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偶然と必然

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「じゃ、一旦ここで解散ね、また明日! あ、でもカラオケ行く人はこっちね~」

 つばさが仕切っている。隣には信吾。すっかり仲良くなったようだった。

「ね、有野さんはどうする?」
 翔が聞いてくる。
「うーん、私はいいかな。本屋に寄って帰るよ。疲れたし」
 文化祭の疲れも溜まっている。何しろ色々あったし。
「そっか、残念!」
「みんなによろしく言っておいて」

 声を掛けると無理やり連れて行かれそうだったので、私は翔にだけそう告げると、集団の中からそっと抜け出した。

 タケルは他の男子たちに囲まれていたので、あえて声は掛けなかった。

 文化祭も終わり、来年はいよいよ受験生。なんだか時間の流れはあっという間だ。
 私は商店街まで足を伸ばし、本屋に入った。欲しかった小説を手に取り、しばし中をうろつく。

 書店には、独特の匂いがする。
 実際本当に匂うのかは知らないが、なんとなく、紙の匂い? 森の匂い? だろうか、そんな香りがするような気がして好きだ。

「つっかまーえたっ」

「ひゃあっ!」
 後ろからいきなり抱き締められ、手にした本を落としそうになる。
「ちょっ、やめなさいよっ」
 遠慮なく肘鉄を食らわせ振り返ると、蓮がいた。
「痛い! マジで痛い…」
 脇腹の辺りを押さえ、悶える。
「有野、酷いっ」
「どっちがよ。変態!」
 いきなり抱きついてくるとはどういう料簡かっ。
「冷たい有野も可愛いな」
 頭を撫でようと手を伸ばしてくるが、その手を跳ね除ける。
「やめい!」
 そのままレジへ進み、会計を済ませる。その間、蓮は黙って私を待っていた。

「ねぇ、こんなところで会うなんて、運命じゃない?」
 レジから戻った私に蓮が嬉しそうに言う。
「単なる偶然でしょ?」
 私はそう言って出口に向かった。何故かぴったり付いてくる、蓮。
「どこか出掛けてたの?」
「文化祭の打ち上げ」
「ああ、そっか。で、他の人は?」
 辺りを見渡す。
「二次会は断ったの。ねぇ、付いてこないでよ」
 通りの隅、立ち止まって言う。
「つれないなぁ、有野。もっと普通に世間話しようぜ?」
「無理やりあんなことしてくる人と世間話は出来ません~」
 意地悪くそう言ったのだが、何故か蓮は嬉しそうな顔をする。
「無理やりあんなこととか、言い方! 有野エロいって」
「…はぁっ?」
 慌てる私を見て、また嬉しそうな顔をする。
「ほんと有野って、面白いな」
 馬鹿にされてるっ。

 私は蓮を無視して歩き始めた。
「ねぇ有野、私服めっちゃ可愛いな」
「そりゃどうも!」
 早足で歩くも、相手の方がリーチが長い。まったくもって差が縮まらない。
「このあと予定あるの~?」
「帰る!」
「ってことは……予定はないんだ。じゃ、これからデートしよう」
「しない!」
「断らないでよぉ、有野ぉ」
 あああ、しつこいぃぃ!

「おっとぉ、ヤバっ」

 蓮が遠くを見て何かに気付く。パッと私の口を後ろから塞ぎ、もう片方の手で腰に手を回した。そのまま引きずるように路地に連れ込まれる。

「むぅぅぅ!」
 精一杯暴れるも、蓮は背も高く力も強い。ビクともしない。
「有野、ちょっと黙って! あずさがいたっ」

 あずさ……ちゃん?

