ブラッドゲート〜月は鎖と荊に絡め取られる〜 《軍最強の女軍人は皇帝の偏愛と部下の愛に絡め縛られる》

和刀 蓮葵

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「よし、順手牽羊じゅんしゅけんようとは?」
「はい、手にしたがいて羊をくです」
七海と庵は兵法三十六計を言い合う。
「意味は?」
「敵の統制の隙きを突き、悟られないように細かく損害を与えます」
「合っているぞ。頑張って全部覚えたのか?」
「いえ、まだまだです。七海中佐は全部覚えてるのですか?」

あれだけ作戦の立案をこなすのだ。あらゆる戦術にあかるくないと難しいだろう。
純粋に「七海中佐」の「作戦立案」をしていく過程で、どれ程の情報やあらゆる戦術を元に考えていくのか気になってしまう。

「ま~好きで覚えたのもあるしなぁ~昔の戦術だけど、今に通じるものもあるしな」
「そうなんですね・・・・・勉強になります」

純粋に七海中佐の頭の中が気になる。いったい何を思ったらこんな風になるのか・・・・・
庵が少し悩んでいると、後ろから声をかけられる

「虎次郎は兵法もだけど、戦国時代の戦術とか、今の国内外の作戦とか、色々と読み漁っているよね?」
夜神は書類作業をしている自分の机から、ソファに座って、兵法の言い合いをしている二人に声をかける。

「よせやい、恥ずかしいだろう」
無精ひげを撫でながら、片方の唇だけを上げてキメ顔を作る七海を見て、夜神は鼻を鳴らす。
「恥ずかしがってないよ?けど、兵法は必ずテストで出るから覚えていて損はないよね」
「そうだなぁ~何処が出題されるのかは、分からないがな・・・・・三十六計、量は半端ないからな。がんば!」

七海は笑顔で庵の顔を見る。
「庵青年。これで最後だ!笑裏蔵刀しょうりぞうとう
笑裏しょうりかたなかくすです」
「意味は?」
「敵を攻撃をする前に友好的に接しておき、油断をさそうです」
「正解。そしてこれは俺が贈る言葉でもあるぞ?」
「意味がわからないのですが・・・・」

突然の言葉に庵は戸惑う。兵法の一節が何故、贈る言葉なのか。
「意味を理解してるなら、それを人物に当てはめれば良い。「敵を攻撃する前に」の「攻撃」を別に当てはめれば、俺の言っている言葉が、理解できるぞ?」
七海はそう言って立ちあがり、背伸びをする

「うぅ~~ん・・・背中バキバキだぁ~~よし、庵青年!道場行こうぜ!体を動かそう!」
「いいんですか?」
「良いに決まってるだろう?夜神も特に問題ないよな?」
「いいよ。庵君行っておいで。帰ってきたら、過去問の続きをすればいいし」
夜神はいつもの微笑みを、庵に向ける。それを見ていた庵は「あっ!!」と突然、声を上げる。
「どうしたの?」
突然、声を上げる庵に訝しいぶかしがる。

庵は夜神を見て気が付いた
何となくだが、七海中佐の言っていることが分かったような気がした・・・・・・
「何でもないです。夜神大佐、許可ありがとうございます。七海中佐も宜しくお願いします。道場行きましょう!」
立ちあがり扉の近くまで近づくと、七海を見て声をかける
「七海中佐?行かないんですか?」
「おっとすまねぇ。行くよ。そんじゃ~夜神行って来るな~」
手をヒラヒラさせながら、庵の開けた扉に向かう。庵は夜神を見て軽く一礼する
「行ってきます」
「いってらっしゃい庵君」
パタン。と静かな音をたてて扉は閉まる。
二人を見送った夜神は再び書類作業に取り掛かる。

そして、二月に入ろうとしている頃、大学生は最後の追い込みを見せる。二月になったら十日間のテスト期間に入る。
その間は本部に入ることは許可されていない。不正防止の為、寮と大学の往復だけなのだ。
なので、少しでも納得出来ないものは、先輩達に徹底的に聞いたり、相手になってもらう。
それは、庵も同じだった。

「明後日からいよいよテストか・・・・・大丈夫!庵青年なら行けるぞ!」
「行くってどこに行くのよ。虎次郎?」
七海の謎の発言を聞く夜神に、七海は笑って指で天井をさす。
「頭使いすぎて、天国に召喚」
「虎次郎!!」
「冗談です。怒らないでくれよ~夜神大佐~」
青い柄巻きの「蒼月」に手を掛けて七海を冷めた目で睨む。

パンパンと軽く手を叩いて、式部が呆れ顔で七海達を見る。
「はい、はい。漫才はおしまい。ごめんね~~庵学生の決起集会なのに、子供じみた漫才を見せてしまって。余興と思って流していいから」
「ハハハ・・・・・でも相変わらずの二人を見れて、なんか安心しました」
「そう?呆れてしまって単語のいくつかを、忘れてなければいいけど?」
式部は憂いに満ちた表情で庵を見るが、庵の顔がテストに向けて緊張した顔ではなく、何か穏やかなものを感じ取り、式部は目を細めて笑う。

「虎次郎の悪い癖だな。場を和ませるのはいいが、人を巻き込むな。庵学生もすまなかったね」
「大丈夫ですよ、相澤中佐。七海中佐の心遣いはちゃんと伝わってますから」
同じく相澤も神経質そうな顔を、少し曇らせていたが庵の表情をみて杞憂だと悟る。

「七海中佐には後でお灸を据えるから、庵学生は気にしなくていい。では、私達から渡すものがある。無事にテスト期間を乗り越えて、今まで努力して得たものを、思う存分発揮してくれ。我々はここで庵学生を応援している」
長谷部室長がいつもの無表情で、庵を鼓舞する。
庵も軽く頷いて、一人一人の顔を見る。

皆が笑って庵を見ているのだ。その顔は「大丈夫」や「出来る」と庵以上に自身に満ちている顔つきだ。

「ありがとうございます。皆さんから学ばせて頂いたことを、充分に発揮してきます。頑張ります!」
「おう、頑張ってこい!庵青年なら大丈夫だ!それは俺が保証するよ」
「七海中佐の保証は心強いですね」
無精ひげを撫でて、笑顔で庵を見る七海に、こちらも笑顔で応える。

七海中佐は自分の気持ちを知っている人物で、応援もしてくれている。その為、必要以上に勉強に付き合ってくれたし、相談も対応してくれたのだ。そんな人物を裏切るような事はしたくない。

庵は拳を静かにギュッと握って決意を固める。今から向かう所は味方はいない。己のみが味方なのだ。

「庵君・・・・庵君なら大丈夫だよ。あんなに頑張って稽古に、勉強に励んでいたのだから。安心してね。はい。これは皆からの差し入れ。テスト後に会えるのを楽しみにしているから」

夜神はいつもの微笑みで、庵を軽く見上げて、手にしていた紙袋を渡す。
それを受け取った庵は嬉しそうに中を広げて見る。
中にはお守りや、アロマの小瓶、お菓子やコーヒーと色々とある。
「こんなにありがとうございます。皆さんの心遣い本当に感謝します。結果を残せるよう頑張ってきます!」

皆に対して敬礼で感謝を伝える。それに応えるように敬礼で返してくれる。
庵は夜神を見ると、夜神も庵の目線に気付いて微笑む。

このテストで結果を残さないと舞台は作れないし、この気持ちを伝えることは出来ない。
あの時、あの道場で誓った言葉は嘘ではない。

相応しい人になりたいわけではない。それは結果を残せても今の自分にはまだまだ足りない。
ただ、この人の変わらない微笑みを、ずっと守りたいし、見続けていたい。それだけだ。

あの病室で見せた、弱々しい姿は二度と見たくない。
この人はみんなが憧れる「夜神凪大佐」でいて欲しいから。
だから、このテストの為に、皆の力を借りたりして頑張って来たのだから

「庵海斗、全力で力を出し切ってきます。皆さんにいい知らせをお届け出来るように!!」
庵は宣言した。その声は自身に満ちている堂々とした声だった。
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