も罹患しやすいと聞く、ある病。万能感や勘違い、カッコつけや想像力の暴走などがよくみられる症状とインターネットで読んだ。
 私も中学生の頃に読んだ小説の影響で、異世界に転生した悪役令状に憧れたから分かる。
 鏡の前でポーズをとって、ヒロインと仲良くなるにはどうしたらいいか真剣に考えた。彼女にふるまうために紅茶の種類を覚えたことはミッシェル様にも内緒だ。

「もういい。今は確認と、今後について話し合おう」
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