通りに背を向ける格好で、狭い路地に密着する。耳元で蓮の息遣いが聞こえる。
「有野、いい匂いする」
 わざと耳に掛かるような声で、蓮。
「あ、耳弱いんだよね。これ、ヤバい?」
 フーッと耳に息を吹きかける。
「むぅぅ!」
 肘鉄を食らわせたいところだが、私の両手を蓮が片手で拘束されており、抵抗出来ない。
「有野、可愛い。キスしていい?」
 私は全力で首を横に振る。
「駄目でもしちゃおうかな…」
 蓮が私を押さえつけたまま、耳たぶにキスをした。そして、私は、キレた。

 ゴンッ

 渾身の頭突きである。
 痛い……、

「ってぇ~」
 蓮の腕の力が弱まった。このチャンスを逃す手はなし! 私は蓮の腕を振りほどき、大通りへ駆け出す。しかし、逃げ出そうとした足が、止まる。あれって…、
「有野っ」
 すぐ後ろから、蓮が出てきた。
「ねぇ、あずさちゃん、絡まれてるみたいなんだけどっ?」
 私は蓮に向かって言った。
 道の端で、あずさが誰かに腕を掴まれているのだ。
「チッ、あの野郎」
 蓮の表情がこわばる。そのままダッと駆け出すと、あずさの元へ。

「お前、何やってんだよっ」
 あずさの手を掴んでいる男を引き剥がし、ねじ伏せる。男は「いてててて」と情けない声を上げ、大人しくなる。
「とっとと失せろっ」
 蓮が男の背中をバン、と叩くと、男は面白くなさそうな顔をしてその場から立ち去った。私は二人の元へ行くと、
「大丈夫っ? 警察、電話した方がいい?」
 と携帯を取り出した。

「駄目っ!」
 涙目であずさが言う。
「あれ、親だから……」
「……え?」
 父親……なのか。
「大丈夫か、あずさ?」
 蓮がかがんであずさに聞く。あずさは黙って蓮に抱きついた。
 私は蓮に「じゃ、私行くね」と言い、その場を後にすることにした。蓮はあずさをしっかり抱きしめたまま「悪い」とだけ答えた。

 そうね、あんたは悪いわね。

 私は大きく頷いて、家路を急いだ。

*****

 帰り道、携帯がブブブ、と震える。見ると、タケルからだった。

「もしもし?」
『あ、有野さん? あ、えっと、もう家に帰っちゃってるかな? 今、どこ?』
「今……、もうすぐコンビニの辺り」
「わかった! ちょっとそこで待ってて!」

 プツ

 こちらの返事は待たず、通話は途絶える。
「もぅっ」

 どいつもこいつも勝手だなぁっ。

 私は仕方なくコンビニに入り、カフェオレを買った。外に出て、飲んでいるとタケルが走ってやってくる。

「あっ、ありっ、有野さっ」
 息も絶え絶えだ。全力疾走しすぎだろう。
「ちょっと、大丈夫? 落ち着いてよ。何か飲むもの買ってこようか?」
 コンビニを指して言った。が、なにを思ったかタケルは私の手からカフェオレを奪い、それを飲んだ。
「ちょっ!」
「はぁぁぁ、生き返った~」
「私のっ」
「あ……ごめ……、」
「……いいよ、あげるから」
 私はそのままどうぞ、と両手を上げる。と、すかさずタケルが
「有野さん、なんかあった?」
 と私の手を取った。
「え?」
「手首、痣みたいになってない?」
 あ、蓮が力一杯押さえつけたせいか。あのやろっ。
「ううん、大丈夫だよっ、何もない」
 パッと両手を隠す。
「それより、カラオケ終わったの?」
「あ、いや適当なところで抜けてきた。さっき言い忘れてたこと、どうしても有野さんに言っておかなきゃと思って」
「え? なにかあった?」

「有野さん……、」
 真っ直ぐ私を見つめ、タケル。

「な、なに?」
 何を言おうというのか。

「有野さんの私服姿、可愛い!」
「……は?」
「言い忘れてたから!」

 爽やかな笑顔で、そう告げるタケルなのだった。
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