青い少年は最初で最後の恋を知る

にわ冬莉

文字の大きさ
24 / 46

ごめんなさいの応酬

しおりを挟む
 舞台袖ではみずきと香苗が号泣していた。

「ちょっと、志穂、あんた、なんなのよぉ!」
「私、もう感動して鳥肌が止まんないよぉ!」
 私に抱きついてくる。

 実際自分でも不思議な感覚だった。あのシーンでだけ、私は私ではなかったかのような。
「ねぇ、拍手、鳴り止まない!」
 亜紀が役者たちに声を掛ける。
「カーテンコール、行こう!」

 クラスの劇でカーテンコールなんて前代未聞である。キャストが全員舞台に並ぶ。そして再び緞帳が上がる。拍手が、より一層大きくなった。順番にお辞儀をする。カーテンコールのやり方などわからないから、適当だ。しかし、ジュリエット、アリアナには他のキャスト以上に大きな拍手が送られた。そして最後に、ロミオ。

「きゃ~~~!!」

 正真正銘、本物の黄色い声援が飛ぶ。
 舞台は、大成功のうちに幕を閉じたのである。

*****

 教室へ戻る。

 それはもう、大騒ぎだった。

「めっちゃすごい! 感動しちゃった!」
「椎名さんの演出、半端なかった!」
「まさかの展開、すご過ぎ!」
「大和、お前役者になるん!?」
「ジュリエットがまさかああいう立ち位置って斬新過ぎでしょっ」

 もみくちゃである。

 つばさは放心状態で立っていた。無理もない。あんなふうに悪者にされて、主役の座を奪われて……。

 各自着替えを済ませ、自由行動に移る。
 教室にはタケルと、翔と信吾。最初に口火を切ったのは信吾だ。

「どういうつもりだよ」
 今にも掴み掛からん勢いで、信吾。
「なんであんなことしたんだよ、タケル。あれじゃいくらなんでも牧野さんが可哀想だろうがっ!」
 信吾の言うことはもっともだった。いきなり本番であんな風に貶《おとし》めて、平気でいられるはずもない。
「反省してる」
 タケルは正直にそう言った。あんなこと、するつもりじゃなかった。なのに…、
「ねぇ、何かわけがあるんでしょ? タケルが意味もなくあんなことするなんて思ってないよ、俺」
 翔が庇う。
「牧野さんに……キスされそうになった」
 タケルが溜息混じりに言う。

「はぁ?」
「マジでっ?」
「二人とも知ってると思うけど、俺がロミオやる条件として、キスシーンはあくまでもフリだけ。有野さんに嫌な思いをさせない。これだけは譲れない、って言ってただろ?」
「うん、」
「確かに。最初に言ってたよな」
 配役が決まって最初の頃、それだけは守ってくれと言ってあったのだ。
「なのに、始まってみたら有野さんはハブられてるし、挙句、本番にいきなりあんなことされて、俺、なんか我慢できなくなっちゃってさ……、」
「なるほどねぇ」
 翔が苦笑いで答える。

 確かにつばさのやり方はあまり褒められたもんじゃない。亜紀が本番直前にアドリブの話をしたのも、そういうことか。

「だけどさぁっ、」
 信吾が納得出来ないとばかり、食い下がる。と、教室の扉が開いて、

「三上君、もういいよ!」

 入ってきたのはつばさと亜紀だ。つばさがタケルの元に歩み寄った。
「あの……、大和君」
 泣き腫らした顔で、俯く。
「私、あの、ごめんなさい…、」
 目に一杯涙を溜め、謝る。
 タケルは一瞬困った顔をし、それから、頭を下げた。
「俺こそごめん! あんな風に、話変えちゃって、酷いことして、」
 二人の間に信吾が割って入る。
「牧野さんは頑張ってたよ! 誰よりも一番頑張ってた! 俺はちゃんと見てたよ? 何も悪いことなんか、」
「ううんっ、違うの!」
 つばさが声を荒げる。

「私、卑怯だった! 自分の好き放題、やりたいことだけを、みんなを巻き込んで、独りよがりで、だから、」
「牧野さん、」
 信吾がつばさを見つめた。
「私もごめんなさい」
 亜紀が謝る。
「アドリブオッケーって言ったの私だし、計画持ちかけたのも私だし、大和君には本当に迷惑かけた」
「いや、俺が一番悪いよ。話の内容めちゃくちゃにしちゃってごめん」
 なんとなく、謝罪大会になる。
「ううん、大和君の演技すごかった! あれって、相手が有野さんだったからでしょ?」
「いや、自分でもよくわかんないけど……」
「かなわないよ、ほんと」
 つばさが泣き笑いでそう言った。
「私、あとで有野さんにも謝るね。いっぱい意地悪してごめんって」
「ありがとな」
 タケルが微笑む。

 牧野つばさ、失恋記念日である。

「それと、三上君」
 つばさが信吾に向き直る。
「へっ?」
「本当にありがとう。最後、ジュリエットを救ってくれて。ロレンスがいたから、ジュリエットは救われたんだよ。こんな私のこと、見捨てないでくれて…ほんとに、」
 ぽろぽろと涙がこぼれる。
「ああっ、泣かないでよ牧野さん! 俺、牧野さんの一生懸命なとことか尊敬してるし、牧野さんは笑ってる方が断然可愛いしっ、って、俺なに言ってんだっ」
 慌てふためく信吾に、翔が突っ込む。
「どさくさに紛れて告ってんじゃん」
「やだ、もう、」
 つばさも亜紀も、思わず笑い出す。
「さ、まだ文化祭は半日あるんだし、みんなちゃんと楽しもうぜ!」

 翔が明るく宣言し、その場を収めたのだった。

*****

 その頃私はというと、みずきと香苗と、たこ焼きを頬張っていた。

「お腹空いた~」
 たこ焼きが美味しい。舞台って、あんなに疲れるんだ。優キングはすごいな……。
 そんな私を、すれ違う人がニヤニヤしながら、またはコソコソ何かを言いながら通り過ぎる。何故?

「なんでみんな私を見てるんだろう、って顔してるね、志穂?」
 みずきが言う。
「え? よくわかったね?」
 暢気に答えると、香苗が頭を抱える。
「まったく、あんたって子は」
「ん?」
「さっきの舞台を見た人だよ! あんた、公衆の面前で大和君とキスしたんだよ? わかってるの?」
 言われて初めて、気付く。
「あ……、」
「もうっ、ほんと鈍い!」
「あああ、そうだった! 忘れてたよぉ! だってあれ、舞台じゃん? 劇じゃん? 現実じゃないじゃん? 私じゃなく、アリアナじゃん?」

 今更である。

「でもほんと、あれは凄かった。前半の大和君が棒読みなのは操られてたからってことでしょ? もう、途中まで大和君が滅茶苦茶下手なんだと思って見てたもん! 騙された!」

 いや、実際は騙してないですけどね……、

「あの演技力は凄いよ。俳優さんみたいだった。特に最後のシーンなんかさ、もう、切なさが滲み出て、もう、見てられない感じで」
「そうだよ~! アリアナが目を覚まして涙を流してさあっ」

 ああ、恥ずかしい。

「志穂も凄かったよ! 最初の悪徳令嬢からの、あの最後の涙!」
「めっちゃ綺麗だった~!」
「はぁ、」

 感動してもらえたのは嬉しいんだけどね。なんだか複雑だな。

「これでもう、大和君と志穂がくっつくことに誰も異論はないと思う」
「……え? なんでそうなるの?」
 純粋な、疑問。
「だって二人は結ばれたんだよ? なんで邪魔する必要が?」
 至極当然、みたいに香苗が言う。
「だって、あれは劇の中の話で、」
「志穂、あんたってほんと、」
「何もわかってないんだぁ」

 友人二人に哀れみの眼差しで見つめられ、私はひたすら頭に「?」マークを浮かべていたのである。
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

隣の家の幼馴染と転校生が可愛すぎるんだが

akua034
恋愛
隣に住む幼馴染・水瀬美羽。 毎朝、元気いっぱいに晴を起こしに来るのは、もう当たり前の光景だった。 そんな彼女と同じ高校に進学した――はずだったのに。 数ヶ月後、晴のクラスに転校してきたのは、まさかの“全国で人気の高校生アイドル”黒瀬紗耶。 平凡な高校生活を過ごしたいだけの晴の願いとは裏腹に、 幼馴染とアイドル、二人の存在が彼の日常をどんどんかき回していく。 笑って、悩んで、ちょっとドキドキ。 気づけば心を奪われる―― 幼馴染 vs 転校生、青春ラブコメの火蓋がいま切られる!

灰かぶりの姉

吉野 那生
恋愛
父の死後、母が連れてきたのは優しそうな男性と可愛い女の子だった。 「今日からあなたのお父さんと妹だよ」 そう言われたあの日から…。 * * * 『ソツのない彼氏とスキのない彼女』のスピンオフ。 国枝 那月×野口 航平の過去編です。

エリート警察官の溺愛は甘く切ない

日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。 両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

社畜OLが学園系乙女ゲームの世界に転生したらモブでした。

星名柚花
恋愛
野々原悠理は高校進学に伴って一人暮らしを始めた。 引越し先のアパートで出会ったのは、見覚えのある男子高校生。 見覚えがあるといっても、それは液晶画面越しの話。 つまり彼は二次元の世界の住人であるはずだった。 ここが前世で遊んでいた学園系乙女ゲームの世界だと知り、愕然とする悠理。 しかし、ヒロインが転入してくるまであと一年ある。 その間、悠理はヒロインの代理を務めようと奮闘するけれど、乙女ゲームの世界はなかなかモブに厳しいようで…? 果たして悠理は無事攻略キャラたちと仲良くなれるのか!? ※たまにシリアスですが、基本は明るいラブコメです。

ハイスぺ幼馴染の執着過剰愛~30までに相手がいなかったら、結婚しようと言ったから~

cheeery
恋愛
パイロットのエリート幼馴染とワケあって同棲することになった私。 同棲はかれこれもう7年目。 お互いにいい人がいたら解消しようと約束しているのだけど……。 合コンは撃沈。連絡さえ来ない始末。 焦るものの、幼なじみ隼人との生活は、なんの不満もなく……っというよりも、至極の生活だった。 何かあったら話も聞いてくれるし、なぐさめてくれる。 美味しい料理に、髪を乾かしてくれたり、買い物に連れ出してくれたり……しかも家賃はいらないと受け取ってもくれない。 私……こんなに甘えっぱなしでいいのかな? そしてわたしの30歳の誕生日。 「美羽、お誕生日おめでとう。結婚しようか」 「なに言ってるの?」 優しかったはずの隼人が豹変。 「30になってお互いに相手がいなかったら、結婚しようって美羽が言ったんだよね?」 彼の秘密を知ったら、もう逃げることは出来ない。 「絶対に逃がさないよ?」

旦那様の愛が重い

おきょう
恋愛
マリーナの旦那様は愛情表現がはげしい。 毎朝毎晩「愛してる」と耳元でささやき、隣にいれば腰を抱き寄せてくる。 他人は大切にされていて羨ましいと言うけれど、マリーナには怖いばかり。 甘いばかりの言葉も、優しい視線も、どうにも嘘くさいと思ってしまう。 本心の分からない人の心を、一体どうやって信じればいいのだろう。

処理中です...