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※ 己を卑下するならば、戒めを与えましょう
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少しばかり長くなりました
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「おやすみなさい・・・・・・朔耶様はどうやら気持ちが昂りすぎたようだ・・・・・何処かに寝かしたいのだが・・・・・どこに運べばいいかな?」
今にも誰かを呪い殺しそうな瞳を一旦、閉じて目を開く。
そこにいるのは好青年で、この状況に戸惑った様子をした青年の征一郎を作り出す。
すぐ近くにいたが、征一郎のとった行動など一切分からない東雲は、征一郎の言葉をそのまま鵜呑みにした。朔耶は気を可笑しくさせて気絶したのだと本気で思う。
「は、はい!朔耶様のお部屋・・・・・駄目・・・・・・あぁ、客間!客間に案内致します」
この屋敷で荒らされたのは朔耶の部屋のみ。本来なら朔耶を自室に運びたかったが、今は叶わない。
今すぐに寝かせられるのは客間が妥当だと結論に至った東雲は急いで立ち上がり、征一郎を案内する。
征一郎も東雲の案内に従うため、朔耶を横抱きにする。
華奢で小柄な朔耶は、征一郎の腕にすっぽりと収まる。体重の軽い朔耶を抱き上げて胸が苦しくなる。
日常的に虐待を受けていたら、食事もきっと何かしらの嫌がらせがあっただろう。満足に食べる事が出来なかったから、こんなにも軽いし小さいのだろう。
征一郎は眉を顰めながら、先頭の東雲に付いていく。沓脱石の所までくると、横から千歳が来てしゃがむ。
朔耶を抱いたまま靴を脱ぐことが出来ないから、千歳の助けを借りて靴を脱ぎ廊下を歩く。
靴の汚れが廊下を汚しているせで、普段は綺麗な廊下が無惨な姿に変わり果てている。
そのまま開かれた襖を通り過ぎる。その部屋は朔耶の部屋で改めて見ると、本当に酷い有り様だ。
箪笥の引き出しは全部引き出されて、畳に投げ出されている。着物も帯もグチャグチャだ。文机も同様で中に収められていた紙や小物が散乱している。
その畳の上には真新しい布切れが、バラバラに裂かれ散らばっていた。薄桃色の襦袢だったものだ。帯も同様に鋏で切られ散らばっている。
流石にこんな部屋に、朔耶を寝かせるのはよくない。東雲の判断は間違いないと思った。
東雲も立ち止まり、朔耶の部屋の現状に顔を歪めた。けど、すぐに顔を上げて、部屋で泣いてた歌弥に言葉を投げかける。
「歌弥!いつまでも泣いていては駄目ですよ?朔耶様が起きる前にお部屋を綺麗に掃除しておきなさい・・・・・・出来ますよね?」
「っ、ひっく!・・・・・で、でぎますぅ!!ちゃんと、綺麗に、しますぅ!!」
しゃくりを上げながらも、自分のすべき事を宣言する歌弥に征一郎は目を見張る。
本当にこの屋敷の者達は、朔耶の事が大事なんだな・・・・・全てが朔耶の敵ではないのだと分かると、何故か顔が少しだけ緩む。
「万次郎。歌弥さんの手伝いをするように。力仕事は得意だろう?」
歌弥の側にいた万次郎に指示を出す。すると、万次郎は「あ~はいはい」と、怠そうに返事をしながらも立ち上がり、まずは出された引き出しを持ち上げる。
「ここは、大丈夫そうですね」
「あとは二人に任せましょう。東雲さん」
千歳と征一郎の言葉に東雲は頷き、朔耶の部屋を後にして前に進む。やがてぴったりと閉じられた襖を開き中に入る。
急いで襖から客用の布団を取り出し畳に敷いていく。
そのまま寝かせようとしたが、朔耶が土汚れで汚れていることに気が付く。
「東雲さん・・・・寝間着か何かありませんか?このままでは布団を汚します」
「少々、お待ち下さい・・・・・・」
東雲は備え付けられた箪笥を開き、藍色の寝間着を一組持ってくる。
「なら、一旦、こちらに寝かしますね。私は廊下に出ますので、着替えをお願いします。あぁ、そうそう、こちらの千歳は医術に関して知識がありますので、朔耶様の怪我の手当に役立つと思います・・・・・あとは任せた」
朔耶を畳に寝かせながら、東雲に人当たりのよい笑顔をし千歳を見る。
千歳は「面倒事を押し付けられた」と内心思いながらも、東雲には征一郎同様の笑顔で頷く。
二人の言葉に躊躇いもあったが、東雲は申し訳なさそうに眉を下げながら「お願いしたします」と頭を下げた。
朔耶の事は二人に任し、征一郎は廊下に出て襖を閉める。誰もいなくて二人だけなら遠慮する事なく着替えさせたが、ここは大人しく引き下がったほうが今後の為だと分かっている。
襖の奥からは「お湯をお持ちします」や「薬箱はありますか?」と声がする。すると、バタン!!と襖が開き、東雲が慌てた様子で出ていく。
「・・・・・・・千歳」
「はい、なんですか?」
「様子はどうだ?」
「う~ん・・・・・特に骨に異常はないし、痣は出来てるね・・・・・頬の腫れも冷やせば良くなるかな?細かな傷があるけど大丈夫・・・・・外見はね?心は何とも言えない」
襖越しに征一郎は朔耶の様子を確認する。千歳も征一郎の心配する気持ちがよく分かるから、注意深く確認し説明する。
外傷はそれ程酷くない。けど、心の傷は深い。さて、その傷を少しでも癒す為にはどう、尽せばいいのか・・・・・・
征一郎が悩んでいる間に、東雲が両手にお湯の入った桶や薬箱を抱え戻ってくる。
二人の声が聞こえる中、征一郎は深いため息をして、廊下に座り込み、天井を煽り見る。
「自分のせいだ」と、悲痛な声で訴えた朔耶の顔が脳裏にこびり付く。着物を貰ったことも、着たことも悪いことではないのに。それを否定して、まるで生きていること自体を悪だと、植え付けさせられている。一体、彼女は何をした?
当主に選ばれただけで、ここまで一人の人間を追い詰める事に何の疑問も抱かないのだろうか?
そもそも、当主になれなかった腹いせの様にも見える。そんなの、自分達の技量がなかっだけだろう?
俺は、次期当主と言われていたが、それに胡座をかくことなく、鍛錬も何もかも精進した。
そして、地固めを徹底して、誰からも文句を言われない程、確固たるものにした。
朔耶は全く関係のない世界から突然、当主になった。反発は酷かったらしい。けど、当主交代の儀では、直系の子供や、息のかかった愛妾の子供達が軒並み失敗し、最後は朔耶が無理矢理な形で、交代の儀をして受け継いだ。
交代の儀の内容は調べたが、分からずじまいで、何をどうしたら当主になるのかは不明だ。
火澄家の力を使っても分からないのは相当、隠されたものなのだろう。流石、壬生雀院家と言えばいいのだろうか?
当主になってからの朔耶は、生きる事が地獄の様な日々を送っていった。調べれば調べる程、吐き気が出そうなほど酷く、よく、こんな状況になっても命を絶たなかった思う程だ。
「・・・・・・・助けたいなぁ・・・・・」
それは、征一郎の口から自然と出た言葉だった。無意識の言葉ほど真の言葉はないだろう。本当に助けたい気持ちが、自然と口に出るほど征一郎は朔耶を守りたい、助けたいと思っていた。
「あとは、頬を冷やしておいてください」
汚れた着物から、藍色の寝間着に着替えた朔耶を布団に寝かし、掛け布団を掛けながら千歳は東雲に伝える。
二人で協力して、朔耶を布団に寝かしても良かったのだが、呼ばなければ後々、面倒くさ事になる事を重々に理解している千歳によって、征一郎は呼ばれ、布団に寝かせる為に抱いて、ゆっくりと横たえさせる。
顔には墨やら、土汚れらやで汚れていたが、綺麗に拭われ本来の、きめ細かい肌が現れている。けど、叩かれたせいで赤くなり、多少腫れてもいる。そんな頬を労るように、濡れた手拭いを当てて冷やしていく。
「あとは、若に冷やしてもらいますから、東雲さんは他の仕事をされてください。他にもしないといけないことが有りますでしょう?私も念の為こちらにいますから・・・・・・」
「宜しいのでしょうか?こんなにも色々として下さったのに・・・・・・」
東雲がしないといけないことは沢山ある。けど、主が心配でどうするか悩んでいたのも事実。
千歳達の言葉はまさに、渡りに船の状態だ。
「安心して下さい。若が寝込みを襲うならば私が命に代えても守りますから」
「おい?千歳?」
「まさか!火澄様がそのような事をなさるとは微塵も思っておりませんよ・・・・・・・図々しいとは思うでしょうが、朔耶様の事をお願いします」
額を畳に付ける程、深い挨拶を東雲はする。きっと、この人なら大丈夫だと何故だか分からないがそう思う。不思議な程に。
「えぇ、お任せください。千歳の言ったことは絶対ないので。東雲さんは東雲さんの仕事をして下さい」
安心させるような笑顔を東雲に向ける征一郎に、千歳は妙な冷や汗を出しながら見守った。
猫被りもいいほどだ。一体、何十匹の猫をかぶっているんだか。本当、この次期当主様は恐ろしいよ・・・・・・・
相手が朔耶様じゃなければ、こんなにも尽くさないだろう。私達に丸投げして自分はさっさと帰っているだろう。
頬を冷やすとか、進んでしないだろうに。いそいそと、手拭いを濡らしてさぁ~~
自分の大事なモノ、気になるモノ、守らなければいけないモノが、他人に壊される時、うちの若はそれは、それは冷酷な人間になる。
今は上手く隠しているが、若い頃は、それが上手く出来なくて色々、大変だったのよね~
朔耶様が大事なのは、よぉ~~~く分かった。なら、私達はそんな若の気持ちを汲み取り見守るだけ。
「起きたらお呼びしますね。気にされず東雲さんも東雲さんの仕事をされてください」
千歳は渾身の笑顔を浮かべて東雲を見る。東雲も多少の躊躇いはあったが二人の心強い言葉と、後始末の多さに疲弊していた時に、出された言葉に藁をも縋る思いで「お願い致します」と再び返事していた。
二人は頷き承諾する。東雲は少しだけ安心して寝ている朔耶を託し、部屋を出ていった。
「・・・・・・それで、朔耶様はどんな状態だ?」
笑顔だった征一郎はがらりと顔付きを変える。冷たい視線を千歳に向ける。
その視線に背筋を伸ばしていずまいを正し、千歳は征一郎を見る。
「先程も話した通り、骨に異常はありません。背中を踏みつけられていたせいか、背中に痣はありますが時間と共になくなるでしょう。外に出された時に擦りむいたりしたものもありますが、こちらも薬を塗りましたので大丈夫・・・・・あとは、心の傷ですかね。こちらばかりは私でも・・・・」
最後は尻すぼみで段々と声が小さくなる。千歳の言いたいことが分かるせいか、征一郎は何も言わず朔耶の頬を冷やすため手拭いを濡らす。
「分かった・・・・・・それで、朔耶の元々ある傷の事も聞いてたであろう?」
「えぇ、若には必要な情報だと思い聞いてました。予想通りと言いますか、聞いていて胸が締め付けられそうになりました」
「東雲さんは何と?」
「朔耶様はそれまで違う世界に住んでました。なのに、無理矢理、当主になり、呪術の知識など一切ないのは分かっているのに、勉強だ!修行だ!と言っては無体なことを・・・・・肌が裂けるまで打ち叩き、護摩修行だと言っては火を当てて・・・・・朔耶様が手袋しているのは、そんな行き過ぎた虐待の末、大火傷を両手に負って見るに耐えない為、手袋をしているそうです。なので、若?無理矢理脱がしては駄目ですよ?」
洗濯して綺麗な寝間着なのに、手袋だけは脱がされず、土で薄汚れているのはそのせいかと征一郎は納得する。いくら、寝ていたと言え自分の預かり知らぬ間に手袋が変わっていたら朔耶も嫌がるだろう。
「分かった」
「食事も酷い有様で・・・・・・腐ったもの、虫の死骸は当たり前。時には毒も盛られたとか。食べる事に毎日苦労していたそうです。今では普通に食べられるけど、胃が小さくなりすぎて食事量があまり増えないとか。それで、東雲さん達は少しでも栄養のある物を食べさせようと考えてるようです」
いつかは、鍋いっぱいのぜんざいを食べたいと話していたのを思い出す。やろうと思えば出来るのに、出来ないのは何故なのか?その理由が分かったような気がした。
「目の前で母親の形見の着物や装身具を壊す、燃やされ、父親・・・・・前当主に貰った物さえも・・・・・暗闇の蔵や長持ちに閉じ込めたりと、本当に生きているのが不思議なくらい地獄を体験されてます・・・・・・若?若はそんな朔耶様を救えますか?」
最後はいつも冗談を言ってくる千歳からは考えられない程、真剣な表情と視線を征一郎にぶつける。
「約束しよう。私は朔耶を助けたい。安心して笑えるように。怯えず、自分を卑下せずに」
前提はそこだ。卑下せず、怯えず。そして、私を受け入れて欲しい。私に微笑みかけて欲しい。私のそばにいて欲しい。
そして、私なしでは生きられない程、私に依存してくれたら嬉しいが・・・・・・そこは、また違う話だ。
「・・・・・・なんか、良からぬことを考えてますね?そこは、追々、問い詰めるとして・・・・・朔耶様が起きたら、贈られた着物の件できっと謝るでしょう」
「分かっている。そこは、考えているが・・・・・先に言っておく。東雲さんには言うなよ?」
泣きぼくろを歪ませて笑う征一郎に、千歳は「不味った!!」と思ったが、後の祭りと思い心の中で合掌した。相手は勿論、朔耶だ。
「へい・・・・・・了解しました・・・・・・」
それ以外、なんと言えと?千歳はそんな事を思いながら、朔耶の方を見る。
静かに寝息をたて、穏やかに眠る彼女の頬を、愛おしそうに包み込む、征一郎の執着じみた視線に
僅かばかり慄き戦慄したのは言うまでもない。
「っ・・・・・ん・・・・・・」
背中は痛い。頬は痛いのに冷たくて気持ちいい。矛盾する頬に違和感を覚える。
朔耶の意識は、段々と雲が消え明確になる。白いモヤのようなモノがなくなる。瞼が少しずつ持ち上がる。ボヤケているが最初に目についたのは天井だ。
そして、視界に僅かに映る人物。ボヤけていたせいで誰かは分からなかった。けど、段々と視界が良好になってくると、その誰かが分かってくる。
心配そうに見つめてくる征一郎と視線が合う。寝起きで頭がぼーっとしていたが、突然、鈍器で頭を殴られたかのように、頭に気絶するまでの情報が一気に流れ込む。
孝子様が来て、着物を裂き、庭に出され足蹴にされた事を。
「っぅ、あ・・・・・」
体の節々が、特に腕あたりが痛い。けど、そんな事、気にする余裕などない。今、私がすべき事は謝ることだ。
私に贈ったばかりに、素敵な着物を台無しにした。私が着なければ他の人が着たであろうものを。
朔耶は焦点の定まらない瞳だったが、征一郎を見つめると、段々と覚醒していく。そして、大きく開かれた瞳は、後悔や懺悔といった負の感情で一瞬で染まり征一郎を見つめる。
そして、弾かれたように体を起こすと、その場で征一郎に向かい土下座する。
「申し訳御座いません・・・・・・申し訳御座いません。お着物を、折角、贈って頂いた着物を・・・・・・ごめんなさい・・・・ごめんなさい・・・・・・」
ガタガタと震え、征一郎に向かい土下座する姿に征一郎は眉を顰める。
「朔耶様?もう、いいんですよ。謝らないで下さい」
「私がいけないんです。私が着なければ・・・・・ごめんなさい、ごめんなさい」
「朔耶!」
征一郎は朔耶の両肩を掴み体を起こす。
征一郎を見たくないのか、それとも見たらいけないのか、顔を伏せ狂ったように「ごめんなさい」を繰り返す。
蒼白い顔をし、今にも泣きそうな瞳に、ガタガタと葉の根の合わない口。
己の行為を最大の悪と捉え、震えているのが痛いほど伝わり、征一郎も辛い顔になってしまう。
だが、征一郎はここで大人しく引き下がることは考えていない。震える朔耶を強く抱きしめる。
「!!ひ、ずみ様?」
「朔耶のせいではないでしょう?それ以上、自分を責めるなら・・・・・・」
「!!っ、ん!んん~~」
驚いた朔耶の両頬を征一郎の手のひらで、優しく包み込むように触り、征一郎を見るように固定する。そして、僅かに空いた朔耶の唇を塞ぐように、征一郎は自分の唇を重ねた。
頭が白くなるとは、まさにこの事だった。顔を動かないように固定されたと思ったら、火澄様と目が合った。悲しそうな顔なのに、瞳だけは違った。何か苛立ちを含んだ様にも見えるし、悲しそうにも見えるし・・・・・・
その瞳の感情に不安を覚えた。けど、次に驚いたのは私の唇が温かいモノで塞がれた事だ。
その正体は火澄様の唇だった。あまりにも驚きすぎて、混乱してしまった。
なぜ?どうして?何が起こったの?そんな、疑問ばかりが次々に生まれる。問いただしたくて声を出したいのに、私の声は火澄様の口の中に消えていく。
朔耶が驚き、声を出したが、その声は全て征一郎の口の中に消えていく。そのまま、開かれた口の中に、征一郎は己の舌を朔耶の中に捩じ込むように入れていく。
驚き、固まった朔耶の舌に絡みつくように征一郎は、自分の舌を絡ませていく。
クチュ、パチュと水音が、二人の重なった唇からあふれ漏れる。
「ん、んん!」
急に怖くなり、何かに掴まらないと体が可笑しくなりそうな感覚に支配された朔耶は、堪らず征一郎の背広の襟を掴む。
間近にある、征一郎の獣のようなギラついた瞳が怖くて、朔耶はギュッと目を閉じた。
動かない舌を絡め、舌同士を擦る。飽きると今度は、口内をくまなく舌が駆け回る。
上顎を掠める度にビクッ、と体が震える。
ここが弱いのだと、征一郎に教えている事など露知らず、朔耶は与えられる感覚に体を震わせる。
二人の唾液が朔耶の口内に少しずつ溜まり始める。それさえも息苦しい原因だと無意識思うと、朔耶は喉を鳴らしながら飲み込んだ。
その、無意識の行為に征一郎は増々、喜びを覚え、朔耶の口内で己の舌を使う。
夢中で朔耶の口内を舌で犯していたが、朔耶が弱々しくも征一郎の胸を叩いていることに気づく。よくよく見ると、朔耶は息をしていない。
息の仕方が分からず、息を止めていたのがすぐに分かる。
征一郎は慌てて唇を離した。すると、やっと息が出来た朔耶は、額を征一郎の胸に押し付けながら、肩で息をする。
「ハァ━━━ハァ━━ハァ━━・・・・・・・」
くたっと体を弛緩させ、今まで出来なかった呼吸をしている朔耶に、己の性急さを恥じる。
まさか、呼吸の仕方も知らぬほどだったとは・・・・・
どこまで無垢なんだ・・・・・
「っ・・・・すみません。けど、覚えておいて下さい。朔耶?今度、また、自分を卑下したらその唇を塞ぎますよ?」
朔耶の耳元で、脅しにも似た冷たい声で征一郎は言う。
卑下する度に、朔耶の唇を塞ぐ。それも息もできぬほどの深いモノを、じっくりと・・・・・・
想像しただけで己の一部が熱を持ち始めるが、そこは抑え込む。こんなところで獣に変わった姿など見せる気はさらさらない。何故なら・・・・
「わぁ~~かぁ~~~何、見せつけているんですか?」
頃合いを見て、千歳が少し苛立ちながら言葉を投げかける。
「?!えっ!」
未だに息が整わず、ハァーハァーと息をしている朔耶は、自分の後ろから別の女性の声を聞いて体がビクッと飛び上がった。
生まれて初めて接吻を交わした。私の知っているのは唇同士を重ねるものだ。それ以上のものがあると歌弥が以前、夢見心地で話したのを覚えている。けど、そんなもの想像出来なかった。
きっと、火澄様とした接吻が、それ以上のものだろうか?それなら、なんと恐ろしい・・・・・
舌が口内を動き回り、私の上顎を掠める度に背中がゾクゾクして、仰け反った。
自分の口の中に、自分のものか、火澄様のものか分からないけど唾液がたまり、飲み込んだ。すると、更に激しく私の中を舌が縦横無尽に動く。
余りにも激しくて、息が出来なくて、苦しくて、何度か胸を叩いたらやっと、離してくれた。危うく窒息死するところだった・・・・・・接吻で窒息死なんて恥ずかしい。
何故か分からないけど体に力が入らなくて、火澄様の体に自分の体に預けて息を整える。
自分とは違う、逞しくて、力強い体に何故か安心してしまう。
その時、耳元で火澄様の声がする。とても、冷たく、聞いていて体が萎縮してしまう程に。
『っ・・・・すみません。けど、覚えておいて下さい。朔耶?今度、また、自分を卑下したらその唇を塞ぎますよ?』
私は当主に相応しくない、恥な人間なんだと散々言われ続けた。芸者の子は恥、お前の母親はなんて卑しい身分・・・・・そんなお前も卑しい身分だと・・・・・・・
壬生雀院家の恥、そんなお前が当主なんて・・・・
下に見られ、卑下することで己を保ったのは間違いない。そうしなければあんな地獄に耐えられなかった。
なのに、火澄様はそんな私の考えを否定するような事を言うなんて・・・・・・それも、考えられない行動を伴って!
余りにも勝手過ぎる言葉にたじろいでいると、今度は後ろから女性の声がする
『わぁ~~かぁ~~~何、見せつけているんですか?』
あまりにも突然過ぎて、心臓が止まるかと思った。体が跳びはねた。
「そこにいる千歳が悪い・・・・・朔耶様?すみませんでした・・・・・・けど、さっきの言葉は本当に実行しますから努々、忘れないようにして下さい」
普段の体温以上に熱くなった耳に、それ以上の熱くて柔らかいモノが触れ、「チュッ」と濡れた音がした。それが、火澄様の唇だと理解するのにどれほどの時間がかかったことか・・・・・・
顔から火を噴く、いや、噴きそうな勢いに私は慌てて顔を自分の手のひらで隠した。
「っ~~~~」
何も言えない。いや、言葉が思い浮かばない。言いたいことは沢山あるのに、それに合う適切な言葉が見つからない。頭が真っ白で自分の鼓動が五月蝿くて仕方がない。
そんな、私の背中を優しく撫でながら火澄様は後ろの女性━━━━千歳さんに指示をしている。
「朔耶様が目を覚ましたから、東雲さんに連絡を。あと、万次郎も呼んでこい。本来の目的を果たすぞ」
「は~い・・・・・・けど、目的達成出来るのかね?無理じゃないの?」
「分かっている・・・・・・それは、今後の様子で追々、考えるから・・・・取り敢えず東雲さんを呼んでこい」
「はいはい・・・・・人使いの荒い人だこと・・・・・・」
諦めたのか、投げやりな言葉を残し、襖が開き閉じる音がする。そして、廊下を歩く音がしてくる。
「朔耶様?本来なら今日、私は朔耶様に渡す物があって来ました」
「渡すもの?」
未だに顔を覆いながら、朔耶は征一郎の言葉を繰り返す。
「はい。東雲さんと万次郎が来たらお話ししますね」
抱き締めていた体を離した。朔耶と共に布団の上にいた征一郎は、降りて畳の上に行き正座をする。
「東雲さんが不審に思うから、赤い顔を治さないと?ね?」
悪戯が成功したような、軽い調子の声で朔耶の顔色を揶揄する征一郎に朔耶は、キッと大して怖くもない視線を征一郎に送る。
余裕の様子で正座する征一郎に朔耶は、ワナワナと震えたが、色々と敵わないと分かり自分の膝辺りの布を強く掴む。
今まで受けていた、虐待や虐めとは違う部類のモノに戸惑う。
例えるなら、柔らかい布で撫でる様に擽ったい。痛くもないし、辛くもない。只々、優しい。そんな感じだ。それ故に、対処の仕方が分からず、受け入れざる負えない。
火澄様は一体、私に何も求めているのだろうか?求められても応えられない程、私は何も持ってない。
俯いた朔耶はチラッと征一郎の方を盗み見る。にこやかにこちらを見る征一郎に、躊躇いながらも朔耶は盗み見た。
何も敵意は感じない。感じないけど、何かがゾワゾワとする。このゾワゾワの意味が分かれば良いのだけど・・・・・・無理そうだ。
二人の間に無言の静寂が広がる。何かを言いたいが適切な言葉が見つからず、躊躇う朔耶は己を恥じながら待った。それは、三人が部屋に来るまで続いていた。
「とてもじゃないですが、怖くて保管出来ません」
征一郎達は自分達の本来の目的、仕立て直した朔耶のドレスを渡す事を説明した。
けど、孝子達による突然の出来事を引きずる、朔耶や東雲は難色を示す。
それは無理もないと征一郎達も思っていた。
そこで征一郎は笑顔で、朔耶達に次の案を説明する。
「私が預かりましょう。流石に、私の所まで来てドレスを引き裂くなど出来ないでしょう?朔耶様は、当日か前日に迎えを寄越しますから・・・・・私の屋敷か別の所で着替えて、大塚卿相の所に向かうでいいですか?」
笑顔で案を言いながらも、『私の所に来て・・・・』の部分だけ、氷の様に冷たい声を聞いた様な気がした。
その部分だけ、鳥肌が立ってしまった・・・・・
「・・・・・・はい。火澄様にはご迷惑おかけしますが、きっとそちらの方が安心です。度々、ご迷惑おかけしますが宜しくお願いします」
朔耶がそう言って頭を下げると、東雲も同じ様に頭を下げる。
「分かりました。万次郎!すまんがドレスは持ち帰りだ」
「へ~い、分かりました」
部屋の隅で千歳と控えていた万次郎は、軽く挨拶をする。万次郎さえも朔耶が、手元に置きたがらないと思っていたが、やはりな・・・・・と、思っていた。
そこでみんなが納得する方法を提案し、問題解決に導く。うちの征一郎は出来る子なんだよなぁ~と、内心思いながらも表情には出さず、あくまでお付きの人の顔で答える。
「東雲・・・・・ブローチを持ってきて」
「はい。お待ち下さいね」
何かを思い出したように朔耶は、東雲に頼み事をする。東雲は立ち上がると一礼して、部屋を出ていく。数分、待っていると再び東雲は現れる。その手には見覚えのある桐の箱を大事そうに持っている。
「火澄様?申し訳ございませんがこちらのブローチもお渡しします。火澄様の所にあったほうがいいでしょう」
「・・・・・・・無事だったんですね?何処に隠していたのですか?」
驚いた・・・・・・こちらも壊されていると思っていたので諦めていたが、まさか無事だったとは。それにしても何処に隠していたんだ?
「悪いとは思いつつも神棚に置いてました。流石に孝子様達も神棚を荒らすことはしなかったようで安心しました・・・・・・けど、不安は残りますのでドレスと一緒に保管して下さい」
深々と頭を下げる朔耶と、征一郎に渡すため畳に箱を置いて、朔耶と同じ様に頭を下げる東雲の二人を見て征一郎は考えた。
本来なら神棚に添えるものではないが、万が一を考えて神棚に隠した朔耶の危険回避能力は、これまでの経験で培われたものだろう。
それだけ、朔耶から多くのものが奪われたのだと思うと遣る瀬無い気持ちになる。
なら、自分が出来ることは朔耶の憂いを少しでも取り除く事だろう。
「はい。一緒に保管しておきますので安心して下さい」
その言葉を聞いた朔耶達は安堵の表情で互いを見る。
「ありがとうございます火澄様」
「いえいえ・・・・・そうそう、私から一ついいでしょうか?」
「なんでございましょう?」
これは、心に決めていた事だ。一応、本人の許可も貰っているから、あとは二人の判断に任せよう。
「朔耶様の状態がまだ完全な状態ではないですし、私も少々心配でして・・・・・なので、うちの千歳を仮面舞踊が終わるまでこちらに置いてもらえませんかね?医術の心得がありますので一安心かと・・・・・日程も近づいてますし、念の為です。いかがですか?」
密偵とはいかないが、ある意味それに近い状態だ。壬生雀院家の内情は一枚の布を被せたように分かりづらい。
外からが無理なら、内側から攻め入るのみ。但し、朔耶側から侵入して成果があるのかは不明だ。朔耶達はある意味、切離されている存在。その、切離しからどれだけの情報が得られるか・・・・・
征一郎の提案に暫く考えた二人は、征一郎の心配する顔に負けたのか、千歳が残る事を快諾した。
多少の怪我なら自分達で何とかするが、今回は大きな仕事が控えている。その間に何かあれば、迷惑をかけてしまうのは征一郎だ。
ただでさえ、今も迷惑をかけてしまっている。なら、ここは、素直に提案を受け入れるしかない。
「こちらこそ色々、至りませんですみません・・・・・当日まで宜しくお願いします、千歳さん」
「いえいえ・・・・・・こちらこそ宜しくお願いします朔耶様に東雲さん」
三人は互いに礼をして挨拶する。それを見て征一郎は安堵する。内情が少しでも分かることもだが、朔耶に何かあればすぐに対応出来て、少しでも傷つく事が回避出来るからだ。
本当なら自分が残りたいが、それは叶わない事は百も承知。なら、自分の信頼できる人間を配置するしかない。その点、千歳と万次郎は信頼出来る。そして、女性で医術の心得もある千歳なら安心だ。
「千歳・・・・・・あとは頼みました」
「はい、お任せください」
様々なことを色々と含んだ言葉で、千歳に言うと、千歳も心得たように頷く。
二人の何かしらの様子を見ながらも、朔耶はあえて気づかないふりをしていた。
何かを考えているのは分かるが、その何かは分からない。家の事を知りたいのかもしれないが、それは無理な事だ。
壬生雀院家から切り離された私は、何の情報もない。知らない、持ってないと、名ばかり当主の私には利用価値はクズ以下だ。
それでも、許可したの火澄様の為かもしれない。
私に対して何を思っているのか不明だが、少しでもあの方の役に立ちたいと思ってしまう。
何もない、持たない私にはこんな事でしかあの方の願いに報いることは出来ない。
当主としては失格だけど・・・・・・・
朔耶は自分の考えに、心の中で笑い静かに目を閉じた。まるで蓋をするように静かに閉じる。
その様子をじっくりと見られていたことを気付かずに。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
初めて接吻があまりにも濃厚すぎるのはどうなん?征一郎殿?やり過ぎではございませんか?
と、ツッコミつつ、朔耶様ならこれぐらいOKでしょう!と、謎の事を思う私なのでした。
※印を付けてますが、取り敢えず舌を捩じ込む程の深いモノなので付けてます。凄く曖昧なところですが念の為で・・・・・
さて、取り敢えず朔耶様は何とか持ち直し、ドレスの件も片付き、あとは着替えて、乗り込むだけ!!
