青い少年は最初で最後の恋を知る

にわ冬莉

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願いをひとつだけ

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 廊下を歩く足音が段々近付いてくる。
 教室の扉の前で止まる。

 ガラガラ、と扉が開く音。そして、ほのかなソースの匂い。
 カサ、と、目の前に何かを置く音と、たこ焼きのいい匂い。

「ありがと」

 顔は上げずにたこ焼きの包みに手を伸ばす。
「あったけぇ……、」
 二人には本当に助けられている。改めてそう思うタケルだった。

「舞台ってお腹空くよね」

 ズザザザッ

 タケルが勢いよく椅子を引いた。顔を真っ赤にして(多分)私を見る。
「あっ、ああああ、有野さんっ?」
 私は椅子に座ると、頬杖を付いてタケルを見上げた。
「たこ焼き、美味しいよ?」
「なっ、なななんでっ」
 タケルは動揺を隠すことも出来ず、思いっきり取り乱していた。
「相田君と三上君に頼まれた。あと、牧野さんと椎名さんとみずきと香苗」
 全員の名を挙げておく。
「大和君が机に同化しちゃいそうだから助けて欲しいって」
「あいつらっ」
 タケルが唇を噛み締める。

「……さっき香苗に言われたんだ。アリアナは幸せじゃなかったの? って」

「え?」
「あんな風にさ、悪いことして、最後は自殺して、でもロミオはそんなアリアナを一生懸命助けようとしてくれて、幸せじゃなかったの? って」
「……、」
「あの時、私舞台の上でロミオの顔見て、ああ、泣かないで、って思ってた。あなたは何も悪くない。私を救ってくれてありがとう、って。多分、幸せだったんじゃないかな?」

 我ながら何を言ってるのかよくわからないのだが、とにかく感じたままを告げる。こんなんで伝わるのだろうか?

「でもっ、有野さん……あの時泣いてた」
 タケルが苦しそうにそう言った。
「え? ああ、そうだね。私もよくわかんないんだ。なんか、感情がぶわって溢れ出しちゃって、気付いたら泣いてて。お芝居って凄いね」
「え……? じゃ、嫌で泣いてたわけじゃ…なく?」
「へ? 嫌って…?」

 ハタ、と気付く。

あああ! キスされたのが嫌で泣いたと思われてる!?

「ああっ! 違う違う! キスが嫌で泣いたわけではっ、あ、えっと、だからってよかったわけでもないけど、ええ!? 説明できないよ!」

 今度は私が赤くなる。

 タケルがぷっと吹き出す。
「有野さん、慌てすぎ」
「やっ、大和君だってさっき慌ててたじゃないさっ!」
「ま、そうだけど。ああ、そっかー、そうなんだ」
 うーん、と大きく伸びをして、タケル。

「泣かせちゃったんだと思ってた」
 真剣な顔で、言う。

「カラオケボックスのときは本当に無意識だったんだ。でも今日のは…わかっててやったから」
「え?」
「牧野さんが、」
「ああ、うん。聞いたよさっき。というか、私知ってたんだ」
「えっ?」
「牧野さんと椎名さんが話してるの聞こえてきて、本番はやったもん勝ちだ、って。本当にやるかはわからなかったけど、企んでるのは知ってた。でも、それを告げ口するのも、そんなことするのやめて、って言うのもなんだか違う気がして誰にも言わなかったの」
「知って…たのか」
「ごめんね」
 タケルは俯いたまま黙っていた。

「……どう思ったの?」
 少し低いトーンで、タケル。

「え?」
「牧野さんが俺にキスするかも、って知った時、どう思った? 何も思わなかった?」
「それは…、」

 もやっとした。
 一瞬だけど、あの時もやっとしたのだ。

「私、恋愛とか経験なくてよくわかんなくて。でも誰かを好きになると、思ってもいなかった凄いことしちゃったりするんだ、ってことはわかるの。で、牧野さんの話聞いたときも、ああ、本当に大和君が好きなんだな、って思って、でも、なんていうか、その」
「なに?」
 タケルがじっと私を見つめる。

「もやっとは……したかも…ちょっとだけ」

 タケルの触覚がピーンと跳ね上がった。

「もっかい言って」
「え? なんで!?」
「いいから、もう一回」
「……うう、もやっとした。ちょっとだけ」
「ちょっとだけ、はいらない。もう一回」
「なんでよぉ! もういいじゃない!」
「やだ。もう一回」
「もやっと、しました! ちょっとだけね!」
 私はやけくそになって叫んだ。
「おしまい! 早くたこ焼き食べて! 冷めちゃうからっ」
 ピッとたこ焼きを指し、私。

 タケルはニコニコしながら椅子に座ると、勢いよくたこ焼きを食べ始めた。頭の触覚がピコピコ揺れている。

「それとさ」
 私は、どうしようか迷っていたことを思い切って切り出す。
「なに?」
 最後のたこ焼きを飲み込み、タケル。
「中間の勝負の結果、出てるでしょ。私の負け。お願い、なにしてほしいの?」
 言わなければ忘れていたかもしれないのに。でも、勝負は勝負だ。逃げるわけにはいかない。強い姿勢で臨む。
「有野さんって……」
「なによっ」
「馬鹿正直だなぁ」
 そういって、笑う。

 む~~~!!
 私は恥ずかしくなって、俯く。

「俺の願いはいつだって一つだけだよ」
 立ち上がり、私に歩み寄る。
「有野さんが、俺の横で笑っててくれますように」
 にっこり、笑う。

 甘ーーーーい!!

「そっ、そんな抽象的なのわかんないっ」
「そっか。じゃ、明日デートしよう」
「はっ?」

 唐突なデートの誘い。

 確かに、明日は文化祭の振り替え休日なので学校はお休みだが。
「敗者は一つだけ勝者の言うこと聞いてくれるんだったよね?」
 くぅぅ、そうですけどぉ。
「ね?」
 念押しされ、黙って頷く。
「よっしゃ!」
 タケルがガッツポーズを取る。
「今日の夜、連絡する。DMでいいよね?」
「ハイ、イイデス」
 カタコトで返す。
「楽しみだな! あ、それからさ、」

 まだ何かあるのかいっ。

「有野さん、後夜祭って出るの?」
「え?」
「俺、翔と信吾と回るんだけど、一緒にどうかと思って」
「ああ、えっと、」
 そういえば双子にまだ返事をしていない。どうしよう……。
「もし回れそうだったら声掛けてよ。ね?」
「うん、わかった」
「よし、じゃ、お腹も満たされたことだし、みんなのところに戻ろうか」
 タケルがさっと手を差し出す。

 私は迷わず、空っぽになったたこ焼きの容器を渡したのである。
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