134 / 325
112
しおりを挟む
ある日の午後、剣道場から竹刀同士のぶつかる音が響く。
「肩と腕の力を抜かないと間合いはつめられないよ」
「はい!」
「今の抜き方を覚えていて」
互いに防具を着て夜神と庵は稽古する。
最初の頃と比べると随分長い間、打ち合いが出来るようになってきたことを、夜神は感心していた。
そして、いまの太刀筋は迷いがないのだ。そのせいか時々、驚く動きを見せる庵に、夜神は汗ばむこともある。
もし、「高位クラス武器」が刀なら、互いに高め合えていける存在なのかもしれない。是非ともそうなって欲しい。庵君なら背中を任しても安心出来そうだ。
夜神の中では、庵の存在は大きな存在になっていた。背中を任してもいいと思えるほどの存在は少ないのだ。
その中にまだ、学生の庵がいることに対して驚きと、迷いと嬉しさと様々な感情が渦巻いているのも理解している。
「胴ぉ━━━━っっ!!」
庵が腕を上げた瞬間に、夜神は踏み込んで竹刀を胴に叩き込む。
「参りました」
わずかによろけただけで、体勢を持ち直しているのも成長した証かもしれない。
「間合いのつめ方、だいぶ上達したね。この調子で頑張ってね庵君」
「ありがとうございます」
「少し庵君は休憩しようか。私はしないといけない事があるから」
微笑んで、道場の端の方を見る。
庵はずっと気になっていたのだ。学生が防具を身に着けて、端の方で待機しているのを。
「大佐?」
「この時期になると、学生が稽古をして欲しいと来るのよ。長谷部中佐や相澤中佐のところにも来るの。テストに向けてだから断りづらいしね」
風物詩かなぁ~と、微笑んでいる姿はとても楽しそうに見える。
「そこの学生達は私の稽古を希望するの?」
夜神はよく通る声を出して、学生達に尋ねる。
「はい!」
「よろしければお願いします!」
「お願いします!」
三人がそれぞれ願い出るのを聞いて夜神は手招きする
「折角だから、一人ずつ打ち込んでおいで。色々と教えるから。最初は誰から来る?」
それを聞いて少し悩んでしまっていたが、一人の学生が挙手して前に出てくる。
「私からでお願いします!」
「いいよ。準備が出来たらいつでもおいで」
「はい!」
そうして三人の学生は夜神に稽古してもらう。
その間、庵は休憩しながらも、その三人と夜神の動きを見る。
見ているだけでも勉強になるのと、単純に夜神の動きに目を奪われるからだ。
同じように防具を身に着け、竹刀を握っているのに、その動きは桁違いに精錬で鮮烈。
見ているものを引き込む力がある。
しばらく庵は見ていたが、やがて稽古が終わり学生達は道場を去っていく。
「庵君?どうしたの。そんなにぼーとして。疲れたの?」
夜神が少し心配そうにして、庵に話しかける。
「いえ、大丈夫です。大佐こそ休憩なしで稽古して大丈夫なのですか?」
庵は不思議に思った。ただでさえ長い時間、庵の稽古で打ち合いをしているのに、休憩なしで学生三人を順番に相手したのだ。
体力のある男性でも疲れるのに、小柄な女性の夜神は、息一つ乱すことなく立っている。
「心配してくれてありがとう。私大丈夫だよ。武器の恩恵があるからね」
「高位クラス武器」が認めた使い手には、武器の恩恵で体力などの身体機能が著しく上昇する。普通の人よりも持久力があったり、力があったりとする。それは吸血鬼と戦う上で重視されるものでもある。
ただ、恩恵があるとは言え、夜神は他の人よりも優れている。それが恩恵を受けただけとは考えられない。
それは七海中佐も不思議に思っていることだった。
以前、「高位クラス武器」について話していた時に、ボソッと呟いたのだ。
━━━━夜神の身体機能の上昇は、武器の恩恵だけではない。けどそれは説明出来ないし、証明も出来ない。元々の素質に恩恵が付与されて、それが相乗効果を生み出している。その元々の素質が何なのかは皆目検討がつかないと。
「恩恵は凄いですね。自分も「高位クラス武器」に認められたら同じような恩恵を受けることは出来ますか?」
「もちろんだよ。その為には色々と頑張らないとね」
その白い瞳で夜神は庵を見て、ニッコリと笑う。
学生三人を相手にしていたのに、息を乱すこともなく、汗をほんの少し滲ませるだけで、普段と変わらない様子で、庵と話す夜神に少しだけ畏怖を覚える。
だが、反対に「こうなりたい!」と憧れも生まれる。
相反する感情が芽生えるが、それを含めて「愛したい」と思っている。
