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序章

精霊族

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暫く膠着状態が続いたが、やがて先に動いたのは精霊族エルフの方だった。
流石に、俺から敵意をまったく発しないのだから話しくらいは、という感じだろうか。
警戒しながらも、森の奥から姿を現したのは――

「え、えっと、貴方は何者ですかっ!」

――精霊族の、少女だった。

(随分と可愛らしい幼子を寄越すのだな?)

俺にとってそれは、侮辱に値することをこの一族は理解していないのだろうか?
”あくまで人類から見て絶対的な存在”というだけであって、『暴食邪種エネミー』程度俺の敵では無い。
この森に入った直後に居た猿のような『暴食邪種』でさえ、俺の殺気程度で逃げ出すくらいなのだから。

(”見定めの御心”)

俺の膨大な量ある【スキル】のうち、相手を”鑑定・審査する”能力を持ったものは多くない。
その中でも特に、解析力の高い【スキル】が、この”見定めの御心”だ。

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<ユーリ・イスト・アーニアント>

種族 ???(『人型・暴食邪種』『精霊族』)
戦闘力評価 SSS
生産力評価 S+
耐性系評価 SA

総合評価 SA+

所持使用可能力 【精霊術】

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といっても、視れるステータスと呼ばれるものもこのくらいだ。
詳細は何一つとして書かれず、しかも大まかな表記しかされていない。
まあ、そこは俺の活用能力次第なのだろう。

そして、このステータスを森基準で示すならば――

「流石に雑魚では無いか」

「ふぇっ!?な、ななな何を急に言うんですかっ!?た、確かに私は素晴らしく強いですけどね!それに気付くなんて貴方やるじゃないですか!」

口に出せば、すぐに上機嫌になった。
何と無く、この少女が”この場所”に立つ理由が分かった気がする。
俺を舐めているんじゃない。”畏怖”しているからこそ、代役を立てたのだ。

それにしても――

「この『人外圏』の中で生きる種族として、最も知恵のあったのは精霊族。貴様等だったはずだ。それが何故、今更になって退化を始めているのだ?」

【スキル】”静聴せよ”を発動させて、俺はそう告げた。
次の瞬間、精霊族から僅かばかりの強烈な殺気が放たれてきた。
この『人外圏』と呼ばれる所以である、人族程度は軽く殺せる”力”。

この森に住む、数多くの『暴食邪種』達はかつて、何かしらの野望があって争いを始めた。
その時、最も知恵があり他種族を支配しながら争いに望んだ種族こそ、精霊族だった。

なのに、今。
その叡智は失われ、栄光も地に墜ちているように見える。
それこそ、今の生活が出来ていることが不思議なくらいに。

何故かって?それは――


と、森の奥から風格のある、何処か弱々しさの感じさせる声が返ってきた。

「然り。我々の先祖たるや神の如き叡智を我が物とし、森の守護者たる者であった。しかし今や、その叡智は失われ、若い世代になるにつれて馬鹿になりつつある」

ほお、しっかりとした見方の出来る奴もいたのだな。
その程度しか感想には無いが、けれどそれで充分だ。
俺にとって、この森、ひいては”生物なんて興味が無い”のだから。

「貴様等の先祖とやらが、叡智を残さなかったのか?」

今度こそ、さらに明確な殺意が俺へと寄せられてきた。
それと同時に、俺の耳にはまたもや、”禁句”が侵入してくる。

人間異邦者程度が我々誇り高き精霊族に対して、何たる態度!!貴様、立場をわかっているのか!?」

(奴等は、敵だ)







1人の、愚者が居た。
1人の、勇者が居た。

愚者と勇者を示すその人物はただ1人で、その人物を示すグループも明確に分かれていた。

”自身の力に溺れ、他者の<強さ>を知ろうとしない若者”

”自身の力の退化に気付き、そして相手の奥底に眠る<強さ>に気付いた老者”

その違いだけで襲い掛かる絶望なまでの力が、あった。
何よりも、そんな理不尽な存在を知ろうとしない本能が酷く醜いと評価される。

「【終焉を刻む時】」

たった一言。
異邦者と罵られた男の発した言葉を聞く前に、愚者の首は消えていた。
悲鳴すら残らないからこそ、何があったのかを理解するのに時間が掛かる。

その場に居合わせた中で、一番早くにそれを理解したのは、奇しくも男の目前に居た少女だった。

「ッ!?きゃあああああああああ!!!!」

森全体に響く悲鳴を轟かせ、その視線が一点を凝視した。
最初の愚者が立っていたその場所に残る、首から先のない体。

その首は――




中空に現れた、十字架の中心に捧げられていた。
まるで時空を超えたように現れたその存在を見て、本能が警報を強く鳴らす。
そして、愚者の種族は理解した。



理不尽という名を。
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