ブラッドゲート〜月は鎖と荊に絡め取られる〜 《軍最強の女軍人は皇帝の偏愛と部下の愛に絡め縛られる》

和刀 蓮葵

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その声をどれ程待ち望んでいたか・・・・・
最初は力も覇気ない、オドオドした自信のない声だった。
けど、経験を積んでいくにつれて声は、自信に満ちてきた。

「愛しています」と言われた時の優しい、温かい声に胸が高鳴った。
時々、意地悪な言葉で翻弄するけど、それでも大好きな声だった。

もう二度とその声を聞くことは出来ない。と、全てに区切りをつけた。
だから、最後に沢山、名前を愛を呼んでもらった。

忘れるはずなどない。その声質を、口調を・・・・

「か、い・・と・・・」
自分の声が震えているのが分かる。寒さなのか、ここにいるはずなどない人物の声を聞いてなのか震える。

名前を呼んだせいなのか、抱きしめる腕の力が弱まる。
夜神は、ゆっくりと体を後ろに向ける。そして、声の主をしっかりと確認する。

優しい黒い瞳、半年もその姿を見ていなかったせいではないとわかる程、頬は少し痩せている。
けど、精悍な顔つきは半年前と変わらない。
キリッとした眉に、筋の通った鼻、形の良い唇。

けど、その顔は私を見てすぐに歪む。正確には私の首を見てだ。
苦しいのか、眉を寄せた顔で無言で夜神の首に手のひらを乗せる
「遅くなりました。こんなに辛い目に合っていたんですね・・・・・帰りましょう?みんな、凪さんの帰りを待ってます。俺と一緒に軍に帰りましょう」

この世界ではあり得ない人物を目にして夜神は固まってしまった。
その、固まってしまった体を強く、隙間なく抱きしめる。
体温が、冷えてしまった体にじんわりと広がる。
逞しい体に安心してしまう。
体が求めてしまう。もっと抱き締めて欲しと、・・・
息が出来ないぐらい強く、強く抱きしめて欲しいと・・・・

背中に腕をゆっくりと回す。そして、濡れた軍服を掴む。
「海斗・・・・海斗っ!!」
何度も名前を呼び続ける。愛しい人の大切な名前を。
「っ・・・凪さん・・・・凪っ!」
庵も同じように名前を呼び続けた。


止まっている時が流れたような感覚がした。
自分の先祖の罪を聞かされ、自分の体に流れる血に慄いた。
そして、無理矢理連れてこられ、大人になっていた友達に殺されそうになった。
このまま身を委ねるのも悪くないと思った時、友達は皇帝達によって絶命した。
その血を浴びて、目の前に恐ろしい形相の友達をみた時に、全てが壊れてしまった。
硝子にヒビがが入り、指先で軽く押すとバラバラと砕けるように壊れた。
そこからは自分は、長い長い夢を見ていた。すべてが奪われる前の日常に戻ってしまいたかったのかもしれない。
心が穏やかな、楽しいひと時だったあの頃に・・・・

けど、その夢も覚めたかもしれない。
愛しい人の優しい、気づかってくれる言葉、雨に濡れていようと温かい体温。沢山抱き締めてくれたその腕の強さ・・・・


雨が二人を容赦なく濡らす。先程よりも強くなった雨音が二人の言葉を掻き消して周りには聞こえない。
雨で霞んでしまったおかげで二人の姿は霞んでいく。

「遅くなってしまいました。帰りましょう。藤堂元帥も、長谷部室長も、第一室のみんなも凪さんの帰りを待ってます。一緒に帰りましょう」
庵の言葉に頷きそうになる。
私も帰りたい。みんなの元に帰りたい。帰りたい・・・・
けど━━━━━━━

ドン!夜神は抱き締められた体を両手を使って押しのける
「!?」
驚いた庵は夜神を見る。見えるのは俯いた白練色の頭で、顔の表情は見えない。
「か、えれ・・・ない・・・帰れないっ!!私は・・・・私はっ!!」
バッ!と、顔を上げると二人の視線が絡み合う。
庵は眉を寄せ、涙を必死に堪えている赤い瞳に違和感を覚える。
瞳が赤くなるのは、血の巡りが良くなった時や、興奮した時になる。
確かに今の状況なら興奮して、血の巡りが良くなったと解釈出来るが・・・・・