だが、時期では無い事も知っている。まだ土俵は完成してない。
全ての想いを伝えるのは、やるべきことをやった後だ。それまでは何も伝えないし、分ってもらおうとも思ってない。
(一部の人には分かってしまっているが・・・・)
「大佐と同じような恩恵を授かれるように、頑張っていきます。後期のテストが目安ですかね?」
「そうだね。後期のテストで成績が良ければ、色々と優遇があるからね・・・・だから、頑張って一位をとるんでしょう?私は応援するし、力添えもするよ。けど、最後は庵君の努力と頑張りが物を言うしね。わたしは手助けをするだけで、後は庵君次第かな?」
庵より、頭一つ小さい夜神は見上げるようにして、庵を白い眼で見つめる。その瞳は「信頼している」と語っているような雰囲気だった。
「もちろん、自分は後期のテストは一位を取るために頑張ります。大佐にも話を聞いてもらいたいと約束しましたし、その為には、結果を出さないといけない事もわかってます」
邪な考えと、指をさされて言われようと、これだけは譲れない。
庵は見上げる夜神に笑顔を見せる。その笑顔は他人にはけして見せない、何かを愛おしむ優しい笑顔だった。
その笑顔は目の前の、不思議な白い目と隠されているが、白練色の髪をした女性にだけ見せるものである。
「肩と腕の力を抜かないと間合いはつめられないよ」
「はい!」
「今の抜き方を覚えていて」
互いに防具を着て夜神と庵は稽古する。
最初の頃と比べると随分長い間、打ち合いが出来るようになってきたことを、夜神は感心していた。
そして、いまの太刀筋は迷いがないのだ。そのせいか時々、驚く動きを見せる庵に、夜神は汗ばむこともある。
もし、「高位クラス武器」が刀なら、互いに高め合えていける存在なのかもしれない。是非ともそうなって欲しい。庵君なら背中を任しても安心出来そうだ。
夜神の中では、庵の存在は大きな存在になっていた。背中を任してもいいと思えるほどの存在は少ないのだ。
その中にまだ、学生の庵がいることに対して驚きと、迷いと嬉しさと様々な感情が渦巻いているのも理解している。
「胴ぉ━━━━っっ!!」
庵が腕を上げた瞬間に、夜神は踏み込んで竹刀を胴に叩き込む。
「参りました」
わずかによろけただけで、体勢を持ち直しているのも成長した証かもしれない。
「間合いのつめ方、だいぶ上達したね。この調子で頑張ってね庵君」
「ありがとうございます」
「少し庵君は休憩しようか。私はしないといけない事があるから」
微笑んで、道場の端の方を見る。
庵はずっと気になっていたのだ。学生が防具を身に着けて、端の方で待機しているのを。
「大佐?」
「この時期になると、学生が稽古をして欲しいと来るのよ。長谷部中佐や相澤中佐のところにも来るの。テストに向けてだから断りづらいしね」
風物詩かなぁ~と、微笑んでいる姿はとても楽しそうに見える。
「そこの学生達は私の稽古を希望するの?」
夜神はよく通る声を出して、学生達に尋ねる。
「はい!」
「よろしければお願いします!」
「お願いします!」
三人がそれぞれ願い出るのを聞いて夜神は手招きする
「折角だから、一人ずつ打ち込んでおいで。色々と教えるから。最初は誰から来る?」
それを聞いて少し悩んでしまっていたが、一人の学生が挙手して前に出てくる。
「私からでお願いします!」
「いいよ。準備が出来たらいつでもおいで」
「はい!」
そうして三人の学生は夜神に稽古してもらう。
その間、庵は休憩しながらも、その三人と夜神の動きを見る。
見ているだけでも勉強になるのと、単純に夜神の動きに目を奪われるからだ。
同じように防具を身に着け、竹刀を握っているのに、その動きは桁違いに精錬で鮮烈。
見ているものを引き込む力がある。
しばらく庵は見ていたが、やがて稽古が終わり学生達は道場を去っていく。
「庵君?どうしたの。そんなにぼーとして。疲れたの?」
夜神が少し心配そうにして、庵に話しかける。
「いえ、大丈夫です。大佐こそ休憩なしで稽古して大丈夫なのですか?」
庵は不思議に思った。ただでさえ長い時間、庵の稽古で打ち合いをしているのに、休憩なしで学生三人を順番に相手したのだ。
体力のある男性でも疲れるのに、小柄な女性の夜神は、息一つ乱すことなく立っている。
「心配してくれてありがとう。私大丈夫だよ。武器の恩恵があるからね」