さて、一体、いつ、乗り込むのか・・・・・
ここまで読んで下さってありがとうございます
評価・ブックマーク登録等して頂ければ幸いです。
評価がモチベーションアップです。宜しければ応援お願いします。応援で狂喜乱舞しております。
応援してくださる皆様方、本当にありがとうございます
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「おやすみなさい・・・・・・朔耶様はどうやら気持ちが昂りすぎたようだ・・・・・何処かに寝かしたいのだが・・・・・どこに運べばいいかな?」
今にも誰かを呪い殺しそうな瞳を一旦、閉じて目を開く。
そこにいるのは好青年で、この状況に戸惑った様子をした青年の征一郎を作り出す。
すぐ近くにいたが、征一郎のとった行動など一切分からない東雲は、征一郎の言葉をそのまま鵜呑みにした。朔耶は気を可笑しくさせて気絶したのだと本気で思う。
「は、はい!朔耶様のお部屋・・・・・駄目・・・・・・あぁ、客間!客間に案内致します」
この屋敷で荒らされたのは朔耶の部屋のみ。本来なら朔耶を自室に運びたかったが、今は叶わない。
今すぐに寝かせられるのは客間が妥当だと結論に至った東雲は急いで立ち上がり、征一郎を案内する。
征一郎も東雲の案内に従うため、朔耶を横抱きにする。
華奢で小柄な朔耶は、征一郎の腕にすっぽりと収まる。体重の軽い朔耶を抱き上げて胸が苦しくなる。
日常的に虐待を受けていたら、食事もきっと何かしらの嫌がらせがあっただろう。満足に食べる事が出来なかったから、こんなにも軽いし小さいのだろう。
征一郎は眉を顰めながら、先頭の東雲に付いていく。沓脱石の所までくると、横から千歳が来てしゃがむ。
朔耶を抱いたまま靴を脱ぐことが出来ないから、千歳の助けを借りて靴を脱ぎ廊下を歩く。
靴の汚れが廊下を汚しているせで、普段は綺麗な廊下が無惨な姿に変わり果てている。
そのまま開かれた襖を通り過ぎる。その部屋は朔耶の部屋で改めて見ると、本当に酷い有り様だ。
箪笥の引き出しは全部引き出されて、畳に投げ出されている。着物も帯もグチャグチャだ。文机も同様で中に収められていた紙や小物が散乱している。
その畳の上には真新しい布切れが、バラバラに裂かれ散らばっていた。薄桃色の襦袢だったものだ。帯も同様に鋏で切られ散らばっている。
流石にこんな部屋に、朔耶を寝かせるのはよくない。東雲の判断は間違いないと思った。
東雲も立ち止まり、朔耶の部屋の現状に顔を歪めた。けど、すぐに顔を上げて、部屋で泣いてた歌弥に言葉を投げかける。
「歌弥!いつまでも泣いていては駄目ですよ?朔耶様が起きる前にお部屋を綺麗に掃除しておきなさい・・・・・・出来ますよね?」
「っ、ひっく!・・・・・で、でぎますぅ!!ちゃんと、綺麗に、しますぅ!!」
しゃくりを上げながらも、自分のすべき事を宣言する歌弥に征一郎は目を見張る。
本当にこの屋敷の者達は、朔耶の事が大事なんだな・・・・・全てが朔耶の敵ではないのだと分かると、何故か顔が少しだけ緩む。
「万次郎。歌弥さんの手伝いをするように。力仕事は得意だろう?」
歌弥の側にいた万次郎に指示を出す。すると、万次郎は「あ~はいはい」と、怠そうに返事をしながらも立ち上がり、まずは出された引き出しを持ち上げる。
「ここは、大丈夫そうですね」
「あとは二人に任せましょう。東雲さん」
千歳と征一郎の言葉に東雲は頷き、朔耶の部屋を後にして前に進む。やがてぴったりと閉じられた襖を開き中に入る。
急いで襖から客用の布団を取り出し畳に敷いていく。
そのまま寝かせようとしたが、朔耶が土汚れで汚れていることに気が付く。
「東雲さん・・・・寝間着か何かありませんか?このままでは布団を汚します」
「少々、お待ち下さい・・・・・・」
東雲は備え付けられた箪笥を開き、藍色の寝間着を一組持ってくる。
「なら、一旦、こちらに寝かしますね。私は廊下に出ますので、着替えをお願いします。あぁ、そうそう、こちらの千歳は医術に関して知識がありますので、朔耶様の怪我の手当に役立つと思います・・・・・あとは任せた」
朔耶を畳に寝かせながら、東雲に人当たりのよい笑顔をし千歳を見る。
千歳は「面倒事を押し付けられた」と内心思いながらも、東雲には征一郎同様の笑顔で頷く。
二人の言葉に躊躇いもあったが、東雲は申し訳なさそうに眉を下げながら「お願いしたします」と頭を下げた。
朔耶の事は二人に任し、征一郎は廊下に出て襖を閉める。誰もいなくて二人だけなら遠慮する事なく着替えさせたが、ここは大人しく引き下がったほうが今後の為だと分かっている。
襖の奥からは「お湯をお持ちします」や「薬箱はありますか?」と声がする。すると、バタン!!と襖が開き、東雲が慌てた様子で出ていく。
「・・・・・・・千歳」
「はい、なんですか?」
「様子はどうだ?」
「う~ん・・・・・特に骨に異常はないし、痣は出来てるね・・・・・頬の腫れも冷やせば良くなるかな?細かな傷があるけど大丈夫・・・・・外見はね?心は何とも言えない」
襖越しに征一郎は朔耶の様子を確認する。千歳も征一郎の心配する気持ちがよく分かるから、注意深く確認し説明する。
外傷はそれ程酷くない。けど、心の傷は深い。さて、その傷を少しでも癒す為にはどう、尽せばいいのか・・・・・・
征一郎が悩んでいる間に、東雲が両手にお湯の入った桶や薬箱を抱え戻ってくる。
二人の声が聞こえる中、征一郎は深いため息をして、廊下に座り込み、天井を煽り見る。
「自分のせいだ」と、悲痛な声で訴えた朔耶の顔が脳裏にこびり付く。着物を貰ったことも、着たことも悪いことではないのに。それを否定して、まるで生きていること自体を悪だと、植え付けさせられている。一体、彼女は何をした?
当主に選ばれただけで、ここまで一人の人間を追い詰める事に何の疑問も抱かないのだろうか?
そもそも、当主になれなかった腹いせの様にも見える。そんなの、自分達の技量がなかっだけだろう?
俺は、次期当主と言われていたが、それに胡座をかくことなく、鍛錬も何もかも精進した。
そして、地固めを徹底して、誰からも文句を言われない程、確固たるものにした。
朔耶は全く関係のない世界から突然、当主になった。反発は酷かったらしい。けど、当主交代の儀では、直系の子供や、息のかかった愛妾の子供達が軒並み失敗し、最後は朔耶が無理矢理な形で、交代の儀をして受け継いだ。
交代の儀の内容は調べたが、分からずじまいで、何をどうしたら当主になるのかは不明だ。
火澄家の力を使っても分からないのは相当、隠されたものなのだろう。流石、壬生雀院家と言えばいいのだろうか?
当主になってからの朔耶は、生きる事が地獄の様な日々を送っていった。調べれば調べる程、吐き気が出そうなほど酷く、よく、こんな状況になっても命を絶たなかった思う程だ。
「・・・・・・・助けたいなぁ・・・・・」
それは、征一郎の口から自然と出た言葉だった。無意識の言葉ほど真の言葉はないだろう。本当に助けたい気持ちが、自然と口に出るほど征一郎は朔耶を守りたい、助けたいと思っていた。
「あとは、頬を冷やしておいてください」
汚れた着物から、藍色の寝間着に着替えた朔耶を布団に寝かし、掛け布団を掛けながら千歳は東雲に伝える。
二人で協力して、朔耶を布団に寝かしても良かったのだが、呼ばなければ後々、面倒くさ事になる事を重々に理解している千歳によって、征一郎は呼ばれ、布団に寝かせる為に抱いて、ゆっくりと横たえさせる。
顔には墨やら、土汚れらやで汚れていたが、綺麗に拭われ本来の、きめ細かい肌が現れている。けど、叩かれたせいで赤くなり、多少腫れてもいる。そんな頬を労るように、濡れた手拭いを当てて冷やしていく。
「あとは、若に冷やしてもらいますから、東雲さんは他の仕事をされてください。他にもしないといけないことが有りますでしょう?私も念の為こちらにいますから・・・・・・」
「宜しいのでしょうか?こんなにも色々として下さったのに・・・・・・」
東雲がしないといけないことは沢山ある。けど、主が心配でどうするか悩んでいたのも事実。
千歳達の言葉はまさに、渡りに船の状態だ。
「安心して下さい。若が寝込みを襲うならば私が命に代えても守りますから」
「おい?千歳?」
「まさか!火澄様がそのような事をなさるとは微塵も思っておりませんよ・・・・・・・図々しいとは思うでしょうが、朔耶様の事をお願いします」
額を畳に付ける程、深い挨拶を東雲はする。きっと、この人なら大丈夫だと何故だか分からないがそう思う。不思議な程に。
「えぇ、お任せください。千歳の言ったことは絶対ないので。東雲さんは東雲さんの仕事をして下さい」
安心させるような笑顔を東雲に向ける征一郎に、千歳は妙な冷や汗を出しながら見守った。
猫被りもいいほどだ。一体、何十匹の猫をかぶっているんだか。本当、この次期当主様は恐ろしいよ・・・・・・・
相手が朔耶様じゃなければ、こんなにも尽くさないだろう。私達に丸投げして自分はさっさと帰っているだろう。
頬を冷やすとか、進んでしないだろうに。いそいそと、手拭いを濡らしてさぁ~~
自分の大事なモノ、気になるモノ、守らなければいけないモノが、他人に壊される時、うちの若はそれは、それは冷酷な人間になる。
今は上手く隠しているが、若い頃は、それが上手く出来なくて色々、大変だったのよね~
朔耶様が大事なのは、よぉ~~~く分かった。なら、私達はそんな若の気持ちを汲み取り見守るだけ。
「起きたらお呼びしますね。気にされず東雲さんも東雲さんの仕事をされてください」
千歳は渾身の笑顔を浮かべて東雲を見る。東雲も多少の躊躇いはあったが二人の心強い言葉と、後始末の多さに疲弊していた時に、出された言葉に藁をも縋る思いで「お願い致します」と再び返事していた。
二人は頷き承諾する。東雲は少しだけ安心して寝ている朔耶を託し、部屋を出ていった。
「・・・・・・それで、朔耶様はどんな状態だ?」
笑顔だった征一郎はがらりと顔付きを変える。冷たい視線を千歳に向ける。
その視線に背筋を伸ばしていずまいを正し、千歳は征一郎を見る。
「先程も話した通り、骨に異常はありません。背中を踏みつけられていたせいか、背中に痣はありますが時間と共になくなるでしょう。外に出された時に擦りむいたりしたものもありますが、こちらも薬を塗りましたので大丈夫・・・・・あとは、心の傷ですかね。こちらばかりは私でも・・・・」
最後は尻すぼみで段々と声が小さくなる。千歳の言いたいことが分かるせいか、征一郎は何も言わず朔耶の頬を冷やすため手拭いを濡らす。
「分かった・・・・・・それで、朔耶の元々ある傷の事も聞いてたであろう?」
「えぇ、若には必要な情報だと思い聞いてました。予想通りと言いますか、聞いていて胸が締め付けられそうになりました」
「東雲さんは何と?」
「朔耶様はそれまで違う世界に住んでました。なのに、無理矢理、当主になり、呪術の知識など一切ないのは分かっているのに、勉強だ!修行だ!と言っては無体なことを・・・・・肌が裂けるまで打ち叩き、護摩修行だと言っては火を当てて・・・・・朔耶様が手袋しているのは、そんな行き過ぎた虐待の末、大火傷を両手に負って見るに耐えない為、手袋をしているそうです。なので、若?無理矢理脱がしては駄目ですよ?」
洗濯して綺麗な寝間着なのに、手袋だけは脱がされず、土で薄汚れているのはそのせいかと征一郎は納得する。いくら、寝ていたと言え自分の預かり知らぬ間に手袋が変わっていたら朔耶も嫌がるだろう。
「分かった」
「食事も酷い有様で・・・・・・腐ったもの、虫の死骸は当たり前。時には毒も盛られたとか。食べる事に毎日苦労していたそうです。今では普通に食べられるけど、胃が小さくなりすぎて食事量があまり増えないとか。それで、東雲さん達は少しでも栄養のある物を食べさせようと考えてるようです」
いつかは、鍋いっぱいのぜんざいを食べたいと話していたのを思い出す。やろうと思えば出来るのに、出来ないのは何故なのか?その理由が分かったような気がした。
「目の前で母親の形見の着物や装身具を壊す、燃やされ、父親・・・・・前当主に貰った物さえも・・・・・暗闇の蔵や長持ちに閉じ込めたりと、本当に生きているのが不思議なくらい地獄を体験されてます・・・・・・若?若はそんな朔耶様を救えますか?」
最後はいつも冗談を言ってくる千歳からは考えられない程、真剣な表情と視線を征一郎にぶつける。
「約束しよう。私は朔耶を助けたい。安心して笑えるように。怯えず、自分を卑下せずに」
前提はそこだ。卑下せず、怯えず。そして、私を受け入れて欲しい。私に微笑みかけて欲しい。私のそばにいて欲しい。
そして、私なしでは生きられない程、私に依存してくれたら嬉しいが・・・・・・そこは、また違う話だ。
「・・・・・・なんか、良からぬことを考えてますね?そこは、追々、問い詰めるとして・・・・・朔耶様が起きたら、贈られた着物の件できっと謝るでしょう」
「分かっている。そこは、考えているが・・・・・先に言っておく。東雲さんには言うなよ?」
泣きぼくろを歪ませて笑う征一郎に、千歳は「不味った!!」と思ったが、後の祭りと思い心の中で合掌した。相手は勿論、朔耶だ。
「へい・・・・・・了解しました・・・・・・」
それ以外、なんと言えと?千歳はそんな事を思いながら、朔耶の方を見る。
静かに寝息をたて、穏やかに眠る彼女の頬を、愛おしそうに包み込む、征一郎の執着じみた視線に
僅かばかり慄き戦慄したのは言うまでもない。
「っ・・・・・ん・・・・・・」
背中は痛い。頬は痛いのに冷たくて気持ちいい。矛盾する頬に違和感を覚える。