夜神は庵の手を片方掴んで指をに誘導する。
僅かに開けた自分の唇に触れ、そして目的の部分に庵の指を押し付ける。
「っ?・・・!!ぇ・・・・・」
一瞬、ドキッとしたが、その感情はすぐに消えてしまう。そして、体が一瞬で冷たくなる。
自分の指にの感触がする。
口の中の、歯の一部分が鋭く尖っている。その部分が腹の指に軽く刺さるように触れる。

背中がゾクッとなる。鼓動が痛いぐらいに高鳴る。
恐る恐る、指に力を入れて唇を少しだけ持ち上げる。赤い唇から覗いていたのは鋭く尖った犬歯。まるで、我々が討伐するべき対象の吸血鬼と同じ牙・・・・・・
「っそだ、ろう・・・・」

あぁ、庵君の顔が驚愕していくのが分かる・・・・
そうだよね。人間ならこんな牙ないものね?
こんな、禍々しいもの人間には不必要だもの・・・
けど、私にはこの禍々しい牙がある。

「私が・・・・帝國に拉致されたときから始まっていた・・・・」
聞いて?庵君・・・・
「精神も肉体も追い詰められ、そして毎夜、皇帝を受け入れ続けた・・・その時から皇帝の術に私はまんまと嵌っていた。無理矢理、皇帝を受け入れ続け、注ぎ込まれた。そして、術が定着するように一定の期間が必要で私は軍に帰ってこれた」

あの時の病室の事は鮮明に覚えている。皇帝のいない空間が、見知った空間が嬉しかった。
目が覚めて、初めに見たのは庵君だった・・・・
安心して、嬉しくて抱きついて泣いてしまった。

「茶番のように私達の世界に宣戦布告し、二カ国を攻めた。そして、私は皇帝の提案を受け入れた。もう、二度と大切な人を失わない為・・・・けど、結果は大切な人達を沢山傷付けてしまった・・・・・」

テレビのモニターに映し出された皇帝に恐怖して、膝から崩れ落ちた。その時に必死に支え、抱きしめてくれたのも庵君だったね。
そして、藤堂元帥をはじめとした「高位クラス武器保持者」は皇帝に対して攻撃していった。
けど、尽く返り討ちに遭い、全く歯が立たず、幼子をひねり潰すようにあしらった。
私も意を決して、全力で挑んだ。けど、意味がなかった。
そして、本来なら退避するはずの庵君が現れて、騒然としてしまった。
そして、皇帝と必死に攻防戦を繰り広げたが圧倒的な差を見せつけられた。
けど、庵君は諦めなかった。不思議な力を駆使したがやはり結果は覆せなかった。

そして、私は皇帝の腕で再び帝國に舞い戻ってしまった。
「今でも庵君のあの時の顔が、頭から離れない・・・・私は帝國に舞い戻り、再び皇帝を受け入れ、最後の術を掛けられ、貴族達の前で吸血鬼になった・・・・」

何の意味があるのか着飾され、引きずり出された貴族達の前で全身に苦しみを、引きちぎられる程の痛みを与えられ吸血鬼になった。
そして、先祖のこと、先祖の罪を業を教えられた。
目の前で、私を殺そうとしていた友達を殺された。

耐えられなかった。全てから逃げ出したくて、閉じこもりたくて目を、耳を、心を塞いで。
全てを塞ぎ逃げた・・・・・
卑怯なまでに逃げた・・・・・

色の無い世界で生きている心地だった
見るもの全てに色が無かった。所々、色はあったけど、その色も今ではあまり覚えていない。

段々と険しく、けど、瞳は悲しくなっていく庵君を抱き締める。
微かに震えている。体に渦巻くを抑えるように。
私を抱き締めていいのか分からない腕が、躊躇っている。

「帰りたい・・・・みんなの所に帰りたい。許されるのならもう一度、軍服に袖を通し、蒼月そうげつ紅月こうげつ黒揚羽くろあげは月桜つきざくらを手に取りたい。庵君と稽古して、討伐任務をして、虎次郎や式部、相澤達と他愛のない話をして笑いたい・・・・」

みんなで笑いたい・・・・・
笑いたい・・・・・けど・・・・・

抱き締める力が強まる。無意識にだけど、何かに縋りたくて、安心したくて、怖くて、逃げ出しそうで、今から言う言葉を口にすることから逃げ出さないように、濡れた服を掴む。

「・・・・・けど、私は、私は・・・・」
言葉が震える・・・・・
一言を伝えるのに恐怖して、心が萎縮してしまう。
けど、言わないと・・・・・



「私は、吸血鬼になってしまったから・・・・・」
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