「高位クラス武器」が認めた使い手には、武器の恩恵で体力などの身体機能が著しく上昇する。普通の人よりも持久力があったり、力があったりとする。それは吸血鬼と戦う上で重視されるものでもある。
ただ、恩恵があるとは言え、夜神は他の人よりも優れている。それが恩恵を受けただけとは考えられない。
それは七海中佐も不思議に思っていることだった。
以前、「高位クラス武器」について話していた時に、ボソッと呟いたのだ。
━━━━夜神の身体機能の上昇は、武器の恩恵だけではない。けどそれは説明出来ないし、証明も出来ない。元々の素質に恩恵が付与されて、それが相乗効果を生み出している。その元々の素質が何なのかは皆目検討がつかないと。
「恩恵は凄いですね。自分も「高位クラス武器」に認められたら同じような恩恵を受けることは出来ますか?」
「もちろんだよ。その為には色々と頑張らないとね」
その白い瞳で夜神は庵を見て、ニッコリと笑う。
学生三人を相手にしていたのに、息を乱すこともなく、汗をほんの少し滲ませるだけで、普段と変わらない様子で、庵と話す夜神に少しだけ畏怖を覚える。
だが、反対に「こうなりたい!」と憧れも生まれる。
相反する感情が芽生えるが、それを含めて「愛したい」と思っている。
だが、時期では無い事も知っている。まだ土俵は完成してない。
全ての想いを伝えるのは、やるべきことをやった後だ。それまでは何も伝えないし、分ってもらおうとも思ってない。
(一部の人には分かってしまっているが・・・・)
「大佐と同じような恩恵を授かれるように、頑張っていきます。後期のテストが目安ですかね?」
「そうだね。後期のテストで成績が良ければ、色々と優遇があるからね・・・・だから、頑張って一位をとるんでしょう?私は応援するし、力添えもするよ。けど、最後は庵君の努力と頑張りが物を言うしね。わたしは手助けをするだけで、後は庵君次第かな?」
庵より、頭一つ小さい夜神は見上げるようにして、庵を白い眼で見つめる。その瞳は「信頼している」と語っているような雰囲気だった。
「もちろん、自分は後期のテストは一位を取るために頑張ります。大佐にも話を聞いてもらいたいと約束しましたし、その為には、結果を出さないといけない事もわかってます」
邪な考えと、指をさされて言われようと、これだけは譲れない。
庵は見上げる夜神に笑顔を見せる。その笑顔は他人にはけして見せない、何かを愛おしむ優しい笑顔だった。
その笑顔は目の前の、不思議な白い目と隠されているが、白練色の髪をした女性にだけ見せるものである。
0
あなたにおすすめの小説
極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です
朝陽七彩
恋愛
私は。
「夕鶴、こっちにおいで」
現役の高校生だけど。
「ずっと夕鶴とこうしていたい」
担任の先生と。
「夕鶴を誰にも渡したくない」
付き合っています。
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
神城夕鶴(かみしろ ゆづる)
軽音楽部の絶対的エース
飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
アイドル的存在の超イケメン先生
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜
来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。
望んでいたわけじゃない。
けれど、逃げられなかった。
生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。
親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。
無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。
それでも――彼だけは違った。
優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。
形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。
これは束縛? それとも、本当の愛?
穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる