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紅茶の天使と 珈琲の魔王7
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「こちら、どうぞ!」
キッチンでおでこを洗っていると、友岡がティッシュを差し出してきた。「起業に強い弁護士をお探しなら」と黄色い文字で印刷されている。安っぽいデザインだ。
「あ、すみません。こっちじゃなくて……」
私が凝視したせいか、友岡が慌ててティッシュを引っ込めようとするのを制す。
「ティッシュのほうがありがたいです!」
礼を言って受け取る。
お互いに怒鳴りあっているのはそうしないと聞こえないからだ。
鳥の声は相変わらず騒々しい。
ティッシュで額を拭って落ち着くと、今度はメイクの状態が気になった。
洗ったのは額だけだからアイメイクは問題ないだろうが、額はファンデーションが落ちている。日焼けも心配だ。
早くミッシェル様の下に戻りたいが、メイクをチェックしないままでいるのは気が引ける。
友岡の目の前でメイクを直すのも品がないし、トイレに行こうと考えた時だった。
ポケットでスマートフォンが振動した。
撮影の邪魔にならないようにバイブレーションに切り替えていたのを思い出した。実際には、消音モードにする意味はなかったのだが。
スマートフォンを取り出すと、メッセージ受信の表示が出ている。確認するとミッシェル様からWEB会議の招待だった。追加できたメッセージには店内を映してほしいと書いてある。
つまり、画像を共有しながら内と外から詳細を確認しようというのだ。
「でも、変じゃないですか。鳥の巣を見つけたんですよね?」
横から画面を覗き込んできた友岡が不思議そうに首を傾げる。
思わず画面を隠すと、姿勢を正したともおかは折り目正しく頭を下げた。
音が聞こえづらいから画面を覗き込んだのかもしれないが、ミッシェル様からのメッセージは他の誰にも見せたくないのだ。
私が、もう良いですよ、というと、友岡はゆっくり顔を上げてニコッと笑う。まるでいたずらっ子の少年のような憎めない笑顔だ。
やれやれと思いながらアプリケーションを起動すると、ミッシェル様の顔が画面いっぱいに広がった。
心臓が止まりそうになるから美の不意打ちはやめてほしい。
あまりに神々しさに打ち震えていると、画面の向こう側で諏訪乃がミッシェル様からスマートフォンを奪った。何か話しているようだが全く聞こえない。諏訪乃が顔をしかめるが、私のせいではない。むしろ、ミッシェル様のご尊顔を拝する幸せタイムを邪魔されたのだ。私が顔をしかめるべきではなかろうか。
どうせ聞こえはしないのだからと舌打ちすると、チャットがきた。
店内を映すよう指示が書かれている。
ミッシェル様は諏訪乃にスマートフォンを渡したようで、画面から見切れている。
つまり、今指示を出しているのは、ミッシェル様ではなく、諏訪乃なのだ。
拷問を受けるような気持ちで、仕方なく指示に従う。正直、無視したいが、私はミッシェル様の美人秘書だ。相手が魔王であっても天使の心で臨みたい。
諏訪乃の指示は、天井を映せというものだった。
内装の済んでいない天井は、配線やダクトなどが剥き出しでお世辞にも綺麗とは言えない。そもそもダクトを剥き出しにするデザインではないから仕方がないのだが。
銀色のダクトは巨大な蛇のように天井に伸びている。
この店舗では、コーヒーと紅茶を取り扱うため、香りが混ざらないように空調に気を遣っている。そのため通気用ダクトが縦横無尽に伸びていた。
このダクトはもちろん、におい対策だ。
一つのテーブルに両方が並んでいたら仕方がないが、そうではない場合、コーヒーと紅茶の香りが混ざったら、お客さまはがっかりする。
嗅覚と味覚には密接なつながりがあるからだ。
紅茶もコーヒーも繊細な香りを楽しむ飲み物だからこそ、混ざらないように気をつけなければならない。
香りを邪魔されたら、美味しさを感じるのは難しい。
香りも含めて『美味しい』のだから。
私はキッチンと客席の間に立ち、天井を見上げた。
キッチンからのにおいの流出を防ぐため、ここには特に大きな吸気口がある。
突然、友岡がその下で聞き耳を立てるようなしぐさをした。
「斎藤さん、鳥の声、この中から聞こえませんか!」
友岡の言う通りだった。
鳥の声は店内いたるところから聞こえるが、特に大きいのはここだ。私は頷くと、撮影中に座っていたパイプ椅子を持ってきてその上に立った。
同じタイミングで、諏訪乃からチャットが届く。吸気口から鳥の声が聞こえるか確認してほしいとあった。
美人秘書たるもの、この程度の忖度はできて当然だ。先んじて行動に移している。胸の空く思いで吸気口を映し、鳥の声が聞こえると返事を送った。
鳥の巣は外側の排気口にあった。
私は吸気口から続くダクトに目を移した。
パイプ椅子に乗っている分、ダクトにも近づいている。手を伸ばしてダクトに触れてみた。ひんやり冷たい。金属製だ。
ダクトは先ほど撮影していた作業台の上にも伸びている。
一度パイプ椅子から降りて、台の前に移動した。そして、再び椅子を使って台の上に乗った。調理をする台の上に乗るなど、本来であれば許されない。しかし、今は他に手がない。
台の上に乗り、背伸びをしてダクトに耳を近づけると、鳥の声は間違いなく内側から聞こえた。
キッチンでおでこを洗っていると、友岡がティッシュを差し出してきた。「起業に強い弁護士をお探しなら」と黄色い文字で印刷されている。安っぽいデザインだ。
「あ、すみません。こっちじゃなくて……」
私が凝視したせいか、友岡が慌ててティッシュを引っ込めようとするのを制す。
「ティッシュのほうがありがたいです!」
礼を言って受け取る。
お互いに怒鳴りあっているのはそうしないと聞こえないからだ。
鳥の声は相変わらず騒々しい。
ティッシュで額を拭って落ち着くと、今度はメイクの状態が気になった。
洗ったのは額だけだからアイメイクは問題ないだろうが、額はファンデーションが落ちている。日焼けも心配だ。
早くミッシェル様の下に戻りたいが、メイクをチェックしないままでいるのは気が引ける。
友岡の目の前でメイクを直すのも品がないし、トイレに行こうと考えた時だった。
ポケットでスマートフォンが振動した。
撮影の邪魔にならないようにバイブレーションに切り替えていたのを思い出した。実際には、消音モードにする意味はなかったのだが。
スマートフォンを取り出すと、メッセージ受信の表示が出ている。確認するとミッシェル様からWEB会議の招待だった。追加できたメッセージには店内を映してほしいと書いてある。
つまり、画像を共有しながら内と外から詳細を確認しようというのだ。
「でも、変じゃないですか。鳥の巣を見つけたんですよね?」
横から画面を覗き込んできた友岡が不思議そうに首を傾げる。
思わず画面を隠すと、姿勢を正したともおかは折り目正しく頭を下げた。
音が聞こえづらいから画面を覗き込んだのかもしれないが、ミッシェル様からのメッセージは他の誰にも見せたくないのだ。
私が、もう良いですよ、というと、友岡はゆっくり顔を上げてニコッと笑う。まるでいたずらっ子の少年のような憎めない笑顔だ。
やれやれと思いながらアプリケーションを起動すると、ミッシェル様の顔が画面いっぱいに広がった。
心臓が止まりそうになるから美の不意打ちはやめてほしい。
あまりに神々しさに打ち震えていると、画面の向こう側で諏訪乃がミッシェル様からスマートフォンを奪った。何か話しているようだが全く聞こえない。諏訪乃が顔をしかめるが、私のせいではない。むしろ、ミッシェル様のご尊顔を拝する幸せタイムを邪魔されたのだ。私が顔をしかめるべきではなかろうか。
どうせ聞こえはしないのだからと舌打ちすると、チャットがきた。
店内を映すよう指示が書かれている。
ミッシェル様は諏訪乃にスマートフォンを渡したようで、画面から見切れている。
つまり、今指示を出しているのは、ミッシェル様ではなく、諏訪乃なのだ。
拷問を受けるような気持ちで、仕方なく指示に従う。正直、無視したいが、私はミッシェル様の美人秘書だ。相手が魔王であっても天使の心で臨みたい。
諏訪乃の指示は、天井を映せというものだった。
内装の済んでいない天井は、配線やダクトなどが剥き出しでお世辞にも綺麗とは言えない。そもそもダクトを剥き出しにするデザインではないから仕方がないのだが。
銀色のダクトは巨大な蛇のように天井に伸びている。
この店舗では、コーヒーと紅茶を取り扱うため、香りが混ざらないように空調に気を遣っている。そのため通気用ダクトが縦横無尽に伸びていた。
このダクトはもちろん、におい対策だ。
一つのテーブルに両方が並んでいたら仕方がないが、そうではない場合、コーヒーと紅茶の香りが混ざったら、お客さまはがっかりする。
嗅覚と味覚には密接なつながりがあるからだ。
紅茶もコーヒーも繊細な香りを楽しむ飲み物だからこそ、混ざらないように気をつけなければならない。
香りを邪魔されたら、美味しさを感じるのは難しい。
香りも含めて『美味しい』のだから。
私はキッチンと客席の間に立ち、天井を見上げた。
キッチンからのにおいの流出を防ぐため、ここには特に大きな吸気口がある。
突然、友岡がその下で聞き耳を立てるようなしぐさをした。
「斎藤さん、鳥の声、この中から聞こえませんか!」
友岡の言う通りだった。
鳥の声は店内いたるところから聞こえるが、特に大きいのはここだ。私は頷くと、撮影中に座っていたパイプ椅子を持ってきてその上に立った。
同じタイミングで、諏訪乃からチャットが届く。吸気口から鳥の声が聞こえるか確認してほしいとあった。
美人秘書たるもの、この程度の忖度はできて当然だ。先んじて行動に移している。胸の空く思いで吸気口を映し、鳥の声が聞こえると返事を送った。
鳥の巣は外側の排気口にあった。
私は吸気口から続くダクトに目を移した。
パイプ椅子に乗っている分、ダクトにも近づいている。手を伸ばしてダクトに触れてみた。ひんやり冷たい。金属製だ。
ダクトは先ほど撮影していた作業台の上にも伸びている。
一度パイプ椅子から降りて、台の前に移動した。そして、再び椅子を使って台の上に乗った。調理をする台の上に乗るなど、本来であれば許されない。しかし、今は他に手がない。
台の上に乗り、背伸びをしてダクトに耳を近づけると、鳥の声は間違いなく内側から聞こえた。
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