朔耶の意識は、段々と雲が消え明確になる。白いモヤのようなモノがなくなる。瞼が少しずつ持ち上がる。ボヤケているが最初に目についたのは天井だ。
そして、視界に僅かに映る人物。ボヤけていたせいで誰かは分からなかった。けど、段々と視界が良好になってくると、その誰かが分かってくる。
心配そうに見つめてくる征一郎と視線が合う。寝起きで頭がぼーっとしていたが、突然、鈍器で頭を殴られたかのように、頭に気絶するまでの情報が一気に流れ込む。
孝子様が来て、着物を裂き、庭に出され足蹴にされた事を。
「っぅ、あ・・・・・」
体の節々が、特に腕あたりが痛い。けど、そんな事、気にする余裕などない。今、私がすべき事は謝ることだ。
私に贈ったばかりに、素敵な着物を台無しにした。私が着なければ他の人が着たであろうものを。
朔耶は焦点の定まらない瞳だったが、征一郎を見つめると、段々と覚醒していく。そして、大きく開かれた瞳は、後悔や懺悔といった負の感情で一瞬で染まり征一郎を見つめる。
そして、弾かれたように体を起こすと、その場で征一郎に向かい土下座する。
「申し訳御座いません・・・・・・申し訳御座いません。お着物を、折角、贈って頂いた着物を・・・・・・ごめんなさい・・・・ごめんなさい・・・・・・」
ガタガタと震え、征一郎に向かい土下座する姿に征一郎は眉を顰める。
「朔耶様?もう、いいんですよ。謝らないで下さい」
「私がいけないんです。私が着なければ・・・・・ごめんなさい、ごめんなさい」
「朔耶!」
征一郎は朔耶の両肩を掴み体を起こす。
征一郎を見たくないのか、それとも見たらいけないのか、顔を伏せ狂ったように「ごめんなさい」を繰り返す。
蒼白い顔をし、今にも泣きそうな瞳に、ガタガタと葉の根の合わない口。
己の行為を最大の悪と捉え、震えているのが痛いほど伝わり、征一郎も辛い顔になってしまう。
だが、征一郎はここで大人しく引き下がることは考えていない。震える朔耶を強く抱きしめる。
「!!ひ、ずみ様?」
「朔耶のせいではないでしょう?それ以上、自分を責めるなら・・・・・・」
「!!っ、ん!んん~~」
驚いた朔耶の両頬を征一郎の手のひらで、優しく包み込むように触り、征一郎を見るように固定する。そして、僅かに空いた朔耶の唇を塞ぐように、征一郎は自分の唇を重ねた。
頭が白くなるとは、まさにこの事だった。顔を動かないように固定されたと思ったら、火澄様と目が合った。悲しそうな顔なのに、瞳だけは違った。何か苛立ちを含んだ様にも見えるし、悲しそうにも見えるし・・・・・・
その瞳の感情に不安を覚えた。けど、次に驚いたのは私の唇が温かいモノで塞がれた事だ。
その正体は火澄様の唇だった。あまりにも驚きすぎて、混乱してしまった。
なぜ?どうして?何が起こったの?そんな、疑問ばかりが次々に生まれる。問いただしたくて声を出したいのに、私の声は火澄様の口の中に消えていく。
朔耶が驚き、声を出したが、その声は全て征一郎の口の中に消えていく。そのまま、開かれた口の中に、征一郎は己の舌を朔耶の中に捩じ込むように入れていく。
驚き、固まった朔耶の舌に絡みつくように征一郎は、自分の舌を絡ませていく。
クチュ、パチュと水音が、二人の重なった唇からあふれ漏れる。
「ん、んん!」
急に怖くなり、何かに掴まらないと体が可笑しくなりそうな感覚に支配された朔耶は、堪らず征一郎の背広の襟を掴む。
間近にある、征一郎の獣のようなギラついた瞳が怖くて、朔耶はギュッと目を閉じた。
動かない舌を絡め、舌同士を擦る。飽きると今度は、口内をくまなく舌が駆け回る。
上顎を掠める度にビクッ、と体が震える。
ここが弱いのだと、征一郎に教えている事など露知らず、朔耶は与えられる感覚に体を震わせる。
二人の唾液が朔耶の口内に少しずつ溜まり始める。それさえも息苦しい原因だと無意識思うと、朔耶は喉を鳴らしながら飲み込んだ。
その、無意識の行為に征一郎は増々、喜びを覚え、朔耶の口内で己の舌を使う。
夢中で朔耶の口内を舌で犯していたが、朔耶が弱々しくも征一郎の胸を叩いていることに気づく。よくよく見ると、朔耶は息をしていない。
息の仕方が分からず、息を止めていたのがすぐに分かる。
征一郎は慌てて唇を離した。すると、やっと息が出来た朔耶は、額を征一郎の胸に押し付けながら、肩で息をする。
「ハァ━━━ハァ━━ハァ━━・・・・・・・」
くたっと体を弛緩させ、今まで出来なかった呼吸をしている朔耶に、己の性急さを恥じる。
まさか、呼吸の仕方も知らぬほどだったとは・・・・・
どこまで無垢なんだ・・・・・
「っ・・・・すみません。けど、覚えておいて下さい。朔耶?今度、また、自分を卑下したらその唇を塞ぎますよ?」
朔耶の耳元で、脅しにも似た冷たい声で征一郎は言う。
卑下する度に、朔耶の唇を塞ぐ。それも息もできぬほどの深いモノを、じっくりと・・・・・・
想像しただけで己の一部が熱を持ち始めるが、そこは抑え込む。こんなところで獣に変わった姿など見せる気はさらさらない。何故なら・・・・
「わぁ~~かぁ~~~何、見せつけているんですか?」
頃合いを見て、千歳が少し苛立ちながら言葉を投げかける。
「?!えっ!」
未だに息が整わず、ハァーハァーと息をしている朔耶は、自分の後ろから別の女性の声を聞いて体がビクッと飛び上がった。
生まれて初めて接吻を交わした。私の知っているのは唇同士を重ねるものだ。それ以上のものがあると歌弥が以前、夢見心地で話したのを覚えている。けど、そんなもの想像出来なかった。
きっと、火澄様とした接吻が、それ以上のものだろうか?それなら、なんと恐ろしい・・・・・
舌が口内を動き回り、私の上顎を掠める度に背中がゾクゾクして、仰け反った。
自分の口の中に、自分のものか、火澄様のものか分からないけど唾液がたまり、飲み込んだ。すると、更に激しく私の中を舌が縦横無尽に動く。
余りにも激しくて、息が出来なくて、苦しくて、何度か胸を叩いたらやっと、離してくれた。危うく窒息死するところだった・・・・・・接吻で窒息死なんて恥ずかしい。
何故か分からないけど体に力が入らなくて、火澄様の体に自分の体に預けて息を整える。
自分とは違う、逞しくて、力強い体に何故か安心してしまう。
その時、耳元で火澄様の声がする。とても、冷たく、聞いていて体が萎縮してしまう程に。
『っ・・・・すみません。けど、覚えておいて下さい。朔耶?今度、また、自分を卑下したらその唇を塞ぎますよ?』
私は当主に相応しくない、恥な人間なんだと散々言われ続けた。芸者の子は恥、お前の母親はなんて卑しい身分・・・・・そんなお前も卑しい身分だと・・・・・・・
壬生雀院家の恥、そんなお前が当主なんて・・・・
下に見られ、卑下することで己を保ったのは間違いない。そうしなければあんな地獄に耐えられなかった。
なのに、火澄様はそんな私の考えを否定するような事を言うなんて・・・・・・それも、考えられない行動を伴って!
余りにも勝手過ぎる言葉にたじろいでいると、今度は後ろから女性の声がする
『わぁ~~かぁ~~~何、見せつけているんですか?』
あまりにも突然過ぎて、心臓が止まるかと思った。体が跳びはねた。
「そこにいる千歳が悪い・・・・・朔耶様?すみませんでした・・・・・・けど、さっきの言葉は本当に実行しますから努々、忘れないようにして下さい」
普段の体温以上に熱くなった耳に、それ以上の熱くて柔らかいモノが触れ、「チュッ」と濡れた音がした。それが、火澄様の唇だと理解するのにどれほどの時間がかかったことか・・・・・・
顔から火を噴く、いや、噴きそうな勢いに私は慌てて顔を自分の手のひらで隠した。
「っ~~~~」
何も言えない。いや、言葉が思い浮かばない。言いたいことは沢山あるのに、それに合う適切な言葉が見つからない。頭が真っ白で自分の鼓動が五月蝿くて仕方がない。
そんな、私の背中を優しく撫でながら火澄様は後ろの女性━━━━千歳さんに指示をしている。
「朔耶様が目を覚ましたから、東雲さんに連絡を。あと、万次郎も呼んでこい。本来の目的を果たすぞ」
「は~い・・・・・・けど、目的達成出来るのかね?無理じゃないの?」
「分かっている・・・・・・それは、今後の様子で追々、考えるから・・・・取り敢えず東雲さんを呼んでこい」
「はいはい・・・・・人使いの荒い人だこと・・・・・・」
諦めたのか、投げやりな言葉を残し、襖が開き閉じる音がする。そして、廊下を歩く音がしてくる。
「朔耶様?本来なら今日、私は朔耶様に渡す物があって来ました」
「渡すもの?」
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抱き締めていた体を離した。朔耶と共に布団の上にいた征一郎は、降りて畳の上に行き正座をする。
「東雲さんが不審に思うから、赤い顔を治さないと?ね?」
悪戯が成功したような、軽い調子の声で朔耶の顔色を揶揄する征一郎に朔耶は、キッと大して怖くもない視線を征一郎に送る。
余裕の様子で正座する征一郎に朔耶は、ワナワナと震えたが、色々と敵わないと分かり自分の膝辺りの布を強く掴む。
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火澄様は一体、私に何も求めているのだろうか?求められても応えられない程、私は何も持ってない。
俯いた朔耶はチラッと征一郎の方を盗み見る。にこやかにこちらを見る征一郎に、躊躇いながらも朔耶は盗み見た。
何も敵意は感じない。感じないけど、何かがゾワゾワとする。このゾワゾワの意味が分かれば良いのだけど・・・・・・無理そうだ。
二人の間に無言の静寂が広がる。何かを言いたいが適切な言葉が見つからず、躊躇う朔耶は己を恥じながら待った。それは、三人が部屋に来るまで続いていた。
「とてもじゃないですが、怖くて保管出来ません」
征一郎達は自分達の本来の目的、仕立て直した朔耶のドレスを渡す事を説明した。
けど、孝子達による突然の出来事を引きずる、朔耶や東雲は難色を示す。
それは無理もないと征一郎達も思っていた。
そこで征一郎は笑顔で、朔耶達に次の案を説明する。
「私が預かりましょう。流石に、私の所まで来てドレスを引き裂くなど出来ないでしょう?朔耶様は、当日か前日に迎えを寄越しますから・・・・・私の屋敷か別の所で着替えて、大塚卿相の所に向かうでいいですか?」
笑顔で案を言いながらも、『私の所に来て・・・・』の部分だけ、氷の様に冷たい声を聞いた様な気がした。
その部分だけ、鳥肌が立ってしまった・・・・・
「・・・・・・はい。火澄様にはご迷惑おかけしますが、きっとそちらの方が安心です。度々、ご迷惑おかけしますが宜しくお願いします」
朔耶がそう言って頭を下げると、東雲も同じ様に頭を下げる。
「分かりました。万次郎!すまんがドレスは持ち帰りだ」
「へ~い、分かりました」
部屋の隅で千歳と控えていた万次郎は、軽く挨拶をする。万次郎さえも朔耶が、手元に置きたがらないと思っていたが、やはりな・・・・・と、思っていた。
そこでみんなが納得する方法を提案し、問題解決に導く。うちの征一郎は出来る子なんだよなぁ~と、内心思いながらも表情には出さず、あくまでお付きの人の顔で答える。
「東雲・・・・・ブローチを持ってきて」
「はい。お待ち下さいね」
何かを思い出したように朔耶は、東雲に頼み事をする。東雲は立ち上がると一礼して、部屋を出ていく。数分、待っていると再び東雲は現れる。その手には見覚えのある桐の箱を大事そうに持っている。
「火澄様?申し訳ございませんがこちらのブローチもお渡しします。火澄様の所にあったほうがいいでしょう」
「・・・・・・・無事だったんですね?何処に隠していたのですか?」
驚いた・・・・・・こちらも壊されていると思っていたので諦めていたが、まさか無事だったとは。それにしても何処に隠していたんだ?
「悪いとは思いつつも神棚に置いてました。流石に孝子様達も神棚を荒らすことはしなかったようで安心しました・・・・・・けど、不安は残りますのでドレスと一緒に保管して下さい」
深々と頭を下げる朔耶と、征一郎に渡すため畳に箱を置いて、朔耶と同じ様に頭を下げる東雲の二人を見て征一郎は考えた。
本来なら神棚に添えるものではないが、万が一を考えて神棚に隠した朔耶の危険回避能力は、これまでの経験で培われたものだろう。
それだけ、朔耶から多くのものが奪われたのだと思うと遣る瀬無い気持ちになる。
なら、自分が出来ることは朔耶の憂いを少しでも取り除く事だろう。
「はい。一緒に保管しておきますので安心して下さい」
その言葉を聞いた朔耶達は安堵の表情で互いを見る。
「ありがとうございます火澄様」
「いえいえ・・・・・そうそう、私から一ついいでしょうか?」
「なんでございましょう?」
これは、心に決めていた事だ。一応、本人の許可も貰っているから、あとは二人の判断に任せよう。
「朔耶様の状態がまだ完全な状態ではないですし、私も少々心配でして・・・・・なので、うちの千歳を仮面舞踊が終わるまでこちらに置いてもらえませんかね?医術の心得がありますので一安心かと・・・・・日程も近づいてますし、念の為です。いかがですか?」
密偵とはいかないが、ある意味それに近い状態だ。壬生雀院家の内情は一枚の布を被せたように分かりづらい。
外からが無理なら、内側から攻め入るのみ。但し、朔耶側から侵入して成果があるのかは不明だ。朔耶達はある意味、切離されている存在。その、切離しからどれだけの情報が得られるか・・・・・
征一郎の提案に暫く考えた二人は、征一郎の心配する顔に負けたのか、千歳が残る事を快諾した。
多少の怪我なら自分達で何とかするが、今回は大きな仕事が控えている。その間に何かあれば、迷惑をかけてしまうのは征一郎だ。
ただでさえ、今も迷惑をかけてしまっている。なら、ここは、素直に提案を受け入れるしかない。
「こちらこそ色々、至りませんですみません・・・・・当日まで宜しくお願いします、千歳さん」
「いえいえ・・・・・・こちらこそ宜しくお願いします朔耶様に東雲さん」
三人は互いに礼をして挨拶する。それを見て征一郎は安堵する。内情が少しでも分かることもだが、朔耶に何かあればすぐに対応出来て、少しでも傷つく事が回避出来るからだ。
本当なら自分が残りたいが、それは叶わない事は百も承知。なら、自分の信頼できる人間を配置するしかない。その点、千歳と万次郎は信頼出来る。そして、女性で医術の心得もある千歳なら安心だ。
「千歳・・・・・・あとは頼みました」
「はい、お任せください」
様々なことを色々と含んだ言葉で、千歳に言うと、千歳も心得たように頷く。
二人の何かしらの様子を見ながらも、朔耶はあえて気づかないふりをしていた。
何かを考えているのは分かるが、その何かは分からない。家の事を知りたいのかもしれないが、それは無理な事だ。
壬生雀院家から切り離された私は、何の情報もない。知らない、持ってないと、名ばかり当主の私には利用価値はクズ以下だ。
それでも、許可したの火澄様の為かもしれない。
私に対して何を思っているのか不明だが、少しでもあの方の役に立ちたいと思ってしまう。
何もない、持たない私にはこんな事でしかあの方の願いに報いることは出来ない。
当主としては失格だけど・・・・・・・
朔耶は自分の考えに、心の中で笑い静かに目を閉じた。まるで蓋をするように静かに閉じる。
その様子をじっくりと見られていたことを気付かずに。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
初めて接吻があまりにも濃厚すぎるのはどうなん?征一郎殿?やり過ぎではございませんか?
と、ツッコミつつ、朔耶様ならこれぐらいOKでしょう!と、謎の事を思う私なのでした。
※印を付けてますが、取り敢えず舌を捩じ込む程の深いモノなので付けてます。凄く曖昧なところですが念の為で・・・・・
さて、取り敢えず朔耶様は何とか持ち直し、ドレスの件も片付き、あとは着替えて、乗り込むだけ!!
さて、一体、いつ、乗り込むのか・・・・・
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最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。
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